池田信夫 blog

Part 2

August 2006

先月のICPFシンポジウムでも話したことだが、1990年代前半、だれもが次世代のメディアは光ファイバーによる「マルチメディア」だと信じ、フロリダでタイム=ワーナーが大規模なビデオ・オンデマンドの実験を行った。同じころ、イリノイ大学のウェブサイトで「NCSAモザイク」が公開された。歴史を変えたのはタイム=ワーナーではなく、モザイク(のちのネットスケープ)だった。

こういうとき大事なのは、どっちが成功するかということではなく、どっちのオプションも排除しないということだ。1994年、シリコンバレーの名門ベンチャー・キャピタル、クライナー=パーキンスがネットスケープに400万ドル投資したとき、その売り上げは無に等しかった。そして今、「死が近い」ともいわれるYouTubeに、同じく名門VC、セコイアが1100万ドル以上投資する事実は、アメリカという国のオプションの広さを示している。

多様なオプションをもつことでリスクをヘッジする手法は、金融商品ではよく知られているが、これを実物資産に応用したのが「リアル・オプション」である。大プロジェクトに10億円投資して失敗したらゼロになってしまうが、それをモジュール化した2億円のプロジェクトを5つ作り、そのうち失敗したものは撤退するリアル・オプションがあれば、ゼロになることは避けられる。これが拙著で論じた「制度の柔軟性」の概念である。

今後の新しいメディアの本命は「通信と放送の融合」ではなく、YouTubeのような「ブロードバンド2.0」かもしれないし、そうではないかもしれない。何が本命かは、誰にもわからない。こういうときは、いろいろなものに実験的に投資して、そのうち一つでも成功すればよい、と割り切るしかない。VCは、いわばこうした社会的オプションとしての機能を果たしているのである。

ところが、日本にはこういう「裏」のオプションがないので、単独で事業を立ち上げるリスクを減らすために、テレビ局とメーカーが談合して「サーバー型放送」をつくるとか、官民一体で「日の丸検索エンジン」をつくるという話になりがちだ。しかし実は上に述べたように、このようにみんなで一緒にやることは、オプションを狭め、リスクを高めてしまうのである。これが国策プロジェクトの失敗する原因だ。

資金調達のオプションが少ないことも問題だ。政府と銀行が一体になった「開発主義」的な金融システムがいまだに残っているため、銀行や大企業に認知されていない(怪しげな)プロジェクトに投資することが非常にむずかしいのである。これは「直接金融か間接金融か」という問題ではない。VCの投資先との関係は、実は日本の銀行と融資先の関係に似ている。問題は、日本ではリスクをプールするしくみが銀行しかないため、大口の投資家が大きなリスクをとって投資する手段がほとんどないことだ。

いま日本に必要なのは、ファイナンス業界の淘汰と新規参入によって、こうしたオプションを広げることだ。90年代の不良債権処理で、不良企業の多くは淘汰されたが、肝心の不良金融機関は、公的資金によって延命されてしまった。ライブドアや村上ファンドの事件で、株主資本主義を否定する風潮が強まっているが、否定しなければならないような株主資本主義は、まだ日本にはほとんど育っていないのである。
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今日のdiggの1番人気は、当然のことながらBusiness Weekのdiggについてのカバーストーリーだ。それによれば、diggのユーザーは1日に100万を超え、NYタイムズに近づいているそうだ。年間売り上げは300万ドルで収支トントンだというから、非常に低コストだ。いま会社を売却すれば、2億ドルの値がつくという。

こういう「ソーシャル・ブックマーク」サービスとしては、日本の「はてな」のほうが早いが、残念ながら情報の質では劣る。diggのランキングが情報の価値を反映しているのに対して、はてなのほうはユーザー層(学生?)の趣味を反映しているようだ。きのうは、人気記事の上位は亀田の話ばかりで、うんざりした。これは、前にも書いたようにブログの位置づけがそもそも違うからで、どっちがいいということはないが、私にはdiggのほうがずっと利用価値が高い。

