返事がもらえないと死にたくなる
柳 でも、今、記憶に触れたというか、すごくおぼろげだから、正確ではないんですけどね、もっと小さいときに、幼稚園以前のときに、母の背中を目指して歩いて行って、「ねぇ、ママ、ねぇ」と呼びかけても、振り向いてくれないというか、かなり近い距離なのに、まったく聞こえていないかのように扱われることが多かったような気がします。とにかく、母は、いつも思い詰めてたんです。家を飛び出すか、子どものために我慢するか、死ぬか、生きるか……だから、いくらしつこく「ママ、ねぇ、ママ!」と話しかけても、母の耳には届かなかった、自分の思いでいっぱいだったんでしょうね。でも、無視されるのは辛かったですね。だから、私、しゃべりかけて、返事がないのって、駄目なんですよ。今までいっしょに暮らしたのは、東さんと、今の彼だけなんですけど、話しかけて返事がないと、激昂するか泣くか……メールや手紙を送って、返事がもらえないときも、ガッカリとか淋しいとかそういうレベルをいきなり飛び越えて、死にたくなる(笑)。
長谷川 まだそこで、「ちょっとうるさいから向こう行ってて!」とか「まとわりつくんじゃないの!」とかね、お母さんが反応していれば、違ってたと思うんですよ。これ、娘の存在をまるごと否認しているような感じですからね。これは典型的な心理的虐待と言っていいですね。今、娘はここにはいないんだ、と存在する子どもを存在しないかのように扱う。そういう扱いをすることによって、「おまえなんて産まなければよかったんだ」とか、「おまえなんて邪魔で不要な存在なんだ」というメッセージをストレートに伝えてしまうことになるんですよ。
子ども時代の柳美里さんは、大人になることを求められていた存在だった。お母さんのことを少し離れたところから観察して、「今なにが起きているんだろう」とか、「今は触らないでおいたほうがいい」とか、大人の頭で分析し判断する、そういう子どもになっていた。
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