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2004-05-27

間違いだらけの痴漢冤罪回避マニュアル

| はてなブックマーク -  間違いだらけの痴漢冤罪回避マニュアル - 雑記

痴漢冤罪回避マニュアルと称するコピペが,ネットを賑わしたことがあった。しかし,このマニュアルは,法律的にみて,明らかな誤りを含む。

○貴方(身分証を提示、名刺を渡す)

 「私は痴漢ではありませんし、住所・氏名を明らかにしました。

  刑事訴訟法217条により、私を現行犯逮捕することは違法です。」

※刑訴法第217条[軽微事件と現行犯逮捕]

 三十万円(刑法暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。

第1に,痴漢は,刑事訴訟法217条の適用される「軽微事件」ではない。痴漢行為は,迷惑防止条例違反とされるのが通常であるが*1,条例違反が「軽微事件」とされるのは,条文にあるように,「2万円以下の罰金」の場合である。ところが,痴漢行為については,「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」(東京都*2),「20万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」(愛知県*3)など,この要件を満たさないのが一般である*4。。

第2に,軽犯罪法違反の痴漢行為など,「軽微事件」の要件を満たす場合を想定したとしても,「住所・氏名を明らかに」したからといって,当然に逮捕を免れ得るわけではない。条文にあるように,「逃亡するおそれがある場合」であれば,刑事訴訟法217条の適用があったとしても,逮捕は許されることになる。

補足 以上の点について,逮捕が許されるためには,「逮捕の必要性」が必要なのではないかという指摘があった。確かに,現行犯逮捕の場合であっても,「逮捕の必要性」が必要であるというのが,最近の有力な見解である。しかし,「住所・氏名を明らかに」したからといって,当然に「逮捕の必要性」を欠くことにはなるわけではない*5。「住所・氏名を明らかに」したことが,「逮捕の必要性」を減殺する一事情になるにすぎない。そもそも,いずれにせよ,刑事訴訟法217条を問題とする痴漢冤罪マニュアルが誤りであることに変わりはない。

○貴方「どうしても連れて行くというのであれば、現行犯逮捕をしているという事になりますが、刑事訴訟法 217 条を無視して現行犯逮捕するんですか?アナタとこの女性(痴漢恐喝女)が刑法 220 条の逮捕監禁罪に問われますよ?」

仮に,「逃亡するおそれ」がなく,刑事訴訟法217条の要件を欠いていたとしても,私人の逮捕行為が,直ちに逮捕監禁罪を構成するとは限らない。特に,「逃亡するおそれ」については,私人において判断する必要はなく,被疑者を引き渡された警察官が判断すれば良いとも考えられるからである*6

★警官(いきなり)「おたく名前は?痴漢やったの?」

○貴方「黙秘権、弁護士について触れずにいきなり尋問を始めましたね?

    刑事訴訟法198条違反です。この駅員室に居る方すべてが証人です。」

このような事態が,どの程度の割合で生じるのかはともかく,確かに,駅員室において,刑事訴訟法198条1項の被疑者取調と評価される行為があれり,黙秘権,弁護人選任権が告知されなかったのであれば,それは違法である。しかし,このような場面の法的評価は,具体的状況による。実際上,この段階で被疑者取調と評価されるような行為がなされることは多くないのではなかろうか。いまだ逮捕はなされておらず,警職法2条1項の職務質問にすぎないとされるような状況もあろう。そもそも,被疑者取調より先に,同法203条1項の弁解録取が必要であろう。そして,職務質問であれば,「黙秘権、弁護士について触れ」る必要はなく,弁解録取の場合,「黙秘権」については触れる必要がない*7

やがて弁護士が来たら、ここまでの違法逮捕の経緯を説明する。

間違い無く即時開放されるので、その後は訴訟を起こし、不名誉と不利益を挽回しよう

仮に,以上の経過の中で違法があったとして,当然に釈放されるべきものになるわけではない。その違法が,逮捕自体を無効にするような違法でなければならない。黙秘権を告知せず取調べが行われた以上,その違法な取調べに基づき作成された供述調書は証拠能力が否定されるべきだという主張であれば,自然な論理の流れといえようが,その違法な取調べに先立つ逮捕までが違法になると主張するのであれば,その点の論理の飛躍を埋めなければならない*8。また,実際上の問題として,弁護士が違法を指摘しても,捜査機関が違法でないと考える場合もあろう。

もちろん,何らかの違法があり,しかも,それが国家賠償法上の違法に当たると評価されるものであれば,「その後は訴訟を起こし、不名誉と不利益を挽回」することはできる。しかし,痴漢冤罪マニュアルは,そもそも逮捕勾留されないための指南なのであろうから,即時に釈放してもらえなければ,事後的に争うことができても,あまり意味はないといえる。