同じようなサービスとしては、Yahoo!の買収したdel.icio.usもあるが、ユーザー数ではdiggにかなり差をつけられたようだ。学生向けのサービス、Facebookは、6億ドルの買収提案を拒否したというから、またバブルが始まっているのかもしれない。

追記1:del.icio.usのページビューが、ここ数ヶ月で75%も減ったらしい。

追記2:いろいろなblogで話題が沸騰しているが、この表紙の「6000万ドル稼いだ」という見出しは確かにおかしい。本文では、「事情通」の評価で2億ドルとなっており、その株式の30%(?)をKevin Roseがもっているという計算から、6000万ドルという数字が出てきたものと思われるが、表紙ではそれをすでに稼いだことになっている。かつて「ニューエコノミー」をはやして恥をかいたBW誌だが、その失敗に学んでいないようだ。

今週の『週刊新潮』に「『昭和天皇』富田メモは『世紀の大誤報』か」という記事が出ている。内容は、先々週から先週にかけて2ちゃんねるやブログで騒がれた話だ。詳細は、たとえば「依存症の独り言」にもあるが、テレビで撮影された手帳の裏側にうっすら見える字を左右反転して解読したもので、糊で貼り付けられた部分の「全文」は次のとおり読めるそうだ。太字にしたのが、日経の引用した部分である(改行などは整理):

              63.4.28 [■]
☆Pressの会見
                            
[1] 昨年は
  (1) 高松薨去間もないときで心も重かった
  (2) メモで返答したのでつくしていたと思う
  (3) 4.29に吐瀉したが その前で やはり体調が充分でなかった
  それで長官に今年はの記者 印象があったのであろう
   =(2)については記者も申しておりました
 
[2] 戦争の感想を問われ 嫌な気持を表現したが それは後で云いたい
  そして戦後国民が努力して 平和の確立につとめてくれたことを云いたかった
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである

               4.28 [4]
  前にあったね どうしたのだろう
  中曽根の靖国参拝もあったか
  藤尾(文相)の発言。
   =奧野は藤尾と違うと思うが バランス感覚のことと思う
  単純な復古ではないとも。

  私は 或る時に、A級が合祀され その上松岡、白取までもが、
  筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
                      
  松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
  松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
  だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ


     ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意

これが「徳川義寛・元侍従長の他の発言と符合する」というのが、この記事の趣旨だが、これもブログでさんざんいわれた話である。ところが、この記事にはブログの話はもちろん、全文も出てこない。この「特集」とは別の櫻井よしこ氏のコラムでは、上の全文が出所を示さずに引用されているが、徳川氏にはふれていない。ウェブで2週間も前に出た話の一部を、大手週刊誌が別々の記事で、出所も明示せずに取り上げたことになる。これは画像を解析した結果を示している2ちゃんねるの書き込みよりも信用性が低い。

この全文については、他の新聞・雑誌も黙殺している。少なくとも、これを撮影したテレビ局は、メモの裏側に書かれた[1][2]を撮影することもできたはずだが、それもしていない。第1報のときも「日経新聞によると」というクレジットはなく、あたかも独自に取材したかのように、各社とも太字の部分だけを引用している。

信憑性については、[4]の部分は画面からも読み取れるので、間違いない。[1][2]についても、[3]が抜けている([4]の裏側で貼り付けられた可能性もある)点を除けば、おおむね妥当な解読結果だろう。しかし、これを徳川氏の話と考えるのは無理がある。このメモにはどこにも徳川氏の名前が出てこないし、彼はこの前後に「Pressの会見」をしていないからである。

