長谷川 なんて?
柳 まだ子どもなんて産みたくなかったのに、新婚旅行で妊娠しちゃったから、二十歳で母親になってしまったって……。
長谷川 で、柳さんの心はその言葉にどう反応したの?
柳 いや、かわいそうだな、と。
長谷川 それはお母さん側に立ったものでしょう? 子どもらしい素直な反応ではなくて、お母さん側の気持ちを代弁している。お母さんを擁護してるよ。その裏で、小さな美里ちゃんの気持ちは犠牲になってるんじゃない? そんな言葉を、子どもに免罪符のようにして使うお母さん、私は卑怯だと思う。かわいそうなひとじゃなくて、卑怯なひと。ズルイよ。自分の娘に、ほんとうはあなたなんて存在してないんだよ、と言ってるのと同然でしょ? じゃあ、私ってなに? たまたま、間違って生まれたの? 私は間違った存在なの? お母さん、じゃあ、どうして私なんか産んだの?
柳 はい。えーっと、中学……二年ぐらい、十四歳のころから学校に行けなくなったんです。学校に行くには坂道を上らないといけないんですけど、学校に近づくと涙が出てきて、動悸が速くなって、息ができなくなって、倒れる。何度か救急車で運ばれて、無期停学になって、学校に紹介してもらった精神科に母といっしょに通院して……でも、よくならなかったんですね、家出して海に飛び込んだり、手首を切ったり、マンションの屋上から飛び降りようとしているところを管理人に見つかって保護されたり……で、母と叔母に監視されて軟禁状態になったんですが、処方された抗鬱剤や睡眠薬をまとめ飲みして意識不明に陥って、救急車で運ばれて病院で胃洗浄されたり……もう、居場所がどこにもなくって、とにかく居たたまれなくて、自分が自分の中から押し出されるような感じがして……自分が自分の中にいることもできなくなったら、死ぬしかないじゃないですか……でも、死ぬこともできなかった……。
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