September 2006
先週の「シグマ計画」についての記事には多くのアクセスがあり、1日のページビューが1万を超えた。今週の『サンデー毎日』にも「国策検索エンジンは300億円をドブに捨てる!?」という記事が出ているが、当事者以外から肯定的な評価はまったくない。「日の丸検索エンジン」が成功する可能性は、客観的にみてゼロに近いと思われるが、むしろ興味あるのは、そういう失敗がなぜ繰り返されるのかという問題である。当ブログは経産省でも読まれているようなので、少し専門的で長くなるが、これを経済学的に考えてみる。
こうした「産業政策」についての実証研究としては、三輪芳朗他『産業政策論の誤解』、マイケル・ポーター他『日本の競争戦略』などが知られている。いずれも「産業政策は最初から失敗の連続であり、日本で成功した産業は政府が放置した部門だった」という結論を出しているが、これはいささか疑問である。終戦直後の日本の製造業のように、欧米にお手本があり、それに追いつき追い越すという単純な目標が設定できた時代には、産業政策がそれなりの意味をもった。興銀を頂点とする産業金融も含めると、1960年代までの産業政策の成果は、それほど悪いものではなかった。それは何よりも、日本が世界の歴史にも類をみない高度成長をなしとげたという事実に示されている。
産業政策の代表が、通産省の「大プロ」(大型工業技術開発制度)であり、その成功例としては1976年から始まった「超LSI技術研究組合」が名高い。これは10年かけて1000億円の国費を投じ、1MbのDRAMを開発するプロジェクトで、大成功を収め、日本の半導体産業が世界を制覇する要因となった。この成功体験で、大プロには巨額の予算がつくようになり、80年代には第5世代、スーパーコンピュータ、シグマ、TRONなどの壮大な計画が次々に立案されたが、このうちスーパーコンピュータ以外は実用的な成果はほとんど出なかった。
政府が大企業に補助金を出して長期計画で技術開発を行うメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように、技術進歩の方向が長期にわたって安定していて目標が明確であり、主要な困難が設備投資や資金調達にともなう「規模」の問題であるような場合である(DRAMも製造業型の製品だ)。しかしITの世界では、技術革新の方向が数年ごとに変わり、PCやインターネットのような「革命的」な技術が10年ごとに出てくるので、ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい。他方、設備コストはムーアの法則によって加速度的に下がっているので、主要な制約ではなくなる。
いいかえると、製造業では需要の存在は確実であり、供給側の規模だけが問題だったのに対して、IT産業では供給側の設備コストは低いので、需要や技術革新の不確実性が最大の問題になるのである。こういう場合には、投資は最初に1回だけ行われ、その条件はプロジェクトが終了するまで変わらないと仮定して割引現在価値を算出する評価手法では、その条件が変わるリスクを織り込めない。これを改良し、状況の変化に応じてプロジェクトを事後的に変更できる柔軟性の物差しとして使われるのがオプション価値である。
オプション価値を高める手法は、金融技術で派生証券として開発された。その原理は、原資産とリスクを分離し、たとえば一定の価格で売る権利(プット・オプション)だけを取引するものだ。現実の価格が行使価格を下回った場合には権利を行使できるが、上回った場合には権利を放棄することによって値下がりリスクをヘッジできる。最近それを応用して、リアル・オプションという手法がプロジェクト管理に使われている。そのひとつとして、プロジェクトをモジュール化する手法があり、これはボールドウィン=クラークによってコンピュータ産業の分析に応用された。コンピュータのように技術革新が急速で予測できない産業では、どの技術が成功するかを事前に予想することは困難なので、技術をモジュールに分割して多くの「実験」を平行して行い、失敗したモジュールは放棄することが合理的なのだ(この点は拙著も参照)。
したがってIT産業では、「衆知を集めて」大規模なプロジェクトをつくるのではなく、少数の独創的なエンジニアによって迅速にプロジェクトを立ち上げ、失敗したら撤退できるような工夫が重要である。先日の記事でも書いたように、シリコンバレーのベンチャーキャピタルは、結果的にはそういう制度としてうまく機能した。原資産の価値を高めるベンチャー企業と、それを支配する権利(リスク)をもつVCを分離し、失敗したら放棄するオプションをVCがもつことによって、ポートフォリオ全体の(リスクで調整された)価値を最大化するのである。グーグルも、こうした「ダーウィン的競争」で生き残った企業だ。