この「会見」とは、素直に読めば、1988年4月25日に行われた昭和天皇の記者会見のことだろう(当時の記録とも一致する)。この会見は天皇の体調不良のため、15分で打ち切られたので、29日の天皇誕生日の記事のために、富田朝彦・宮内庁長官(当時)が会見を補足する「記者レク」の材料を天皇に取材した、と考えるのが常識的だ。

ただし問題の太字の部分は、明らかに記者レクで話せる内容ではないし、「A級」という表現も、天皇の発言としては不自然だ。これは天皇のオフレコの話を富田氏がメモしたものとも解釈できるが、全体が徳川氏からの伝聞で、[4]の部分が徳川氏自身のコメントだということも考えられる。いずれにしても、このテキストによる限り、どこにも主語が天皇だとは書かれていない。「昭和天皇が不快感」と日経が断定的に報じた部分が天皇の発言だという根拠もないのである

通常の文献考証の手続きとしては、少なくともこの糊付け部分だけでも全文を解読し、筆跡鑑定をするとともに、発言者がだれかを確認することが第一である。ところが、こうした基本的な調査もしないで、「首相の靖国参拝に影響」とか「勢いづく分祀論」といった政局ネタだけは一生懸命追いかける。先走る前に、まず問題の手帳の原文を専門家が厳密に検証する必要がある。
2006年08月02日 11:08
IT

消えた国策プロジェクト

きのうはスラッシュドットから大量のアクセスが来て、当ブログはgoo blogのアクセスランキングで12位になった。「情報大航海プロジェクト・コンソーシャム」が発足したというニュースの関連だ。こういう産業政策がなぜ失敗するかは、今までにもブログやPC Japanなどで書いたので、繰り返さない。スラッシュドットでも、肯定的な意見は見事に一つもなかった。

ここで紹介するのは「デジタルニューディール」(DND)というプロジェクトである。2001年に産官学の連携で技術情報の交流を行う「産業技術知識交流サイト」として、当初18億円の予算で立ち上げられたが、2ちゃんねるから大量の不正アクセスが行われ、サイトは閉鎖された(この経緯も当時のスラッシュドットにくわしい)。当時のデータはすべて削除され、今は「大学発ベンチャー起業支援」という別のプロジェクトに化けている。

DNDプロジェクトはRIETIに事務局を置き、「元請け」は国際大学GLOCOMだったが、これは富士通のダミーで、開発は富士通の下請けに丸投げだった。しかしプロジェクトが中断されたため、予算の大半が宙に浮き、GLOCOMの所長代理(当時)が経産省の官僚を過剰接待するなどの不正経理問題が起こった。所長代理は解任され、のちに辞職したが、余った数億円の国家予算はどこへ行ったのか、いまだに不明である。国際大学の赤字補填に使われたのではないかともいわれるが、「企業の社会的責任」がお得意の小林陽太郎理事長には説明責任があるのではないか。

こういうプロジェクトの問題は、失敗することではない。ITの世界で、プロジェクトが失敗するのは当たり前である。問題は、このように失敗を隠蔽してしまうため、その教訓が生かされないで、同じ失敗が繰り返されることだ。日の丸検索エンジンとよく似ている「シグマ計画」も、多くのエンジニアのトラウマになったが、その事後評価はおろか、痕跡さえウェブには残っていない。

私は、政府が科学技術に資金援助することがすべて悪だとは思わない。他ならぬインターネットも、国防総省とNSFの予算でできたものだ。しかしNSFでは毎年プロジェクト評価を行い、不合格のプロジェクトには援助が打ち切られる。先日もいった政府調達手続きとともに、官民プロジェクトの事後評価も徹底的に見直すべきである。
資本主義から市民主義へ

岩井 克人/三浦 雅士

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岩井氏の『貨幣論』など一連の著作をまとめて、当節流行の「語り下ろし」で作った本。内容は、ほとんどこれまでの本と重複しており、それを読んだ人は本書を読む必要はない。逆に、本書1冊を読めば、これまでの本を読む必要はない。「貨幣は貨幣であるがゆえに貨幣である」「法は・・・」「言語は・・・」という同語反復を果てしなく繰り返す岩井氏の本は、もうこれで打ち止めにしてはどうか。

