「それはひどい事件だな。明らかに体罰だけど、裁判をやっても勝てる見込みは少ないでしょう。学校のいじめ自殺の裁判はいくつもやりましたが、学校の先生たちは善人の顔をしてけろっと嘘をつきますからね」
八尋にすれば、もし本気で裁判を考えるならば、相当な覚悟がいると伝えたかったのだろう。それは八尋の実感でもあった。体罰による自殺を裁判で争う場合、ネックとなるのは体罰と自殺との因果関係の立証である。これまで同様のケースで学校、教育委員会を提訴した訴訟では、状況からして体罰があったことは間違いないと思われても、裁判所は学校側の体罰を認めない判決がほとんどだったからだ。そもそも、文部科学省が発表する児童生徒の自殺統計で、「教師のしっ責」を原因とする公立の小、中、高校の自殺者は1996年から2007年までずっとゼロになっているのである。
沈黙する和子に、別れ際、八尋が言った。
「もし裁判をされるつもりなら、当時のその場を見ているお子さん達がいるだろうから、その証言を取ることです。その証言を証拠にして裁判をやったほうがいい。裁判をするかどうかはそれから考えましょう」
和子には確信があった。すでに複数の同級生から話を聞いている。当日の様子もほぼ把握できた。もう一度、裁判のために証言してもらえばいい。
だが、それが大きな誤りであったことに、和子は気付かされるのだった。
つづく