矢本真人

 大山鳴動でも「小沢不起訴か」という感は否めないだろう。民主党議員からは、「これで小沢の潔白が証明できた」、「これで一区切りできる」という安堵感も流れているが、小沢起訴/不起訴の判断は紙一重だった感じもなくはない。
 
 テレビでの討論を聞いていると、「検察vs小沢」の構図になっている。小沢よりと思われるコメンテーターや社会派と目されるコメンテーターは、検察の捜査手法も問題にする。「1年以上前から1人の議員をピンポイント攻撃している」とか、「国会議員を党大会前、国会開催直前に逮捕したことへの政治介入の疑い」があるとか、収支報告書の「形式的なミスで強制捜査の必要があるのか」と。
 
 一方、地検特捜経験者の弁護士は、いままでの経験から、検察の捜査の正当性、何故不起訴になったのか、小沢さんの政治資金の疑惑は、今後3人の秘書の公判で明らかにされるだろうと解説する。
 
 司会者は、「不起訴になっても、疑惑は残る」というが、ほとんどの国民を代弁している。
 
 小沢さんが勝ち、検察が負けたという問題でもないのだ。そう言う視点で考え、議論すると「政治とカネ」の問題は歪曲化され、結論、対策が間違ってくる。

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東京地検:負けた勝ったで議論すると「政治とカネ」の問題が可笑しくなる。検察は粛々と捜査すべきである、撮影・矢本真人


 今回の事件で明らかになっていることは、政治資金規正法違反が余りにも格下の形式犯事件とみられていることは意外であった。過去に修正申告、罰金で済んでいたからと言って、今回もそれでいいとは限らないだろう。要は公明正大な議員活動を国民の監視下におく、重要な法の趣旨から考えて、今回の虚偽記載は悪質性が高かったのだ。
 
 政治家の不正行為、政治的・道義的責任を許してはいけないが、国会議員への強制捜査の是非も問題になると思う一方で、小沢さんのような巨額な疑惑事件を放置/許して良いのか、期限の迫った事件へ、どんな捜査法があったのか。
 
 このままで行くと、メディアを通して公判の度に、裁判闘争に巻き込まれそうである。
 
 しかし、大事なのは金権体質を排除し、政治家の公明正大な政治活動を目指し、「政治とカネ」の問題にしっかり取り組み、国民の不信払拭に応えなければならない。
 
 そのためには、あらゆる機会を通じて、小沢さんが国会で説明すべきである。自民党で総理候補の一人だった加藤紘一さんが秘書の不祥事事件で、政治家としての責任を追及されたとき、証人喚問に出席され責任をとって議員を辞職すると発言された。小沢さんだって、出来ないわけはないだろう。出来ないのであれば、政界一の実力者と崇められる価値はないし、その人材でもない。
 
 鳩山さんは「折角政権交代したのだから、ここでくじけない」と会見で発言し、「古い政治に逆戻りしてはいけない」とも言った。何のことはない、政権トップ2人の政治資金疑惑をはじめ、今の民主党を見ると、以前の自民党以上の悪さではないか。
 
 この小沢問題も、政治資金規正法改正や、もっと大事な「雇用、経済対策、予算審議」とすり替えられようとしている。それも大切であるが、「政治とカネ」の問題は国民から負託を受ける国会議員の資質に関することで、政治以前の問題なのだ。
 
 「検察vs小沢」の構図で「政治とカネ」の問題を歪曲化しないように注意しなければならない。