「当番弁護士をよんでください。以後は黙秘します。」

覚えておいても良いとしたら,この部分くらいであろう。しかし,当番弁護士という単語を覚えておく暇があれば,刑事弁護に熱心な弁護士を探しておく方がベターのように思う。また,黙秘というのも,ひとつの戦略であって,必ずしも優れた手段とは限らない。

なお,痴漢冤罪回避マニュアルの問題点については,「menschlichkeit」というブログが,3月23日付けの記事で,つとに指摘されていたところであるので,そちらも参照されたい。

注意(2009年6月13日) 本日までに,上記「menschlichkeit」というブログの記事が,リンク切れとなっていたようである。調べてみたところ,同ブログは,「あとは血となれ骨となれ」というサイトに移転していた。しかし,本文で言及した記事は,同サイトの過去ログには残っていないようである。

追記(2009年4月5日) R25.jpは,2009年3月23日付の記事において,痴漢冤罪マニュアルによる対処法が有効であるか,落合洋司弁護士に取材したようである。同記事(「もしも痴漢に間違われたら 後編」)における落合弁護士のコメントも,併せて参考にされたい。

*1:強制わいせつ罪であれば,「6月以上7年以下の懲役」であるから,ますます軽微事件から遠くなる。

*2東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例・第5条1項・第8条。

*3愛知県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例・第3条・第12条2項。

*4:もっとも,全ての条例等の法規を調べたわけではないので「軽微事件」にあたる場合がないとは言えない。

*5:「逮捕の必要性」が問題とされる典型的な事例は,警察官の現認による道交法違反である。警察官の現認により,罪証隠滅の虞が減殺される点が大きいのであろう。

*6:大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第3巻・512頁。

*7最判昭27・3・27刑集6・3・520。

*8:もっとも,このマニュアルは,逮捕自体にも違法があることを前提にしているから,この部分の指摘は的外れかもしれない。

toorisugari_seigitoorisugari_seigi 2006/09/14 23:01 冤罪とは、殺人に匹敵する悪行です。
現実にこんなことが存在する中、最悪このようなトラブルに遭遇してしまった場合に以下に対処するか、それが重要です。にもかかわらず、それについて語られた事はほとんどありません。
この問題を語るからには、最悪遭遇してしまった場合に以下に対処すべきか、もしも家族や知人がこのようなトラブルに巻き込まれ、突然逮捕される等という事態に陥った時にどうしたらよいのか、それを確立してください。
この対処法もいざという時の為に知っておく必要はあると思います。

通りすがり通りすがり 2007/05/04 03:02 >toorisugari_seigi
痴漢冤罪で男性がこれほどまでに被害を被るのは、現行の日本のシステムでは、現行犯逮捕が成立すると、犯罪までが成立してしまうからです。

そのためには、まず現行犯逮捕されないことが大事。
万一、現行犯逮捕されそうになったら、当番弁護士が来るまで鉄道警察の同行には応じないことです。

・免許証など身分証を常に携帯し、誤認の際には身元を明らかにし、名刺を渡し、現行犯逮捕の要件(逃亡のおそれ)を消滅させる。
絶対に駅員室には行かず、その場を去ることが重要。

・携帯に各地域の当番弁護士の連絡先を登録しておき、万一、鉄道警察に現行犯として引き渡されそうになったときはすぐ連絡すること。

現行、有効な対策はこれぐらいでしょうか。

手を挙げておくとか、物を持っておくというのはあまり当てになりません。
どんな状況でも、女性が思いこんだら「この人痴漢です!」となるからです。

大阪府警だったと思いますが、科学捜査で手に付着した繊維を鑑定し、女性の衣服に接触したか、どのように接触したかを調べる技術を導入したという報道があったと記憶しています。

全国の警察で実施して、誤認逮捕が減り、憎むべき真の犯罪者が捕まる決め手になればいいですね。

通りすがり通りすがり 2007/05/08 00:10 私も同じ意見です。女はいくらでも整形してやり直しが効くが男は一度名誉と地位を奪われたらしばらくは立ち直れません。また痴漢冤罪として鉄道員の事務所に行くのは精神的苦痛です。一度冤罪をかけられたら最後、連れてきた以上は自白を迫ってきます。埒が開かずに警察がくるようなら、職質にも所持品検査にも外部からの身体検査にも応じなくて良いと、元国家公安委員長の白川氏が言っていたと堂々と言いましょう。

あっちゃんあっちゃん 2007/05/08 00:28 痴漢の証拠は触った人の手を離さぬ事。そうする事が冤罪を少なくする方法だと思うよ。まったく無実なのに痴漢呼ばわりした以上、何がなんでも犯人にと言う女は山ほどいるから。