この観点から考えると、政府が56もの大企業や大学などを集めて日の丸検索エンジンを開発することは、きわめてリスクが大きい。多くのメンバーのコンセンサスで開発すると、調整のオーバーヘッドが大きくなり、自律的に実験を行うことが困難になって、技術的なオプションが狭まってしまう。しかも政府に失敗は許されないので、プロジェクトを途中で放棄するオプションもない。他方、それによる規模の利益は、要素技術がすでに極限までモジュール化されているソフトウェア産業ではほとんどない。IT産業におけるプロジェクト管理の常識を無視した計画というほかない。
またメンバーの善意を信頼して、成果をオープンソースで公開するとしているのも「情報の非対称性」を無視した甘い考えだ。実際には、参加する企業の多くは役所とのお付き合いで、最小のコストで最大の補助金を食い物にしようと考えている。あるメーカーの幹部は「第5世代のころはエースを出したが、いま成果が共有になるようなプロジェクトにエースを出す会社はない」といっていた。これは利潤追求を目的とする企業としては当然のことであり、それを想定していない役所がお人好しなのだ。
日本で政府の役割があるとすれば、VCや再生ファンドのような株式型の資金調達のオプションを広げることだろう。特に問題なのは、日本では中小企業の資金調達方法が負債しかないため、経営者が無限責任を負い、個人保証を求められることだ。このため、一度事業に失敗したら、全財産を失って一生負債を負うことになる。これでは「再チャレンジ」は不可能だし、そうなることがわかっていてチャレンジする人も少ないだろう。この点で、安倍晋三氏が「個人保証が問題だ」と指摘するのは、意外に(?)日本経済の本質的な問題をとらえている。
しかし、それを全銀協に「協力要請」することで解決しようというのは、問題を甘く見すぎている。負債による資金調達では、金利以上の利益の処分権(残余コントロール権)を債務者がもつ代わり、返済できない場合には担保となる債務者の資産の処分権が債権者に移行することが原則なので、銀行が後者の権利だけを放棄することはありえない。銀行の原資が預金である限り、このような元本非保証型の投資を行うことは困難である。この点で、不良債権(と不良銀行)の処理を中途半端で終結し、量的緩和で銀行を救済した金融政策は、日本経済が製造業主導で「原状回復」することには貢献したが、新しい産業を育てることには失敗した。
政府がやるべきなのは、こうした地道な制度設計によって多様なイノベーションが育つ基盤をつくることであって、特定の技術にコミットして時代錯誤の日の丸の旗を振ることではない。今回のプロジェクトのように政府を頂点としてITゼネコンがぶら下がり、そこに孫請け・曾孫請けがぶらさがるITゼネコン構造こそ、日本のIT産業を製造業型のレジームに閉じ込めている諸悪の根源である。経産省にやるべきことがあるとすれば、これを解体することだ。「情報大航海プロジェクト・コンソーシアム」は、経産省が予算を獲得することを織り込んで動き出しているようだが、その予算要求を財務省が拒み、コンソーシャムを民間だけで「大航海」にほうりこめば、少しは目が覚めるのではないか。
こうした「産業政策」についての実証研究としては、三輪芳朗他『産業政策論の誤解』、マイケル・ポーター他『日本の競争戦略』などが知られている。いずれも「産業政策は最初から失敗の連続であり、日本で成功した産業は政府が放置した部門だった」という結論を出しているが、これはいささか疑問である。終戦直後の日本の製造業のように、欧米にお手本があり、それに追いつき追い越すという単純な目標が設定できた時代には、産業政策がそれなりの意味をもった。興銀を頂点とする産業金融も含めると、1960年代までの産業政策の成果は、それほど悪いものではなかった。それは何よりも、日本が世界の歴史にも類をみない高度成長をなしとげたという事実に示されている。
産業政策の代表が、通産省の「大プロ」(大型工業技術開発制度)であり、その成功例としては1976年から始まった「超LSI技術研究組合」が名高い。これは10年かけて1000億円の国費を投じ、1MbのDRAMを開発するプロジェクトで、大成功を収め、日本の半導体産業が世界を制覇する要因となった。この成功体験で、大プロには巨額の予算がつくようになり、80年代には第5世代、スーパーコンピュータ、シグマ、TRONなどの壮大な計画が次々に立案されたが、このうちスーパーコンピュータ以外は実用的な成果はほとんど出なかった。
政府が大企業に補助金を出して長期計画で技術開発を行うメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように、技術進歩の方向が長期にわたって安定していて目標が明確であり、主要な困難が設備投資や資金調達にともなう「規模」の問題であるような場合である(DRAMも製造業型の製品だ)。しかしITの世界では、技術革新の方向が数年ごとに変わり、PCやインターネットのような「革命的」な技術が10年ごとに出てくるので、ある時期の技術を前提にして長期計画で大規模な開発を行うことはきわめてリスクが大きい。他方、設備コストはムーアの法則によって加速度的に下がっているので、主要な制約ではなくなる。
