たとえば柳さん、昨年の二月、柳さんのお宅に児童相談所の福祉司がやってきましたよね。そのときにですね、「息子さんを叩きましたか? どこを何発叩いたんですか?」と詰問されたり、「あなたは母親として間違っています。ここが間違っているから、こう変えましょう」と指摘や助言をされたら、柳さんも頑なに拒絶するでしょう。でも、もし、「そうせざるを得ないご事情がおありなんですね。お気持ちは解りますよ。きっとお辛いんでしょうね」と言われれば、相談してみようという気持ちになるかもしれないじゃありませんか。心の風向きを変えるのは、そういう言葉なんですよ。
今の彼に対しても同じです。息子さんに対しても同じ。今起きていることに対しては、スタートはオーケーなんです。家族との関係、近所のひととの関係、教師との関係、ほかの保護者との関係、編集者との関係、全ての人間関係に困惑し、すごく不器用に、それでも精一杯生きている柳美里さん、私は素晴らしいと思いますよ。尊敬します。
「対人関係も全部変わると思う」
柳 あの……つまりそれは……私の、今の現実がありますよね? 私が困っているのは、目の前に在る現実なんですよ。家に帰ると、息子がいて、彼がいる。外に出ると、近所のひとと会う。息子が通っている学校の、先生やほかの保護者とも付き合わなければならない。仕事では、編集者とのやりとりがある。でも、今の、この現実の人間関係を改善するためには、今に目を向けてはいけないということですか?
長谷川 おそらく今に対しては、過去に何度も改善を試みられたのではないでしょうか? しかし、改善しようとすればするほど、改善できない。最終的には、「どうして解ってくれないの?」「どうして嘘を吐くの?」「どうしてこうなるの?」と感情をぶつけて終わってしまう。今だけを見て修復を目指しても、なかなかうまくいかないんです。
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