• The Wall Street Journal

【コラム】トヨタの危機はメイド・イン・ジャパン

ジェフ・キングストン

  • 印刷 印刷
  • 原文(英語) 原文(英語)
  • 共有:
  • ブックマーク:
  • 文字サイズ:

 「臭いものにふた」が、リコール問題に対するトヨタ自動車のアプローチのようだ――当初は利かないブレーキや自らの意思を持つアクセルペダルの問題を否定し、問題を最小限まで矮小化しようとした。豊田章男社長が5日の記者会見まで2週間にわたり姿を見せないなど、重大な安全問題に対する準備が足りないために世界の顧客からの信頼を失いかねない状況にある。

 品質や信頼性の代名詞であるトヨタにとって、ブランドイメージへの打撃は計り知れない。今回の危機管理はこれ以上ないほどお粗末である。国内生産分も含め、リコール拡大は確実だろう。同社に対する訴訟の準備が進められており、多額の費用が予想される。その上、遊休生産施設や空のショールームの負担もある。

プリウス Bloomberg/Getty Images

トヨタのプリウス

 トヨタの反応が鈍く的はずれなのは意外ではない。日本では危機管理がひどく遅れているのだ。過去20年を振り返っても、日本企業が危機管理に成功した例は思い当たらない。どの問題でもパターンはお決まりで、当初の対応は通常遅く、問題を最小限に見せようとし、製品リコールを先延ばしにし、問題についての対外的なコミュニケーションが不足し、製品から悪影響を受けた消費者へのいたわりや配慮がなさすぎる。火を噴くテレビであれ、汚染粉乳あるいは産地偽装であれ、企業はどのケースでも証拠が積み重なり言い逃れができなくなってようやく公表に踏み切り責任を認めるという形で消費者をごまかしてきた。製造物責任法(PL法)に基づく訴訟の賠償額がほとんどの場合恐ろしく少ないか存在しない日本では、そうした怠慢によるコストは低い。

 日本では生産側の利益が消費者の安全に勝るのが普通だ。

 日本企業は、事実を隠したりごまかしたりすることがよくあり、広報担当が業務遂行に必要な情報を持っていないことも多い。経営トップに正確な情報を迅速に知らせる体制がないため、正確で十分な対応ができない。そのため、経営陣はメディアからの質問に対処する準備が整っておらず、「協力を渋っている」、「無関心である」という印象を与える。

 この危機対応の誤りには文化的要素もある。技能と品質に対する強迫観念のある国で製品の欠陥を告白することには不名誉や当惑が伴うため、公表や責任を負うことに対する基準が高いのだ。トヨタのような社会的地位の高い企業であれば、会社の顔が危機にさらされることになり、失うものも多い。

 日本企業では「敬い」の文化のために、目上の社員に質問したり問題を知らせたりすることが難しい。コンセンサスやグループを重視することはチームワークを醸成する上ではプラスだが、決まったことや計画されていることに異論を唱えるのが難しい場合もある。

 今回の危機は、トヨタが企業文化を刷新し、品質保証を改善するチャンスだ。そのために、顧客重視姿勢を強める方法もあれば、情報の伝達とフィードバックという双方向の流れを使う方法もある。独立社外取締役を指名しコーポレートガバナンスを改善する、あるいはリスク管理を事後処理以上のものにする手もある。まだ状況の立て直しには間に合う。ただ、これは、古臭い企業文化による制約を取り払い、リコールとそれ以上のアフターサービスを提供して顧客の歓心を買うことを意味する。しかし、当初の兆候をみると、トヨタは半世紀にわたり世界を席巻してきた機動的な企業ではないようだ。

 米国では、ゼネラル・モーターズ(GM)のためになることは国のためになり、国のためになることはGMのためになると言ったものだ。トヨタが米国に多くの工場、従業員、サプライヤー、ディーラーを擁するようになった今、同社が安全問題に対処し軌道に戻ろうとする際に、同社と米国の相互利益が危うくなっていることを思い起こす価値はある。

 日本のメディアはこの問題の報道を最小限に抑えようとしている。日本でのトヨタは、米でよりずっとニュースの管理に成功しており、メディアも政府も一段と慎重だ。ただし5日には前原誠司国土交通相が、トヨタが問題のあることを否定しており、顧客の視点が欠けていると苦言を呈した。しかし、米の当局とは違い、同相は安全面の欠陥調査を認めていない。