いいかえると、製造業では需要の存在は確実であり、供給側の規模だけが問題だったのに対して、IT産業では供給側の設備コストは低いので、需要や技術革新の不確実性が最大の問題になるのである。こういう場合には、投資は最初に1回だけ行われ、その条件はプロジェクトが終了するまで変わらないと仮定して割引現在価値を算出する評価手法では、その条件が変わるリスクを織り込めない。これを改良し、状況の変化に応じてプロジェクトを事後的に変更できる柔軟性の物差しとして使われるのがオプション価値である。
オプション価値を高める手法は、金融技術で派生証券として開発された。その原理は、原資産とリスクを分離し、たとえば一定の価格で売る権利(プット・オプション)だけを取引するものだ。現実の価格が行使価格を下回った場合には権利を行使できるが、上回った場合には権利を放棄することによって値下がりリスクをヘッジできる。最近それを応用して、リアル・オプションという手法がプロジェクト管理に使われている。そのひとつとして、プロジェクトをモジュール化する手法があり、これはボールドウィン=クラークによってコンピュータ産業の分析に応用された。コンピュータのように技術革新が急速で予測できない産業では、どの技術が成功するかを事前に予想することは困難なので、技術をモジュールに分割して多くの「実験」を平行して行い、失敗したモジュールは放棄することが合理的なのだ(この点は拙著も参照)。
したがってIT産業では、「衆知を集めて」大規模なプロジェクトをつくるのではなく、少数の独創的なエンジニアによって迅速にプロジェクトを立ち上げ、失敗したら撤退できるような工夫が重要である。先日の記事でも書いたように、シリコンバレーのベンチャーキャピタルは、結果的にはそういう制度としてうまく機能した。原資産の価値を高めるベンチャー企業と、それを支配する権利(リスク)をもつVCを分離し、失敗したら放棄するオプションをVCがもつことによって、ポートフォリオ全体の(リスクで調整された)価値を最大化するのである。グーグルも、こうした「ダーウィン的競争」で生き残った企業だ。
この観点から考えると、政府が56もの大企業や大学などを集めて日の丸検索エンジンを開発することは、きわめてリスクが大きい。多くのメンバーのコンセンサスで開発すると、調整のオーバーヘッドが大きくなり、自律的に実験を行うことが困難になって、技術的なオプションが狭まってしまう。しかも政府に失敗は許されないので、プロジェクトを途中で放棄するオプションもない。他方、それによる規模の利益は、要素技術がすでに極限までモジュール化されているソフトウェア産業ではほとんどない。IT産業におけるプロジェクト管理の常識を無視した計画というほかない。
またメンバーの善意を信頼して、成果をオープンソースで公開するとしているのも「情報の非対称性」を無視した甘い考えだ。実際には、参加する企業の多くは役所とのお付き合いで、最小のコストで最大の補助金を食い物にしようと考えている。あるメーカーの幹部は「第5世代のころはエースを出したが、いま成果が共有になるようなプロジェクトにエースを出す会社はない」といっていた。これは利潤追求を目的とする企業としては当然のことであり、それを想定していない役所がお人好しなのだ。
日本で政府の役割があるとすれば、VCや再生ファンドのような株式型の資金調達のオプションを広げることだろう。特に問題なのは、日本では中小企業の資金調達方法が負債しかないため、経営者が無限責任を負い、個人保証を求められることだ。このため、一度事業に失敗したら、全財産を失って一生負債を負うことになる。これでは「再チャレンジ」は不可能だし、そうなることがわかっていてチャレンジする人も少ないだろう。この点で、安倍晋三氏が「個人保証が問題だ」と指摘するのは、意外に(?)日本経済の本質的な問題をとらえている。
しかし、それを全銀協に「協力要請」することで解決しようというのは、問題を甘く見すぎている。負債による資金調達では、金利以上の利益の処分権(残余コントロール権)を債務者がもつ代わり、返済できない場合には担保となる債務者の資産の処分権が債権者に移行することが原則なので、銀行が後者の権利だけを放棄することはありえない。銀行の原資が預金である限り、このような元本非保証型の投資を行うことは困難である。この点で、不良債権(と不良銀行)の処理を中途半端で終結し、量的緩和で銀行を救済した金融政策は、日本経済が製造業主導で「原状回復」することには貢献したが、新しい産業を育てることには失敗した。
政府がやるべきなのは、こうした地道な制度設計によって多様なイノベーションが育つ基盤をつくることであって、特定の技術にコミットして時代錯誤の日の丸の旗を振ることではない。今回のプロジェクトのように政府を頂点としてITゼネコンがぶら下がり、そこに孫請け・曾孫請けがぶらさがるITゼネコン構造こそ、日本のIT産業を製造業型のレジームに閉じ込めている諸悪の根源である。経産省にやるべきことがあるとすれば、これを解体することだ。「情報大航海プロジェクト・コンソーシアム」は、経産省が予算を獲得することを織り込んで動き出しているようだが、その予算要求を財務省が拒み、コンソーシャムを民間だけで「大航海」にほうりこめば、少しは目が覚めるのではないか。
