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ハイブリッド車(HV)の新型「プリウス」のブレーキが一時的に利かなくなると苦情が相次いだ問題で、トヨタ自動車の豊田章男社長が5日夜に異例の緊急会見で陳謝したのは、対応が後手後手に回ったことで高まった日米当局や消費者の不信感を沈静化させる狙いがあった。だが、リコール(回収・無償修理)などの具体策は打ち出せなかった。プリウスのブランドイメージ低下による経営への打撃は避けられそうにない。【大久保渉、宮崎泰宏】
「顧客に不安を与えてはいけないと思い、社内で一番詳しい者が説明する形をあえて取った」。5日夜の会見で豊田社長は、アクセルペダルの不具合による米国などでの大規模リコールやプリウスのブレーキの不具合問題など一連の品質問題で消費者の不安が広がるのに、これまで自ら表舞台に出なかった理由を説明した。
だが、トップが出てこないことで、消費者や市場、当局は「トヨタは今回の問題を軽視しているのか」と疑心暗鬼になり、問題は深刻化した。リコール問題の震源地である米国でトヨタの品質管理体制や危機管理の甘さを批判する声が出ているのはそのためだ。
トヨタの横山裕行常務(品質保証担当)の4日の会見も波紋を広げた。プリウスのブレーキが一時的に利きにくくなる原因は、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)制御プログラムの問題とされるが、横山常務は「ドライバーの感覚的な問題もある」と述べた。一方で「今年1月以降の製造車両には改善措置を講じている」とも語った。
消費者は「欠陥ではないのに改修した」との説明に混乱し、トヨタの販売店には5日朝から問い合わせが相次ぎ、動揺が広がった。
米国でのリコール問題から発したトヨタの品質問題が、国も普及を後押ししてきたプリウスにまで飛び火したことに危機感を抱いた鳩山由紀夫首相は4日夜、直嶋正行経済産業相を呼び、「迅速に対応してもらいたい」と要請。前原誠司国土交通相は5日夜、「トヨタの姿勢は顧客の視点がいささか欠けている」と厳しく批判した。
豊田社長とともに会見した佐々木真一副社長は「首相にまで迷惑をかけたのは不本意」と語ったが、肝心のプリウスの改善策について豊田社長は「できるだけ早く対応するように指示している」と述べるにとどまった。
米国でのリコール問題について豊田社長は「アクセルペダル交換などが始まっており、日ごとに顧客の信頼は戻って来る」と期待感を示した。だが米メディアでは「顧客目線を忘れたトヨタ」などと激しい批判が続く。10日には米議会下院のトヨタ問題に関する公聴会が予定されており、「高品質」というブランドイメージの再生は容易ではない。
仮にトヨタがプリウスのリコールに踏み切っても対象車数は日米で約30万台。売上高からみれば費用面での影響は限定的だ。だがトヨタにとりプリウスは、経営立て直しに向けた象徴的な製品であり、次世代エコカー戦略の柱でもある。5日の会見で豊田社長は「プリウスに限らず、車の品質で不安を与えることは非常に残念」と述べるにとどめたが、対応を誤れば顧客離れが起きる可能性がある。
トヨタは97年12月、世界初の量産HVとしてプリウスを発売。04年には販売台数が12万5700台と初めて10万台を突破した。
昨年5月に発売した3代目プリウスは、ガソリン1リットル当たり38キロを走る世界最高水準の燃費性能に加え、最廉価モデルで旧型車より30万円安い価格設定で人気を呼び、09年の年間新車販売台数で首位に。エコカーの代名詞となった。
トヨタ幹部は「プリウスを持つことの優位性はカネに代えられない」と言う。豊田社長は「10年代のできるだけ早期にHVの年間販売台数を100万台に引き上げ、20年代には全車種にHVモデルをそろえる」とぶち上げ、次世代エコカー市場で世界覇権を握る戦略を公言する。そのプリウスがイメージダウンすれば、トヨタの成長戦略そのものが揺さぶられる。
プリウスの問題は、新車販売の2割近くに達したHVブームにも影響を与える恐れもある。これまでHVは環境イメージが先行していたが、基本的な安全性能への疑問符が付きかねなくなった。
米フォード・モーターも4日、独自開発のHVのブレーキが「一時的に利きにくい」との苦情に対応し、米国で販売した1万7600台の制御プログラムを無償改修すると発表した。HVの安全性問題は企業の枠を超え広がりを見せている。自動車の駆動制御システムに詳しい新中(しんなか)新二・神奈川大教授は「燃費の向上を追求すると、より複雑な電子制御が必要になる。このためプログラムのわずかなミスが自動車全体の不具合につながるケースも出てくるだろう」と指摘する。
毎日新聞 2010年2月6日 東京朝刊