賛否はもちろん、的を射ていたり外れていたり、冷静だったり前のめり過ぎたり色々ですが、ある程度の数の意見やビジョンを辿って行けば、漫画を描いて世に出してごはん食べて、てことが出来ている人ならば、だいたいのところは掴めてくるはずです。
漫画や漫画の今後に関して、多くの意見が飛び交っています。
「紙はもう終わり」
「いや出版社は残る」
「アマゾンとかの印税70%は真に受けられない」
「漫画家は個人で立つべし」「いや”出版社”との共同作業なくして漫画は成立しない」
有意義な意見も多いです。また、対立しているつもりで、実は同じ問題を浮き彫りにしているように見えるやりとりもあります。須賀原洋行さんと竹熊健太郎さんのやりとり(やりとりになってないけど)などはそのように見えます。おふたりとも的を射た明晰な洞察と思考で、読んでいて感心します。
(須賀原さんが竹熊さんに食って掛かっているつもりのようなのですが、まったくそうなっていなくてむしろ近い状況認識であるように見えるのを、ご本人がどう思っていらっしゃるのかなあ・・・?という不可解はおいておくとしても)
議論が盛り上がるのとはまた別に、具体的に漫画家が今、作品の執筆以外にしておくべきことはあります。
もしも、漫画家の方がここまでの自分の著作の「紙の単行本以外への2次的利用」に関して、現行の出版社が進める(かもしれない)「電子出版」への取り組みにだけ委ねてしまう、というつもりではないのなら、という条件でですが。
ここまでの自作で紙原稿の作品が多い方は、自分の原稿をスキャンして、データ化しておくべきです。
このことの意味を明確にわかっている方はそれでもまだ多くないように思います。
もし、漫画家さんが、出版社に頼ること無く、自分の意志で過去の自著を「電子書籍」として発信/販売を試みたい時。その時、紙原稿のデータ化は、自分の負担でやるしかない可能性がとても高いということです。
「電子書籍」として発信/販売をしようとするとき、それが紙原稿であった場合は、アップロード出来るように誰かがどこかでデジタルデータ化しなければいけませんよね?その際に、今まで、「電子出版(死語化希望)」は実質的には出版社が介在するケースがほとんどだったはずです。そうした場合は、「デジタルデータ化」は、「便宜上」そして「製版のついでに」出版社がおこなってくれていました。
けれど、出版社が関わらない「電子書籍の発信/販売」となったときは、今度は著者/漫画家自身が、デジタルデータを持っていることが必要ですよね?
その際に、出版社はどのようなスタンスでいるか、ご存知ですか?
出版社の側は使える状態ですでに持っている漫画のデジタルデータ。それは、現実的に、漫画家には渡してもらえません。
実は、自分は昨年、この問題を出版社に問い合わせました。
まだ続いているやり取りなので、片付くまで書かないでいようと思っていたのですが、状況の変化の方が早く、今はもう書いておいた方が良いと思うので書いておきます。
問い合わせたのです。出版社に。
「作品の、製版レベルに足るデジタルデータが存在するはずですが、それを作者の側でも共有したい」と。
「自分だけが便宜的に今回だけもらえる(それは可能なのですむしろ)、ということではなく、作家の権利としてありうるのか知りたい」と。
とりあえずの答えは、「このような打診は、実質的に初。過去になかった事例ではあるのですが」ということわりとともにですが、「不可」でした。複数の出版社に同じ打診をしたのですが、大枠において、このような同じ回答でした。
「このような打診は、実質的に初。」ということも、予想はしていましたが、それなりに驚きました。
「今の時点まで、誰も、この点を気にせず、問題にしないでいるままなのか?」と。
付け加えますと、この件は、「大枠において」と言いましたが、自分と出版社との間で、進行中の事案です。けれど長引かせ過ぎました。その点は失敗です。
当時、といっても、一年経っていませんけど、当時はこの自分の打診が、中には「なんでそんな利にも害にもならないよくわからないことに執着している作家がいるんだろう?」という出版社側の何人かの印象を感じ取れる牧歌的な気配もあったのですが、今日ここに至り、さすがにこの話を1年前よりも簡単に通してくれることは無いはずです。