貸金業規制法の改正案をめぐる議論が、大詰めを迎えている。けさの朝日新聞の1面トップの見出しは「貸金業金利 一部アップ」。え?と思って本文を読むと、これは利息制限法(の一部)の上限のことだ。おまけに「後藤田政務官 抗議の辞意」と、金融庁の「業界保護」を指弾する論調である。日経は「貸金業規制、調整綱渡り」と比較的冷静だが、読売は社説で「『特例』容認で骨抜きにするな」と主張している。毎日の社説に至っては、こう主張する:
消費者金融の平均貸出金利は、大手5社でも23.15%(2005年3月・消費者金融連絡会調べ)である。上限を20%以下に引き下げれば、債務者の半分以上が借り入れできなくなるだろう(*)。特に中小の貸金業者は、ほとんどが20%以上でしか貸していないから、壊滅的な打撃を受ける。ところが毎日の社説は「業界ではこうした規制が実施されれば、業者数は現在の約1万4000から大幅に減少すると予測する。それも過剰供給状態からの正常化過程であろう」という。
こういう議論の背景には、「サラ金は暴利をむさぼっているのだから、金利を引き下げる余地があるはずだ」という通念がある。しかし金利が高すぎるという主張と、業者が「過剰供給状態」だという主張は矛盾している。過剰供給であれば、金利は競争によってリスクに見合った水準まで下がるので、得をするのは債務者である。現実に、貸金業界は非常に競争的であり、平均貸出金利も下がり続けている。業者が「大幅に減少」して大手の寡占状態になったら、リスクの高い債務者は市場から排除されるだろう。
「サラ金に駆け込むような債務者は、もともと返済能力がないのだから、貸さないほうがいい」という家父長主義も事実に合わない。大手5社の貸付債権のうち「返済困難」とみなされるのは7.9%で、大手行の2.9%に比べれば高いが、それほど特殊な市場ではない。それを地下経済に追いやるのではなく、価格メカニズムで解決する手段を整えることが市場経済の原則だ。
たしかに個別の債務者の話を聞けば、「金利を下げれば救済できる」と思うのも無理はない。しかしそれを救済しようとして金利を規制すると、市場全体としては資金供給が減少し、かえって救済されない人が増えるのだ。こういう合成の誤謬は、当事者の意見を聞いても解決せず、経済全体をみる政策当局やメディアが注意しなければならない。それを「業者保護」対「消費者保護」といった図式でしかとらえず、最後は政府に尻ぬぐいさせようという毎日新聞的ポピュリズムの背後には、まだ社会主義の亡霊が残っているのである。
(*)もう少しくわしいデータを『TAPALS白書』から補足しておく。消費者金融の債務者は、大手5社だけで1054万人(2005年)。そのうち、実に91%の債務者が20%以上の金利で借りている。業界全体では、債務者はこの1.5倍ぐらいだろうと推定され、中小の金利はほとんど20%以上だから、上限が20%になると1400万人以上が締め出されることになる。このうち3割ぐらいは金利引き下げで救済されると仮定しても、900万人以上が借り入れできなくなるだろう。金融庁の案でさえ、きわめて暴力的な価格統制である。
貸金業界は上限金利が引き下げられれば、信用リスクの高い人は排除されてしまうと主張する。本当だろうか。金利の引き下げは消費者にプラスである上、与党の基本方針も求めている低所得世帯に対する金融小口融資や中小零細事業者に対するセーフティーネット貸し出しの強化を図れば、かなりの問題は解消できる。「本当だろうか」と問いかけておきながら、「信用リスクの高い人が排除される」という主張には反論せず、政府系金融機関による「小口融資」の話にすりかえている。要するに、高リスクの債務者には国費を投じろという話だ。「庶民の味方」を気取りながら、実はお上に頼るのが、こうしたポピュリズムの特徴である。
消費者金融の平均貸出金利は、大手5社でも23.15%(2005年3月・消費者金融連絡会調べ)である。上限を20%以下に引き下げれば、債務者の半分以上が借り入れできなくなるだろう(*)。特に中小の貸金業者は、ほとんどが20%以上でしか貸していないから、壊滅的な打撃を受ける。ところが毎日の社説は「業界ではこうした規制が実施されれば、業者数は現在の約1万4000から大幅に減少すると予測する。それも過剰供給状態からの正常化過程であろう」という。
こういう議論の背景には、「サラ金は暴利をむさぼっているのだから、金利を引き下げる余地があるはずだ」という通念がある。しかし金利が高すぎるという主張と、業者が「過剰供給状態」だという主張は矛盾している。過剰供給であれば、金利は競争によってリスクに見合った水準まで下がるので、得をするのは債務者である。現実に、貸金業界は非常に競争的であり、平均貸出金利も下がり続けている。業者が「大幅に減少」して大手の寡占状態になったら、リスクの高い債務者は市場から排除されるだろう。
