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新年度予算案をめぐる衆院予算委員会での審議がきのうから始まった。政権交代後、鳩山内閣が初めて編成した本予算案を子細に吟味する場であり、注目すべき檜(ひのき)舞台である。
私たちは新しい時代の論戦を見ることができただろうか。残念ながら期待は裏切られたと言わざるをえない。
資金管理団体の土地取引事件で、小沢一郎民主党幹事長が不起訴とされる一方、現職国会議員を含む小沢氏の元秘書ら3人が起訴された翌日である。自民党は「政治とカネ」の問題の追及に時間を割いた。
しかし、鳩山由紀夫首相の答弁は、政権が置かれた状況への危機感がおよそ希薄だった。
小沢氏の不起訴をとらえて首相は言った。「あたかもグレーのような話をされていたが、検察の捜査で、事実として認定されなかった」「いま、政治倫理審査会に小沢幹事長に臨んでもらいたいと申し上げる必要はない」
国会での説明も促さず、党として調査もしない。これが自民党長期政権の政治腐敗、金権体質を批判し続けてきた政党の代表の言葉だろうか。
「古い政治の殻を破れ。新しい政治を起こそうじゃないか。国民の期待をいただいて、政権交代が行われた」。委員会での首相の言葉が、むなしく響いた。
有権者が「新しい政治」を求めたのはその通りだが、いまの鳩山政権がやっていることは「古い政治」そのものではないか。それを感じるからこそ、有権者の失望が広がりつつある。
小沢氏の資金問題だけではない。
予算委では、道路予算などの「個所付け」に関する情報を、民主党が都道府県連を通じて自治体側に伝えた問題も重点的に取り上げられた。
どの事業にどれだけの予算を配分するか。自治体にとって個所付けは重大な関心事だ。本来なら国土交通省の政務三役が自治体に示すはずだったが、党の方から早々と伝えた。
自民党は「国民の税金を参院選に利用する、なりふり構わぬ利益誘導政治だ」と批判した。
小沢氏は、自治体や団体からの陳情の窓口をみずから率いる幹事長室に一元化させた。それがどれだけ予算に反映したかを党から伝える、「陳情改革」の仕上げである。
力を誇示し、予算と引き換えに自治体や団体を引き寄せるねらいだとみられても仕方あるまい。それが「政治主導」なのかと、強い幻滅を覚える。
数は力。選挙で勝つことが最優先。勝つためにはなりふりかまわず、国家予算を利用する――。自民党田中派以来の古い政治のにおいが強まる。
そんな光景にも党内から異論は聞こえてこない。新しい政治は、どこへ行ったのか。ため息が出る。
トヨタ自動車の安全と品質に対する信頼が、ますます揺らぐ事態となった。欧米市場向け主力車種のアクセルペダル改修に続き、こんどは次世代エコカーの看板車種「新型プリウス」のブレーキが原因だ。
昨年5月から売り出したハイブリッド車で、国内では車種別販売のトップを走る。世界市場向け輸出も好調だっただけに、まさにトヨタのシンボルの手痛い失速である。
問題はブレーキのシステムだ。「低速で走行中にペダルを踏んでもブレーキが利かない」というユーザーの苦情が日米の運輸当局や販売店に寄せられている事実が判明した。中にはけが人が出た事故も起きている。
実はトヨタは昨秋に問題をつかんでいた。滑りやすい路面でのスリップを防ぐアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)に原因があると特定。システムを制御するコンピューターソフトを内々に手直しし、今年1月の生産分から改修していた。
ところが、それまでに生産した約30万台の新型プリウスは、苦情があれば改修すると決めていただけだった。
苦情が予想外の規模で噴出し、世論の批判も強まったため、日本と米国で新型プリウスを全車無償で修理する方針に転じた。
まったく遅すぎる対応だ。本来ならソフトの手直しをする前に、すでに売ったすべての新型プリウスの改修を徹底するのが筋ではないか。
アクセルペダル問題に続くトヨタの鈍感すぎる対応ぶりの背景には、顧客の身になって考えるという感度の衰えがあるようにすら見える。
トヨタは、プリウスのブレーキも「コンマ何秒かの利きの遅れであり、ドライバーの感覚の問題」と認識しているらしいが、コンマ何秒がいかに長く感じられるか、ハンドルを握ったことがある人なら誰でも知っている。噴出する苦情の多さが、顧客の不安を何より雄弁に物語っている。
そもそも、ドライバーの感覚を含めた人間の機能を代替して、安全と性能を高めることがコンピューター制御の核心ではないか。
最初から完璧(かんぺき)な新型車を開発することは不可能であり、顧客の苦情をもとに改良して完成度を上げるのはごく普通の取り組みだ。だが、ブレーキのような人命にかかわる問題で苦情があれば、迅速な対応は不可欠だ。
自動車に限らず、部品は複雑化し調達はグローバル化する一方で、品質管理が難しい時代だ。だからこそ、消費者は安全を最も重視する「ものづくり」を企業に求めている。その期待に応えなくては生き残れない。
一連の蹉跌(さてつ)を安全な車づくりの糧とする謙虚さをトヨタがどこまで示せるか、世界中が見ている。