 米でアクセルペダルに関連したリコールが発表されてから2週間たったこの日、豊田社長はようやく記者会見を開いた。会見では、世界中の顧客に迷惑をかけたと謝罪し、窮地脱出を試みた。同社はブレーキの問題について、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)に対するドライバーの感覚が車両の動きとずれているためだとした上、問題は2009年型のみだとした。同社は1月、ABSの反応を速めるためソフトウェアを修正している。

豊田章男社長 Bloomberg

トヨタの豊田章男社長(5日)

 今回の会見では、顧客を安心させ、10日に米で予定されている公聴会の影響を弱めようとしたが、失敗に終わった。明らかに、トヨタは日本での正式なリコールを避けようとしており、イメージダウンもコストも少なくすむ自主回収を認めるよう政府に働きかけている。(ブレーキに)欠陥はなく、問題は単にソフトウェアの不具合だとする主張はむなしく響き、信頼を取り戻し、信用を回復するにはほど遠い。プリウスはトヨタの売り上げをけん引する重要な車種であり、ブレーキシステムその他に関する疑問は後を引く。

 当初、安全面の欠陥はメイド・イン・アメリカとされていたが、設計の欠陥が本国を襲い、有名なトヨタのQC(品質管理)サークルに対して新たな疑問を投げかけている。この話が米国発でなければ、日本でのリコールは検討されたかすら疑わしい。しかし今では、品質問題に関する海外報道の拡大に背中を押された国内メディアが、それほど辛らつでないにしても、繰り返し同じ質問をし、同じ問題を取り上げそうだ。

 トヨタの信頼回復は、同社にとどまらず、日本にとっても極めて重要性が高い。ここ数年、日本製品が世界や国内の消費者から期待される高い品質基準を満たせないケースが驚くほど多い。これは、漂流し滑りながら衰退する国のバロメーターという見方もできる。

 日本には、品質に関して自己満足にひたり、生産性の停滞を放置する余裕はない。人口構成の時限爆弾があることを考えるとなおさらだ。高齢化と人口減少が同時に訪れるため、少ない労働力でより多くを生産する必要がある。拡大する高齢者層、年金、医療ニーズを支えるには、付加価値や1人当たりの生産量を高めなくてはならない。そしてこれは、日本がつまずいたときにいつでも取って代われる態勢にある、韓国のような競合国に後れをとらないことを意味する。トヨタ復活というシナリオは、打ちひしがれた国の心理に大きな意味を持ち、品質に疑いではなく賞賛の目が向けられる生産大国の評判を日本が取り戻す可能性を意味する。そうなれば、トヨタが立ち直り、再び勢いづき、日本が必要とするインスピレーションを与えることにつながるだろう。

(ジェフ・キングストンは、テンプル大学のアジア研究所所長。9月に”Contemporary Japan: History, Politics and Social Change”が刊行の予定)

原文: A Crisis Made in Japan

Copyright @ 2009 Wall Street Journal Japan KK. All Rights Reserved

本サービスが提供する記事及びその他保護可能な知的財産(以下、「本コンテンツ」とする)は、弊社もしくはニュース提供会社の財産であり、著作権及びその他の知的財産法で保護されています。 個人利用の目的で、本サービスから入手した記事、もしくは記事の一部を電子媒体以外方法でコピーして数名に無料で配布することは構いませんが、本サービスと同じ形式で著作権及びその他の知的財産権に関する表示を記載すること、出典・典拠及び「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版が使用することを許諾します」もしくは「バロンズ・オンラインが使用することを許諾します」という表現を適宜含めなければなりません。

 

  • メール
  • 印刷
  • 原文(英語) 原文(英語)
  •  
  •  
日経225平均 9,951.82 -105.27 -1.05
ダウ工業株30種平均 10,012.23 10.05 0.10
TOPIX 883.01 -8.77 -0.98
為替:ドル―円 89.31 89.37
原油 71.44 0.25 71.19
*終値

投資に役立つ最新分析

  • チャート

    TARP脱却—地銀が支払う代償

     「不良資産救済プログラム」(TARP)からの脱却を目指す地方銀行には、自己資本比率という思いもよらぬ高いハードルが待っている可能性がある。

    続きを読む

日本版コラム〔2月5日更新〕