現代国際問題研究会−文明論研究ノート−

政治・経済・科学技術等の分析

「軽水炉プル実験は実施済みか」(2008-03-06)の研究会議事録

2008年03月10日 | Weblog
以下、研究会議事録の引用です。講演者はその分野の専門家です。


高木仁三郎『プルトニウムの未来』(岩波新書、1994)のp.10には、米科学アカデミーの報告書(1994)を引用して、「実質的に、いかなる組成のプルトニウムも核兵器製造のために利用できる」と、さらに、「つい最近まで、なかなか詳しいことが公表されなかったが、じつはアメリカは、実際に原子炉級のプルトニウムを用いて核実験を行っており、きちんとした核爆発を起こさせるのに成功している」と記されている。

前半の引用内容は、米国が核不拡散政策を推進するために主張している政治的戦略であって、実験的に証明されていない。その報告書には、続けて、「ただし、すべての組成が同様に便利であり有効であるわけではない」とも記されている。高木氏は意識的にこの部分を削除した。

後半の説明について、その実験は、1962年に実施されていた。その事実は、1977年に公表されていたにもかかわらず、高木氏は、意識的にその事実をふせて議論した。1962年に、米国には、確かに、シッピングポート、ヤンキーロー、ドレスデンという3基の商用軽水炉が運転中であったが、軽水炉の4メートルの長尺燃料を再処理できる商用再処理工場は、米国では、まだ、稼動していなかった。軍用再処理工場では、特別な手段を選択しない限り、軽水炉の長尺燃料は処理できない。米国初の商用ウエストバレー再処理工場は、1963年に着工し、1966年に稼動開始したはず。

よって、米国の核実験に利用されたプルトニウムは、米軽水炉の燃料を再処理して抽出した原子炉級プルトニウムではない。

では、そのプルトニウムの正体は、何か、誰でも疑問に思うはず。高木は、その問題を運動論の立場から悪用し、曖昧にして議論した。米エネルギー省広報局資料(1994)によれば、その「原子炉級プルトニウム」は、米英相互防衛協定の下に、英国から供給されたものであった。

1962年当時、英国には軽水炉はなかった。英国の最初の軽水炉は1995年に運転開始したサイズウェルBである。運転中の発電炉は、発電・プルトニウム生産二重目的炉のコールダーホール(1,2,3,4号機、黒鉛減速炭酸ガス冷却、電気出力各6万キロワット、天然ウラン燃料)とチャペルクロス(1,2,3,4号機、黒鉛減速炭酸ガス冷却、電気出力各6万キロワット、天然ウラン燃料)だけ。

コールダーホールでは、燃焼度900MWD/Tで燃料を取り出せば、プルトニウム239の割合は、92%になり、兵器級プルトニウムの割合の93%に近い物に、そして、コールダーホール改良型の日本の東海1号機は、燃焼度3000MWD/Tで、プルトニウム239が79パーセントでプルトニウム240が18パーセントとなる。

米エネルギー省広報局資料には、確かに、1970年代から、プルトニウム240が19パーセント以上(物理的根拠がない)のものが原子炉級プルトニウムと定義し直されたことが明記されているが、実験に利用されたものがそうであるとの直接的な証拠が何もない。米エネルギー省広報局資料ではプルトニウム同位体組成を機密にしている。第三者が確認できないものは学術文献でない。

よって、米国で1962年に実施された核実験は、原子炉級プルトニウムでない可能性もあり(現実的には東海1号機の条件のプルトニウム239が79パーセントでプルトニウム240が18パーセント)、実験に成功しても当たり前であって、特筆すべき情報でない。軽水炉プルトニウムとは、(1)軽水炉で生成され、(2)プルトニウム239が55-60パーセントであること、(3)プルトニウム240が25パーセント程度であること、(4)特に発熱への寄与の大きなプルトニウム238が1.3パーセント(兵器級の100倍)と高いこと等。しかし、英国の物はこれらの条件をまったく満たしていない。

公開されているどの文献にも、「米国は、これまで、軽水炉の原子炉級プルトニウムで核実験したことがない」と断言している。私の文献調査でもそのような結論になっている。実験データがない。軽水炉プルトニウムは、核不拡散政策の下で、予防原則に則り、安全側に管理されているだけ。

