泣きじゃくる母親の記憶
柳 理想が、描けない……。
長谷川 じゃあ、お母さんのことで、今なにかエピソードが浮かぶ?
柳 先ほどお話しした大家さんの敷地内にある離れで暮らしていたころの話なんですけど、母が裸足で玄関から飛び出して、韓国語で「オンマー!」と叫んで、「オンマー」っていうのは、小さい子どもが母親を呼ぶ「ママ」みたいなニュアンスの幼児語なんですけど、「オンマー! オンマー!」って手放しで泣きじゃくってたんですよ。
長谷川 柳さんがいくつぐらいの時?
柳 えーと、小学一年ぐらいですかね……二年かな……。
長谷川 やっぱり、かわいそうだと思いましたか?
柳 いや、料理とか掃除とか、何かをやってる最中に、衝動的に飛び出しちゃったんで、あぁ、料理でしたね、まな板で野菜を刻んでる最中だったような気がします。やりかけのまま、外に飛び出したんですよ。びっくりして追いかけたんだけど、裸足だったし、泣いてたし、韓国語だったし……「ママ、どうしたの?」って声を掛けられるような雰囲気じゃなかったから、玄関の戸口で黙って見てましたね。かわいそうとか、怖いとかより、なんで泣いてるんだろうって……。
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