「サラ金に駆け込むような債務者は、もともと返済能力がないのだから、貸さないほうがいい」という家父長主義も事実に合わない。大手5社の貸付債権のうち「返済困難」とみなされるのは7.9%で、大手行の2.9%に比べれば高いが、それほど特殊な市場ではない。それを地下経済に追いやるのではなく、価格メカニズムで解決する手段を整えることが市場経済の原則だ。
たしかに個別の債務者の話を聞けば、「金利を下げれば救済できる」と思うのも無理はない。しかしそれを救済しようとして金利を規制すると、市場全体としては資金供給が減少し、かえって救済されない人が増えるのだ。こういう合成の誤謬は、当事者の意見を聞いても解決せず、経済全体をみる政策当局やメディアが注意しなければならない。それを「業者保護」対「消費者保護」といった図式でしかとらえず、最後は政府に尻ぬぐいさせようという毎日新聞的ポピュリズムの背後には、まだ社会主義の亡霊が残っているのである。
(*)もう少しくわしいデータを『TAPALS白書』から補足しておく。消費者金融の債務者は、大手5社だけで1054万人(2005年)。そのうち、実に91%の債務者が20%以上の金利で借りている。業界全体では、債務者はこの1.5倍ぐらいだろうと推定され、中小の金利はほとんど20%以上だから、上限が20%になると1400万人以上が締め出されることになる。このうち3割ぐらいは金利引き下げで救済されると仮定しても、900万人以上が借り入れできなくなるだろう。金融庁の案でさえ、きわめて暴力的な価格統制である。
ユーザーのコンピュータを直接むすんでファイルを転送するP2P(Peer-to-Peer)システムは、1999年にファイル交換ソフトNapsterでデビューしましたが、レコード業界などの訴訟によってサービスは停止に追い込まれました。日本でも、Winnyの利用者や開発者が逮捕され、一時はP2Pの商用化はむずかしいかと思われました。
しかし今、YouTubeなどによって映像配信が注目を浴び、世界的にもP2Pソフトを利用して映画などを配信する試みがふたたび始まっています。日本でも、Winnyの開発者である金子勇さんを技術顧問として、P2Pのノウハウを反映させた技術SkeedCastが開発され、そのサービスが8月から公開されました。
P2Pは、多くのピアで映像伝送の負荷を分散でき、キャッシュによって効率的な伝送を可能にするという点でも、次世代の通信インフラになる可能性があります。9月のICPF(情報通信政策フォーラム)セミナーでは、金子さんをおまねきし、WinnyからSkeedcastへの進化の過程と、P2P技術の将来の可能性についてお話をうかがいます。
テーマ:「進化を続けるP2P」
スピーカー:金子勇(㈱Dreamboat技術顧問)
モデレーター:池田信夫(ICPF事務局長)
日時:9月28日(木)18:30~20:30
場所:「情報オアシス神田」
東京都千代田区神田多町2-4 第2滝ビル5F(地図)
入場料:2000円
ICPF会員は無料(会場で入会できます)
*取材は受け付けますが、訴訟についての質問はお断りします
申し込みはinfo@icpf.jpまで電子メールで氏名を明記して(先着順で締め切ります)
しかし今、YouTubeなどによって映像配信が注目を浴び、世界的にもP2Pソフトを利用して映画などを配信する試みがふたたび始まっています。日本でも、Winnyの開発者である金子勇さんを技術顧問として、P2Pのノウハウを反映させた技術SkeedCastが開発され、そのサービスが8月から公開されました。
P2Pは、多くのピアで映像伝送の負荷を分散でき、キャッシュによって効率的な伝送を可能にするという点でも、次世代の通信インフラになる可能性があります。9月のICPF(情報通信政策フォーラム)セミナーでは、金子さんをおまねきし、WinnyからSkeedcastへの進化の過程と、P2P技術の将来の可能性についてお話をうかがいます。
テーマ:「進化を続けるP2P」
スピーカー:金子勇(㈱Dreamboat技術顧問)
モデレーター:池田信夫(ICPF事務局長)
日時:9月28日(木)18:30~20:30
場所:「情報オアシス神田」
東京都千代田区神田多町2-4 第2滝ビル5F(地図)
入場料:2000円
ICPF会員は無料(会場で入会できます)
*取材は受け付けますが、訴訟についての質問はお断りします
申し込みはinfo@icpf.jpまで電子メールで氏名を明記して(先着順で締め切ります)
The Looming Tower: Al Qaeda And the Road to 9/11Lawrence Wrightこのアイテムの詳細を見る |