軽水炉の原子炉級プルトニウム(プルトニウム239の割合が約60%)では、克服困難なふたつの問題がある。

ひとつは、プルトニウム238のアルファ崩壊による加熱及びプルトニウム241がアメリシウム241に崩壊する時のアルファ崩壊とガンマ崩壊による加熱が大きすぎ(約200ワット)、プルトニウム球と周辺の起爆用火薬や電子制御系を溶融するほどの温度にしてしまうこと(金属プルトニウムの融点は、意外と低く、639.5℃(『理化学辞典』岩波書店))。わずか数キログラムの軽水炉プルトニウムでさえ約200ワットにも達し、より大型原爆ならば、数十キログラムのプルトニウムが必要となるため、発熱量は、1キロワットを越える。これでは熱設計・構造設計のしようがない。

もうひとつは、プルトニウム240からの自発核分裂中性子が少なくとも毎秒一万個と多く、部分的に早く核分裂が進行する早産原爆になりやすいこと。

兵器級プルトニウムを利用した長崎原爆は、安全のため、投下寸前に組み立てることにより、熱の問題に対応していた。原子炉級プルトニウムの場合、米科学アカデミー報告書(使用数分前に組み立てるか、あるいは、火薬の外側からの放熱を工夫するというような、単なる漠然とした考え方のみ)に記されているとおり、解決策は、いまだに、見出されていない。その問題を解決できる具体的な構造設計と熱設計が立証できなければ、軽水炉級プルトニウムで実用的な原爆ができると言えない。

米エネルギー省広報局資料には、米国の核兵器は、すべて兵器級プルトニウムを利用していることを明記されている。さらに、原子炉級プルトニウムを利用しない理由として、製造施設の建設にカネがかかり過ぎること、従事者の被ばくが多くなること、熱の問題、軍関連規制法問題等、現実的に対応できない深刻な問題があることも認めている。

米国は、プルトニウム生産炉で燃焼度を上げて、軽水炉級模擬プルトニウムを生成することができたはずだが、そうすると燃料被覆管破損の問題が生じるのか。しかし、当時の英国の商用炉でも五十歩百歩のはず。米国の意図が何だったのか分からない。「商用炉のプルトニウム」という事実関係が必要だったという政治目的以外に明確な理由は見出せない。

軽水炉の高燃焼度燃料の再処理で抽出されたプルトニウムを利用して現実的に管理可能で有効な原水爆が製造できると考えているひとは工学を知らない素人。兵器級の長崎の例を見よ! いまの時代、非常事態が生じてから数分間で組み立てるようなことをしていたら、相手に叩きのめされる。核戦争とはそのようなものだ。そんな愚行を選択する国はどこにもない。1万キロメートル離れた敵国にICBMで打ち込む数十分の間に、金属プルトニウムは、熱で溶融し、原水爆の機能を果たせなくなってしまう。

世界に軽水炉プルトニウムで製造した原水爆はひとつも存在しない。この現実が現実的運用の困難を証明している。



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軽水炉プル実験は実施済みか−読者質問への回答−

2008年03月06日 | Weblog
2008-03-05 16:45:58に、三田さんから「軽水炉プル実験」なるタイトルで、「世界に軽水炉プルトニウムを利用した核実験例はありますか」という質問をいただきました。以下、回答です。

ウェブで、「weapon」「Reactor」「Plutonium」なるキーワードの組み合わせで検索すると、誰でも簡単に、多くの情報の中から、つぎのような情報を見つけることができます。それは、米エネルギー省広報局が、1994年6月27日に公表した「1962年にネバダで実施した原子炉級プルトニウム実験」についての補足で、中学生にも分かる簡単な広報文です。実験はこの一例しかありません。その実験についての資料は1977年に公開されています。

それには、特に、重要な情報は、何ひとつ含まれていません。それを引用して議論した学術文献は存在しません。政府広報文であり、政治目的であるため、どこまで真実か、図りかねるからです。第三者が追認できない資料は学術的に検討する価値などありません。

(政府発表には、たとえば、イラク戦争開始理由としての「大量破壊兵器の存在」のような政治目的の真実でない情報も有り、絶対視すべきではありません。)

その広報文の最後の質疑応答の中に、「実験に利用された原子炉級プルトニウムは、1958年に締結された米英相互防衛協定の下に英国から供給された」とあります。しかし、質疑応答にあるように、肝心のプルトニウム同位体組成は、「機密」とされています。よって、真実は、分かりません。

しかし、本文には、1970年以前とそれ以後の兵器級プルトニウムと原子炉級プルトニウムの定義が記されている。以前はプルトニウム240が7パーセント以下か以上にあったが、それ以降は、7パーセント以下が兵器級、7-19パーセントが燃料級、19パーセントかそれ以上が原子炉級と定義し直されました。プルトニウム240の割合が多くなると、自身の自発核分裂中性子の影響で、爆発力の小さな未熟原爆の可能性が高くなります。