通りすがり2世通りすがり2世 2007/09/06 22:19 私は、「痴漢に間違われればまず無罪は無理」と聞いております。そのため、混雑した電車に乗る際は必ず両手で吊り革につかまります。
また、「女性専用車両」はあるのに「男性専用車両」はないですね。これは男女差別じゃないですか?冤罪から自衛するために、是非そのような車両が欲しいと思います。

ピーウィー波紋ピーウィー波紋 2008/01/05 22:45 通りすがり2世さん
私もそうしますが、怖いのが「二人掛けの席」ですね
隣に女性が座って、突然「やめてください!」とやられたらと思うと・・

型番774型番774 2008/06/19 18:17 >もちろん,何らかの違法があれば,「その後は訴訟を起こし、不名誉と不利益を挽回」することはできる。
挽回しちゃ駄目だろ

hakurikuhakuriku 2008/06/19 22:00 > 型番774 さん
 ご指摘の趣旨は分かりますし、私も、他人の表現を引用するのでなければ、使わなかった表現だと思います。しかし、「不名誉/不利益を挽回する。」という表現が、本当に間違いなのかというと、疑問があります。
 例えば、gooの国語辞典を引いても、「劣勢を挽回する。」という用例があります。この用例は、「不名誉を挽回する。」と似た使い方ような気がします。他方、「回復」という言葉を考えてみると、「損害を回復する。」、「利益を回復する。」の両方の言い方があります。
 考えがまとまっていないのですが、「挽回」の「挽」は、「引く」という意味ですから、「挽回」は、「ある物(良い物)を引っ張って、自分の手に取り戻す。」という場合のみならず、「ある状態(悪い状態)を引っ張って、元の状態に戻す。」というような場合にも使うのではないかという気がします。
 そうであるとすると、「名誉/不名誉」や「利益/不利益」という言葉は、「物」としても、「状態」としてもとらえることもできるものですから、「名誉/利益を挽回する。」、「不名誉/不利益を挽回する。」、いずれの言い方も必ずしも間違いとはいえないということになります。
 いずれエントリにして書こうかとも思っていたところのため、くだくだしい返答になってしまって申し訳ありません。

通りすがりの見物人通りすがりの見物人 2009/02/05 01:58 この記事を書かれた方へ御聞きします。
貴方は警察官と揉めた事が在りますか?
揉めた事の在る方はきっと良くご存知でしょう
私はかつて交通違反だと検挙され納得できないので徹底的にやりあいました
その事案での経験を踏まえて・・・・
先ず、警察官は正義の味方ではありません
警察官は捕まえれば有罪になる証拠しか集めません
警察官は嘘つきです
警察官は調書を作文します
警察官は検察不利になるような調書は取りません
警察官は話した内容を検察有利にニュアンスを変えて録取します
警察官は脅します(桜の代紋背負ったヤクザと言われる所以)
きりが無いので止めますが上記のことは日常の事なのです

私が考えるに先ず警察署に同行しない事
次に警察官とは必要なこと意外話さない事
徹底黙秘で調書の類には署名捺印しない事
必ず当番弁護士を呼ぶこと

警察官に捕まれば必ず犯罪者の扱いが待っている事を知っておいて下さい
そのうち本でも出そうかな〜体験手記で・・・

progkenjiprogkenji 2009/05/29 05:55 批判するのはいいが、具体的にどうすりゃいいか対案は出してくんないの?
ないんなら結局このマニュアルに従うしかないじゃん
反論するのは簡単でいいよね

hakurikuhakuriku 2009/05/31 06:17 >progkenjiさん
 対案があろうとなかろうと,元のマニュアルが間違っていることに変わりはないのでして,間違ったマニュアルに従うことは,多くの場合,無意味,場合によって,有害にさえなるような気がします。
 確かに,対案を出さない点について,労を惜しんでいる面はあり,私としても,忸怩たる思いがあります。しかし,元のマニュアルにしても,いい加減に作られているといわざるを得ない部分が多く,それに比べれば,私のエントリの方が,よっぽど手間をかけているという自信もあるのです。

   2009/06/22 15:37 対案がないんですぅ、じゃなくてあんたならどうするかってのだけでも書けば違うよ
現状このマニュアルを活用して少しでも有利に進めるしか俺にはわからん

ヤマザキヤマザキ 2009/08/17 08:37 私は無知なので、この痴漢冤罪回避マニュアルを鵜呑みにする所でした。

こういった形できちんと法律にあてはめて、間違いを検証した記事はとてもありがたいです。

感謝!

「挽回」〜云々ですが

>>「名誉/不名誉」…という言葉は、「物」としても、「状態」としてもとらえることもできる

この解釈で妥当なんじゃないでしょうか?

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