9/11から来週で5年になるが、あの事件についてはいまだにわからない部分が多い。特にわからないのは、なぜ彼らがアメリカに対してあれほど強い敵意を抱くようになったのかということだ。本書は、それを1940年代に渡米したエジプト人、クートゥブから説き起こす。彼はアメリカに憧れたが、挫折して故郷に帰り、イスラム原理主義の運動を起こした。こういう西洋に対するアンビバレントな感情は、非西欧圏の知識人には共通のものだ。それが日本などではナショナリズムになったが、近代化に失敗してオスマン帝国の崩壊したアラブ世界では、宗派にアイデンティティを求める原理主義になったわけだ。
イスラム原理主義の標的は、当初はエジプトのムバラク大統領やアフガニスタンのソ連軍など、アラブ世界の宗教的秩序を乱す権力だったが、しだいに活動は「国際化」し、特に反イスラム勢力の後ろ盾になっている(と彼らの考える)アメリカをねらうようになる。中でもエジプトの過激派を率いたザワヒリと、腐敗したサウジアラビアの王家に敵対する勢力を率いたビンラディンが連合して、アルカイダという統一テロ組織ができた。
後半は、アルカイダが世界各地でテロの戦線を拡大する一方、アメリカの対応が後手に回り、破局的な事態を防げなかった経緯を描く。特にFBIのテロ対策の責任者、ジョン・オニールは、90年代前半からイスラム原理主義のテロが国際化していることに気づいて対策をとろうとしたが、縄張りを侵されることを恐れたCIAの妨害にあい、FBIから追放される。彼は偶然にも世界貿易センターの保安対策責任者となり、9/11で犠牲になった。
9/11を防ぐことは可能だったか、という問いについての本書の答は、「イエス」である。クリントン政権の時代から、アルカイダはアフリカや中東でアメリカの施設や軍艦をねらっており、不審なアラブ人がアメリカの航空学校で操縦を習っていることについて、FBIは「航空機を使ったテロの可能性がある」と警告する報告書まで出していた。しかし、こうした警告は無視され、CIAやNSAと情報は共有されず、重複して諜報活動が行われ、結果的にテロ活動の全体像をだれも知らないまま、9/11を迎えたのである。
5年たっても、9/11を引き起こした問題はまったく解決しておらず、テロの脅威はまだ残っている。アメリカの圧倒的な軍事力をもってしてもテロリストを全滅させることができないのは、アラブ世界の西洋に対する敵意が彼らを支えているからだ。それはアラブを分断し、寄ってたかって食い物にしてきた欧米諸国への歴史の復讐ともいえるのではないか。
「グレーゾーン金利」についての記事には、70近いコメントがついて、なおも議論が続いている。価格メカニズムについての無知にもとづくコメントも多いが、重要なのは「債務者は必ずしも合理的ではない」という行動経済学的な批判である。これについては、47thさんがかなりくわしく取り上げているので、そこで紹介されているSunsteinの論文を参考にして、この問題を少し考えてみる。
まず、すべての債務者が新古典派経済学の想定するように合理的であれば、問題は簡単である。借金で破産するのは自己責任であり、そういうリスクを承知の上で借り入れることを規制する理由はない。しかし実際には、高利で借りざるをえないところに追い込まれた債務者が、合理的に行動するとは想定できない。人間は、新古典派的なアルゴリズム(演繹法)ではなく、行動経済学的なヒューリスティクス(帰納法)で考えるので、その帰納手続きの違いによっていろいろなバイアスが生じる。借金の場合には、たとえば「100万円借りて、1年後に元利合計129万円を返済する」という契約は拒むが、「10日ごとに1万円の金利を支払う」という契約にはつい乗ってしまうという類の近視眼バイアスが起こりやすい。
このような問題を防ぐもっとも簡単な方法は、いま金融庁がやろうとしているように、一律に上限金利を20%以下に引き下げる規制である。この根底には「高利で借りるような債務者はバカだから、賢明な政府が彼らの借り入れを制限すべきだ」という強い家父長主義がある。たしかに、規制によって20%以上の金利で借り入れができなくなれば、債務も減るだろう。しかし、これは「交通事故を減らすには車の販売を禁止すればよい」というようなもので、対策の名には値しない。それによって返済能力のある人も借りられなくなるばかりでなく、多重債務者が闇金融に走って、事態はかえって悪化するおそれが強い(2000年の上限金利引き下げでは悪化した)。
かといって、何もしないで自己責任にゆだねよ、というわけにも行かない。必要なのは、債務者から借り入れの機会を奪うことではなく、彼が合理的に判断できるように非バイアス化(debias)することである。これには(現在も規制されているように)事前説明や書面交付を義務づけることも含まれるが、それだけでは不十分だ。サラ金に駆け込む債務者は、すでに心理的に追い込まれているので、複雑な契約書を提示されても「ああそうですか」とメクラ判を押すことになりかねない。そのバイアスを中立化するには、彼の置かれている環境(フレーミング)を変えて、冷静に考え直す余裕を与える必要がある。