問題はふたつ存在します。ひとつは、英国には、1962年以前に軽水炉はなく(最初の軽水炉は1995年9月22日に運転開始したサイズウェルB発電所)、発電・プルトニウム生産二重目的炉としての黒鉛減速炭酸ガス冷却炉(コールダーホール炉4基とチャペルクロス炉4基)しかなかったことです。よって、軽水炉プルトニウムと言うのは間違いです。

もうひとつの問題は同位体組成です。広報局が公表日当時(1977年)の定義に従ったのか、1962年当時の定義に従ったのか、文面からは前者(1977年)のように解釈できます。そうならばプルトニウム240が19パーセントかそれ以上となります。

しかし、公式文献に拠れば、1962年以前のコールダーホール炉4基とチャペルクロス炉4基の燃焼度は、900MWD/Tで、目的からすれば、当然、兵器級しか生成できません。1966年7月25日に運転開始したコールダーホール改良炉の東海1号機の燃焼度は、3000MWD/Tで、プルトニウム239が79パーセント及びプルトニウム240が18パーセント。

1962年以前のコールダーホール炉4基とチャペルクロス炉4基の燃焼度が、米英相互防衛協定という特別の目的のため、900MWD/Tでなく、東海1号機のように3000MWD/Tで運転したならば、技術的には、プルトニウム239が79パーセント、プルトニウム240が18パーセントとなります。しかし、当時の運転記録を確認しなければ確実なことは言えません。具体的に、どの原子炉で、何年何月何日からいつまで運転し、どこの再処理工場で、いつ処理されたかまで、説明できなければ、分かったことになりません。

当時の燃料被覆材のマグネシウム合金では、長期照射が出来ず、燃料破損を引き起こします。東海1号機の燃料はコールダーホール炉とは異なり、改良型の中空燃料が採用されました。

特別の目的のために生成されたとしても、一桁高い燃焼度30000MWD/T(炉内で3年間燃焼)で生成された軽水炉プルトニウムの組成、プルトニウム239が60パーセント、プルトニウム240が25パーセントには、ほど遠く、軽水炉プルトニウムの模擬としても、技術的困難さの克服の証明になっていません。世界の軽水炉は、燃焼度50000MWD/T(炉内で5年間燃焼)を目指しており、そうなれば、プルトニウム239は、50パーセント以下、プルトニウム240は、30パーセント以上となり、より困難性を増します。

それから、質疑応答にあるように、「米国の核兵器には、すべて、兵器級プルトニウムが利用されており、その理由は、仮に原子炉級プルトニウムにすると、施設の設計資金が膨れ上がり・従事者の被ばく・プル発熱による組み立ての困難性・適用法規制等、克服しがたい問題があるため」とされている。よって、現実的制約から、世界では、原子炉級プルトニウムで核兵器を製造していません。それは、原理的不可能性でなく、工学的不可能性です。

軽水炉プルトニウムで核兵器ができないと言うのはこのような根拠が基になっています。長崎プルトニウム原爆は、兵器級プルトニウムであっても、発熱問題が深刻であったため、安全上の配慮から、投下寸前に組み立てられました(プリンストン大フランク・フォン・ヒッペル教授「第5章 ICRC評価レポート」、p.54欄外、核燃料サイクル国際評価パネル編『核燃料サイクル国際評価パネル報告書』)。

以下、米政府エネルギー省広報局公表文書(1994.6.27)

U.S. Department of Energy, Office of the Press Secretary, Washington, DC 20585

Additional Information Concerning Underground Nuclear Weapon Test of Reactor-Grade Plutonium


The Department of Energy is providing additional information related to a 1962 underground nuclear test at the Nevada Test Site that used reactor-grade plutonium in the nuclear explosive.

Specifically
•A successful test was conducted in 1962, which used reactor-grade plutonium in the nuclear explosive in place of weapon-grade plutonium.
•The yield was less than 20 kilotons.