そのようなわけで、出版社の関与無く「電子書籍の発信/販売」に及ぼうという時、当面、紙原稿であれば、どうやら漫画家自身がデータ化をしなければならない状況にはなりそうです。
スキャンしてデータ化しておくべきです。
今となってはフルデジタルで漫画原稿を仕上げている漫画家さんは珍しくありません。
ただ、より小さな規模の出版社さんで仕事をしている、原稿料の高くない、スタッフを充分に確保することが難しい漫画家さんから順にデジタル化して行った、という状況が伴います。デジタル化することの利点のひとつは、人件費や画材費の削減という、コストカットの恩恵なのです。
ですので大きな出版社でレギュラー連載をして量産している作家さんほど、いまだデジタルに移行していない(あるいは移行していても、移行が遅かった)、という現実があります。もちろんこれからも当たり前のこととして紙原稿で漫画を描き続ける人も多くいるでしょう。
これは初めて書きますが、自分は「週刊ヤングサンデー」で「ダービージョッキー」を描いていた最後の2〜3巻の時に、コストカットとは別の動機で、デジタル化しました。2003年頃のことです。前の記述を続ければ、そんなわけで当時「大手の週刊漫画誌」でデジタルで原稿を仕上げるなどという作家は皆無に近く、かなり奇人扱いされました(そしてデジタルデータで渡すことを面倒がられました)。なにしろ、当時の「ヤングサンデー」他、大手の雑誌はまだ「写植を切って原稿に貼る」作業だったのです。
どういう動機でデジタル化したかと言うと、大仰に言えば、こんにちの状況が来ることを見越してのことでした。同時期に手に入れたiPod(まだあまり普及してなかった)が見せてくれた「音楽と音楽業界と音楽の流通の変化」への驚きからの影響もありました。
では、デジタルで描いているからスキャンはしなくて良いかというと、それでも「セリフ=ネーム=写植」をどうするかという問題は残ります。やはり編集者/出版社/製版所がやってくれていた「セリフの活字を入れてゆく」という膨大な作業が必要なのです。
正しくは、「スキャンしておく」だけでなく、「スキャンして、ネームを打って、アップ出来る画像データとして仕上げておく」ことが必要です。これは、大変な作業量です。
ですので「電子出版(死語化希望)に期待が持てる」「電子出版(死語化希望)に期待したい」と考えるのも議論するのも素敵なのですが、「誰がどのようにデータ化するのか?」という物理的時間的経済的問題は、まだ模範解答がありません。というか問題の大きさがあまり問題になっていなくて、この点は心配です。
出版社の活路のひとつはここにあるのだと思います。そうした「データ化」「電子書籍ストアへのアップロード/管理」を含めた「漫画のプロデュース」に進化してゆく道です。その時はもう「出版社」というくくりではないですけどね。
「電子出版」という妙な言葉が、「電子郵便」と同じくらいに死語になるといいなと思います。
そして、
iPadのエントリでも書いたように、今この瞬間は大手2〜3社以外の出版社に大きなチャンスがあるようにも思えます。まあこんな予想は当たっても外れてもいいや。
いずれにしても、出版社が世話してくれると言ってくれる「電子出版」とは別に、自身の作品を「何らかの(仮称)電子書籍ストア」で販売したいなら、自身で「自著の画像データ化」を行って、「その時」に備えると良いです。
予想や議論の他に、「電子書籍」に関して何かやっておくべきことがあるとしたら、そういう事です。
スキャンしておくとよいですよ。
ちなみに、ほとんどの出版社が「作品のデジタルデータを無償無条件で著者に渡すつもりはない」という見解でいる中、とある出版社さんが試みとして「製版レベルの画像データを著者と共有する」ことをきちんと約束した上で雑誌の執筆の依頼に及ぶ、という方針を始めて下さってもいます。
ほどなくどこからでもわかることになるでしょうが、自分もご縁をいただいている出版社/編集部さまで、上のような話も実際にさせていただきました。実際に執筆に至ることが出来るかは別にして、現時点でも、ご紹介の仲立ちだけはできますので、興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご連絡下さい。
以前の
電子書籍もろもろカテゴリのエントリー
iPad(2010.01.29 Fri)