南極観測

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日本の南極観測は1956年の第1次観測隊派遣に始まる。 4代目の観測船「しらせ」が2009年11月10日に出航。[関連情報]

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第51次南極観測隊による探索で見つかった隕石を手にする小島秀康・国立極地研究所教授。採取した635個はいずれも小惑星帯由来の隕石。希少な種類も含まれているという(8日、南極・昭和基地=同研究所提供)(時事通信社)

隕石635個を採取=「世界一」奪還はならず−南極観測隊が会見・昭和基地

 第51次南極観測隊の本吉洋一隊長らが8日、南極・昭和基地と国立極地研究所(東京都立川市)をつないだテレビ電話会見を行い、新たに隕石(いんせき)635個を採取したことなど、活動成果を報告した。(時事通信)
[記事全文]

隕石635個採取 南極・昭和基地から初の中継会見 - 産経新聞(2月8日)
・ [動画ニュース]隕石635個を発見〜第51次南極観測隊 - 日本テレビ(2月8日)

◇日本隊が南極で隕石を発見したのは2001年1月以来だった
南極観測隊が隕石4個を発見 世界一へ、01年以来の成果 - 47NEWS(1月5日)

◇南極でなぜ隕石採取するの?
南極隕石 - 南極サイエンス基地
南極はどんなところ−タイムカプセル− - 南極キッズ

第51次南極地域観測隊員の決定について - 文部科学省(2009年6月19日)

※ここより下は、メディア関係者と読者が作るガイドコンテンツです。   表示方法: 標準全部

南極地域観測事業

1955(昭和30)年に閣議決定された「南極地域観測への参加および南極地域観測統合推進本部の設置について」に基づき、関係各省庁が連携して研究観測や輸送などを分担して進めている国家事業。

国立極地研究所

極地に関する科学の総合研究と極地観測の推進を目的に1973(昭和48)年に設置。大学共同利用機関・南極観測事業の中核的実施機関としての役割を担う。2004(平成16)年、大学共同利用機関法人「情報・システム研究機構」の構成研究所となった。

南極法

正式名称は「南極地域の環境の保護に関する法律」。条約の「環境保護に関する南極条約議定書」を批准したのを受けて、1997年に制定された(※条約は1998年に発効)。南極の自然保護を目的にしたこの法律によって、観光や観測など南極で行う活動が法的に制限されることになった。例えば、南極地域活動をしようとする者は環境大臣に届け出をする必要(5条)がある。

観測基地

昭和基地

みずほ基地

あすか基地

ドームふじ基地

南極観測船

宗谷(1956〜1965)

ふじ(1965〜1983)

初代しらせ(1983〜)

3代目の南極観測船しらせ (砕氷艦)は、1981年12月11日に進水、2008年7月30日に老朽化で退役した。
「しらせ」の後利用について
文部科学省の後利用に関する計画募集には複数の応募があったが、政府の南極地域観測統合推進本部は2008年10月24日、展示用改修費や維持費に多額が見込まれ、政府による財政支援も困難なことから、保存活用を断念し、解体して払い下げることを決めた。しらせを保有する防衛省が入札を実施し、一部の記念品を残し、解体される見込み。
北海道稚内市は、同市内でしらせを保存し南極観測の歴史を伝える保存キャンペーンを展開した。

しらせ・2代目(2009〜)

4代目の南極観測船の名称も「しらせ」に決定。2009年11月10日、南極観測隊を支援するため東京・晴海埠頭から南極・昭和基地に向けて処女航海に出発した。同年12月下旬から2010年1月上旬の間に昭和基地へと到着。物資補給などをすませた後、10年4月上旬に帰国する。

南極観測の記録

昭和基地NOW!!では、南極観測第38次隊の記録から最新の記録までが読める。
第49次隊の夏隊には、岩手日報の鹿糠敏和記者が同行。南極の様子を2007-2008年企画「南極行」として写真とともに伝えている。

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