しかも「貨幣はデファクト・スタンダードだ」という本書の議論は誤りである。貨幣は、政府によって定められたde jure standardである。特に銀行口座でデジタル情報になった貨幣を複製するコストはゼロに等しいから、事後的には複製することが効率的だが、貨幣を複製することが許されるのは政府だけだ。複製を自由にすると、ハイパーインフレーションが起きて、貨幣の価値はなくなってしまうからである。貨幣は岩井氏のいうような単なる記号ではなく、国家権力という「実体」をもっている。この通貨発行権の独占によって、市場(資本主義)のレイヤーと法(国家)のレイヤーはリンクしているのである。

では情報(言語)のレイヤーと市場のレイヤーはどうリンクしているのだろうか。かつては、紙という媒体によって両者はリンクしていたが、デジタル情報では、そういう物理的なリンクは失われてしまった。今は著作権という(紙幣と同じぐらい古い)疑わしい権利によってかろうじてリンクされているが、インターネットによる情報のハイパーインフレーションで、その財産価値はますます疑わしくなってきた。

ハイパーインフレの原因としてもっとも多いのは、戦争などによる政府(通貨発行主体)への信任の喪失である。YouTubeなどの情報インフレの原因も、アメリカ主導の「知的財産権」レジームへの不信任ではないか。その政府が完全に崩壊したとき、ハイパーインフレも終るのだが・・・
日曜の「コピーワンス」についての記事には、意外に多くの反響があった。規格を総務省と業界が密室で決めたため、コピーワンス自体を知らなかった人も多いようだ。そこでもう一つ、コピーワンスが奇怪な「進化」をとげたケースを紹介しよう。

これは「サーバー型放送」と呼ばれる。ふつうサーバというと、サービスを供給する側にあるものだが、この場合は家庭に置かれるセットトップ・ボックス(STB)を「ホームサーバー」と呼ぶ。この名前は一昔前、テレビが「ホームオートメーション」の中心になると思われていたころの遺物だが、クライアントがどこにあるのか、よくわからない。Serverとは「給仕」のことで、clientは「客」である。客がいないのに、給仕だけがいるということはありえない。ネットワークの中心はユーザーであって、サービスを供給する側ではないのである。

このサーバーはどういうものかというと、以前の記事でも書いたように、いま家庭にあるHDDレコーダーとほとんど同じである。違いは、専用のSTBに埋め込まれている点と、詳細なメタデータがついている点だけだ。このメタデータには、番組名や内容だけではなく、放送局の発行する「ライセンス」が入っており、視聴者がコピーできるか、CMを飛ばせるか、何回再生できるか、まで放送側で決められる。コンテンツは電波で放送されるが、メタデータの送信には別途、インターネット接続が必要だ(詳細は学会発表参照)。

メタデータは、今のHDDレコーダーのEPG(電子番組ガイド)にも入っている。サーバー型放送が違うのは、このデータが放送局によって一方的につけられ、それをユーザーが変更できないことだ。要するに、佐々木俊尚さんの指摘するように「受信機のHDDはユーザーの所有物なのに、その中のコンテンツは放送局の所有物」なのである。携帯端末に転送するメディアがSDカードに限定されているのは、松下が中心だからだろうか。

ウェブで映像や音声を検索するためには、メタデータの整備が重要だ。先日も紹介したように、W3Cもグーグルもこの分野では苦労している。彼らは、どうすれば多くのユーザーに使ってもらえるか考えているのだ。ところが日本では、あいかわらず供給側の都合で、テレビ局の既得権を守るために独自規格のメタデータをつくり、これをARIB(電波産業会)で「政府公認標準」にする。このサーバーに、クライアントは現れるのだろうか?


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