そういう非バイアス化の一つの手段として、クーリングオフの制度が考えられるのではないか。一定期間までは、債務者が貸金契約を一方的に破棄する(元金だけを返済する)権利をもつことを法律で定めるのだ。現在のクーリングオフ制度は、訪問販売などに限定されているが、これを貸金業に適用すればよい。貸金業者のリスクは大きくなるが、これは一種のオプションを売るようなものなので、そのリスクはコントロール可能である。債務者のバイアスを勘案すると、こういう弱い家父長主義は対策としてありうると思うが、どうだろうか。
追記:コメント欄にも書いたが、グレーゾーンをなくすという金融庁の方針は当然である。問題は、出資法と利息制限法のどちらに寄せるかだが、私は出資法に一本化すべきだと思う。ただし、上限を超える金利に刑事罰は必要ない。
まず、すべての債務者が新古典派経済学の想定するように合理的であれば、問題は簡単である。借金で破産するのは自己責任であり、そういうリスクを承知の上で借り入れることを規制する理由はない。しかし実際には、高利で借りざるをえないところに追い込まれた債務者が、合理的に行動するとは想定できない。人間は、新古典派的なアルゴリズム(演繹法)ではなく、行動経済学的なヒューリスティクス(帰納法)で考えるので、その帰納手続きの違いによっていろいろなバイアスが生じる。借金の場合には、たとえば「100万円借りて、1年後に元利合計129万円を返済する」という契約は拒むが、「10日ごとに1万円の金利を支払う」という契約にはつい乗ってしまうという類の近視眼バイアスが起こりやすい。
このような問題を防ぐもっとも簡単な方法は、いま金融庁がやろうとしているように、一律に上限金利を20%以下に引き下げる規制である。この根底には「高利で借りるような債務者はバカだから、賢明な政府が彼らの借り入れを制限すべきだ」という強い家父長主義がある。たしかに、規制によって20%以上の金利で借り入れができなくなれば、債務も減るだろう。しかし、これは「交通事故を減らすには車の販売を禁止すればよい」というようなもので、対策の名には値しない。それによって返済能力のある人も借りられなくなるばかりでなく、多重債務者が闇金融に走って、事態はかえって悪化するおそれが強い(2000年の上限金利引き下げでは悪化した)。
かといって、何もしないで自己責任にゆだねよ、というわけにも行かない。必要なのは、債務者から借り入れの機会を奪うことではなく、彼が合理的に判断できるように非バイアス化(debias)することである。これには(現在も規制されているように)事前説明や書面交付を義務づけることも含まれるが、それだけでは不十分だ。サラ金に駆け込む債務者は、すでに心理的に追い込まれているので、複雑な契約書を提示されても「ああそうですか」とメクラ判を押すことになりかねない。そのバイアスを中立化するには、彼の置かれている環境(フレーミング)を変えて、冷静に考え直す余裕を与える必要がある。
そういう非バイアス化の一つの手段として、クーリングオフの制度が考えられるのではないか。一定期間までは、債務者が貸金契約を一方的に破棄する(元金だけを返済する)権利をもつことを法律で定めるのだ。現在のクーリングオフ制度は、訪問販売などに限定されているが、これを貸金業に適用すればよい。貸金業者のリスクは大きくなるが、これは一種のオプションを売るようなものなので、そのリスクはコントロール可能である。債務者のバイアスを勘案すると、こういう弱い家父長主義は対策としてありうると思うが、どうだろうか。
追記:コメント欄にも書いたが、グレーゾーンをなくすという金融庁の方針は当然である。問題は、出資法と利息制限法のどちらに寄せるかだが、私は出資法に一本化すべきだと思う。ただし、上限を超える金利に刑事罰は必要ない。
経済産業省は、「日の丸検索エンジン」について50億円を概算要求することを決めた。これは初年度だけの予算で、総額は300億円といわれる。これについて取材した記者が、経産省の担当者に「過去に第5世代コンピュータやシグマ計画が失敗したことをどう考えているか?」と質問したところ、驚いたことに「知らない」と答えたそうだ。第5世代については、先日の記事でも紹介したので、シグマについてごく簡単にまとめておく。
シグマ計画は、1985年から5年かけて250億円の国費をつぎこみ、国内のコンピュータ・メーカーを集めて、日本語で使えるUNIXツールの標準規格をつくろうという計画だったが、これについての通産省の事後評価は存在しない。業界でも、シグマの話はタブーとされており、ウェブにも関連する情報はほとんど出ていない。当事者の話としては、提唱者のインタビューや「被害者」の書いた本でふれられている程度である(その他の情報のリンク集)。
そのきっかけは、「1990年には60万人のソフトウェア開発技術者が不足する」という産業構造審議会の1984年の答申だった。これを克服するには、ソフトウェア開発を効率化しなければならない、という目的で、このプロジェクトは始まった。ソフトウェア部品を共通化し、それを企業間で共有しようという理想も悪くなかったし、そのベースにUNIXを採用したことも、ワークステーションの技術としてはそう間違っていなかった。