Background
•This test was conducted to obtain nuclear design information concerning the feasibility of using reactor-grade plutonium as the nuclear explosive material.
•The test confirmed that reactor-grade plutonium could be used to make a nuclear explosive. This fact was declassified in July 1977.
•The release of additional information was deemed important to enhance public awareness of nuclear proliferation issues associated with reactor-grade plutonium that can be separated during reprocessing of spent commercial reactor fuel.
•The United States maintains an extensive nuclear test data base and predictive capabilities. This information, combined with the results of this low yield test, reveals that weapons can be constructed with reactor-grade plutonium.
•Prior to the 1970's, there were only two terms in use to define plutonium grades: weapon-grade (no more than 7 percent Pu-240) and reactor-grade (greater than 7 percent Pu-240). In the early 1970's, the term fuel-grade (approximately 7 percent to 19 percent Pu-240) came into use, which shifted the reactor-grade definition 19 percent or greater Pu-240.

Benefits
•As part of the Secretary of Energy's Openness Initiative, the Department of Energy is providing additional information regarding a 1962 underground nuclear test that used reactor-grade plutonium. As a result, the American public will have information that is important to the current debate over nonproliferation issues associated with reactor-grade plutonium that can be separated during spent fuel reprocessing and the importance of international safeguards. The release of this information should encourage other nations to declassify similar test information.
•This information will be useful in the international arena in defining the nonproliferation regime for separated reactor-grade plutonium. It will be useful in confirming and underpinning the requirements for international safeguards.
•This information will correct erroneous statements made elsewhere about the potential use of reactor-grade fuel for nuclear weapons.
Who Are the Key Stakeholders?
•The Public. This information will be useful to nonproliferation public interest groups who are debating nuclear proliferation issues.
•Public Interest Organizations. Stakeholders include environmental, safety and health groups, historians, archivists, researchers, scientists, and industrial workers, as well as State and Federal personnel. Those interested in oversight of nuclear weapons testing related activities will have additional information regarding the nuclear test of reactor-grade plutonium. Public interest organizations which have expressed such an interest include (but are not limited to): Energy Research Foundation, Environmental Information Network, Friends of the Earth, Greenpeace, Institute for Science and International Security, League of Women Voters, Military Production Network, National Association of Atomic Veterans, National Security Archive, Natural Resources Defense Council, Nevada Desert Experience, Nuclear Control Institute, Physicians for Social Responsibility, Plutonium Challenge, Sierra Club, University of Sussex/England, and the Western States Legal Foundation.
•Environmentalists. With this declassification, those interested in environmental oversight of plutonium related activities will have additional information regarding the utility of reactor-grade plutonium. Those interested include Greenpeace, Institute for Science and International Security, Nuclear Control Institute and the University of Sussex, England.

U.S. Department of Energy
Office of Public Affairs
Contact: Sam Grizzle
(202) 586-5806

U.S. Department of Energy, Office of the Press Secretary, Washington, DC 20585

QUESTIONS AND ANSWERS
Q. Why wasn't the exact yield of the event released?
A. Revelation of the yield was determined to be of value to certain proliferants.
Q. What was the quantity of reactor-grade plutonium used in the test?
A. In this circumstance, specific information would be of benefit to certain proliferants and is not releasable.
Q. What is the grade of plutonium used in U.S. nuclear weapons?
A. The United States uses weapon-grade plutonium. Weapon-grade plutonium is defined as plutonium containing no more than 7 percent plutonium-240.
Q. Why is weapon-grade plutonium better than reactor-grade plutonium in weapons?
A. Reactor-grade plutonium is significantly more radioactive which complicates its use in nuclear weapons.
Q. If this was a successful test as you indicate, why didn't the United States use reactor- grade plutonium in nuclear weapons?
A. Reactor-grade plutonium is significantly more radioactive which complicates the design, manufacture and stockpiling of weapons. Use of reactor-grade plutonium would require large expenditures for remote manufacturing facilities to minimize radiation exposure to workers. Reactor-grade plutonium use in weapons would cause concern over radiation exposure to military service personnel. In any event, Public Law 97-415 prohibits United States defense use of plutonium produced in licensed facilities, i.e., commercial reactors.
Q. What was the source of the reactor-grade plutonium?
A. The plutonium was provided by the United Kingdom under the 1958 United States/United Kingdom Mutual Defense Agreement.
Q. What was the actual plutonium isotopic composition used in this test?
A. It is the policy not to reveal the actual isotopic composition of plutonium used in specific weapons or tests to prevent releasing information which may be of assistance to proliferants.

以上

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現代先端国際問題研究会の活動内容

2008年03月02日 | Weblog
私が代表を務める現代先端国際問題研究会は、政治・経済・社会科学・自然科学の研究者等、計50名からなる組織です。定期的に会合を開催し、今、世界で発生している問題について、自由に討論しています。テーマによっては、このブログの内容にも、研究会での討論内容が反映されることもあります。その時は議事録を引用します。
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