問題はそこからだ。全コンピュータ・メーカーのコンセンサスで進めたため、当初の目的だった研究開発よりも、メインフレームで使われていた既存のツールをUNIXに移植することが主な作業になってしまった。UNIXベースのツールとしては、EmacsやTeXなどすぐれたソフトウェアがたくさんあるが、それも「シグマ化」したものしか使えなくなった。またプラットフォームとしてUNIX System Vという少数派の方言を固定したため進歩が止まり、日本ローカルのUNIXツールを大量に作り出す結果になってしまったのである。
しかも本来はソフトウェアのプロジェクトだったのに、主要なメンバーがハードウェア・メーカーだったため、予算の大部分はハードウェアにつぎ込まれた。「Σセンター」に各社のメインフレームを4台も置き、そこに蓄積されたΣツールを各企業のΣワークステーションと結んで転送するΣネットワークも構築されたが、ほとんど利用されなかった。
ツールを国費で作らせて共有させるというのも、ビジネスを考えない甘い構想だった。企業にとっては、開発の成果をライバル会社と共有するのはいやだから、シグマに出すのはつまらないものばかりで、アップデートも止まり、使い物にならなくなった。結果的には、予算のほとんどはコンピュータやネットワークのコストとしてメーカーの食い物にされ、全国に性能の悪いΣワークステーションをばらまいただけに終わった。
しかも、この種の国策プロジェクトの常として、失敗を想定していないため、exit strategyがなく、最初の2年ぐらいでだめとわかってからも、延々とプロジェクトは続けられ、その「成果」を売る会社「シグマシステム」まで作られた。最終的にこの会社が解散したのは、95年である。今回の日の丸検索エンジンについても、記者が「失敗したらどうするのか?」と質問したところ、経産省の担当者は「失敗は想定していない」と答えたという。歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、2度目は茶番として・・・
シグマ計画は、1985年から5年かけて250億円の国費をつぎこみ、国内のコンピュータ・メーカーを集めて、日本語で使えるUNIXツールの標準規格をつくろうという計画だったが、これについての通産省の事後評価は存在しない。業界でも、シグマの話はタブーとされており、ウェブにも関連する情報はほとんど出ていない。当事者の話としては、提唱者のインタビューや「被害者」の書いた本でふれられている程度である(その他の情報のリンク集)。
そのきっかけは、「1990年には60万人のソフトウェア開発技術者が不足する」という産業構造審議会の1984年の答申だった。これを克服するには、ソフトウェア開発を効率化しなければならない、という目的で、このプロジェクトは始まった。ソフトウェア部品を共通化し、それを企業間で共有しようという理想も悪くなかったし、そのベースにUNIXを採用したことも、ワークステーションの技術としてはそう間違っていなかった。
問題はそこからだ。全コンピュータ・メーカーのコンセンサスで進めたため、当初の目的だった研究開発よりも、メインフレームで使われていた既存のツールをUNIXに移植することが主な作業になってしまった。UNIXベースのツールとしては、EmacsやTeXなどすぐれたソフトウェアがたくさんあるが、それも「シグマ化」したものしか使えなくなった。またプラットフォームとしてUNIX System Vという少数派の方言を固定したため進歩が止まり、日本ローカルのUNIXツールを大量に作り出す結果になってしまったのである。
しかも本来はソフトウェアのプロジェクトだったのに、主要なメンバーがハードウェア・メーカーだったため、予算の大部分はハードウェアにつぎ込まれた。「Σセンター」に各社のメインフレームを4台も置き、そこに蓄積されたΣツールを各企業のΣワークステーションと結んで転送するΣネットワークも構築されたが、ほとんど利用されなかった。
ツールを国費で作らせて共有させるというのも、ビジネスを考えない甘い構想だった。企業にとっては、開発の成果をライバル会社と共有するのはいやだから、シグマに出すのはつまらないものばかりで、アップデートも止まり、使い物にならなくなった。結果的には、予算のほとんどはコンピュータやネットワークのコストとしてメーカーの食い物にされ、全国に性能の悪いΣワークステーションをばらまいただけに終わった。
しかも、この種の国策プロジェクトの常として、失敗を想定していないため、exit strategyがなく、最初の2年ぐらいでだめとわかってからも、延々とプロジェクトは続けられ、その「成果」を売る会社「シグマシステム」まで作られた。最終的にこの会社が解散したのは、95年である。今回の日の丸検索エンジンについても、記者が「失敗したらどうするのか?」と質問したところ、経産省の担当者は「失敗は想定していない」と答えたという。歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、2度目は茶番として・・・