(1) |
特別裁判所としての軍法会議 |
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現憲法は特別裁判所の設置を禁止しているが(76条第2項)、旧憲法は「特別裁判所ノ管轄ニ属スベキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム」(60条)と規定し、特別裁判所(司法裁判所でない機関で裁判を行うもの。軍法会議のほか特許局審判官、および領事官があった)の設置を容認していた。ここにいう陸海軍法会議は特別裁判所である。
従って、軍事会議は軍の内部機関でない。 |
(2) |
軍法会議法 |
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陸軍軍法会議法と海軍軍法会議法とがある。前者は562箇条、後者は561箇条から成る大法典であり、両法ともその構成は、両軍の特性に由来するものを除き、ほぼ同じである。 |
(3) |
戒厳 |
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「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス」(旧憲法14条第1項)。戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」(同第2項)。戒厳令はつとに明治15年に定められ(太政官布告36号)、「戒厳令ハ戦時若クハ事変ニ際シ兵備ヲ以テ全国若シクハ一地方ヲ警戒スルノ法トス」(同1条)。戒厳は(1)臨戦地境(戦時もしくは事変に際し警戒すべき地方を区画した区域)と(2)合囲地境(敵の合囲もしくは攻撃その他の事変に際し警戒すべき地方を区画した区域)の二種に分ける(同2条)。 |
(4) |
軍法会議の種類 |
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@ |
陸軍軍法会議の種類は次の通りである。 |
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1 |
高等軍法会議(覆審の如き裁判を行う上級の軍事裁判所) |
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2 |
師団軍法会議(各師団に附属する軍法会議) |
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3 |
軍軍法会議(軍を編成した場合にその軍に附属する軍法会議) |
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以上常設。 |
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4 |
独立師団軍法会議(出征した単独の軍師団の如きものに附属する軍法会議) |
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5 |
独立混成旅団軍法会議(数種の兵を以て組織した単独の旅団に附属する軍法会議) |
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6 |
兵站軍法会議(後方における軍の設備に任ずる諸機関、即ち兵站監部等に附属する軍法会議) |
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7 |
合囲地軍法会議(戒厳により合囲地境とされた区域に設けられる軍法会議) |
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8 |
臨時軍法会議(戦時事変に際し必要に応じ特設もしくは分駐した諸部隊に臨時特設される軍法会議) |
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そのほか各別の法律により、 |
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9 |
朝鮮軍軍法会議 |
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10 |
台湾軍軍法会議 |
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11 |
関東軍軍法会議
が設置され、また勅令により、 |
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12 |
東京陸軍軍法会議(注(10)参照) |
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が設置された。 |
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A |
海軍軍法会議の種類は次の通りである。 |
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1 |
高等軍法会議(陸軍軍法会議と同じ) |
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2 |
東京軍法会議(東京に常設) |
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3 |
鎮守府軍法会議(鎮守府−横須賀、呉、佐世保、舞鶴−に置かれた) |
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4 |
要港部軍法会議(各鎮守府管下の要港におかれた出先機関−昭和16年以降警備府として独立−に設けられた) |
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以上常設。 |
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5 |
艦隊軍法会議(必要に応じ艦隊(軍艦2隻以上をもって編成)もしくは外国派遣の軍艦に特設された軍法会議) |
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6 |
合囲地軍法会議(陸軍軍法会議に同じ) |
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7 |
臨時軍法会議(同上) |
(5) |
法務官と法務官試補 |
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法務官は勅任又は奏任の文官でその任官を終身とする。法務官の任用については大正11年勅令第98号陸軍法務官及び海軍法務官任用令に依る。即ち、陸海軍法務官試補よりこれを任用し、@過去に陸海軍法務官、理事、主理、判事もしくは検事の職にあった者、A裁判所構成法により判事、検事もしくは司法官試補たる資格を有している者は陸海軍法務官に任用することができる。陸海軍法務官試補は司法官試補たる資格を有する者の中から採用することを原則とし、陸海軍法務官登用試験に合格した者から採用することができる。法務官試補は軍法会議において1年6ヵ月以上実務修習を行ない、実務修習試験に合格した者でなければ本官に任用することはできない。法務官試補は長官の命令により検察官の職務(但し、検事代理の如き地位)を行う。
昭和15年、陸軍は法務官試補委託学生制度を作り、帝国大学で法学を学ぶ者に手当を支給し、毎年軍事教練を行った。太平洋戦争中、野戦軍に特設された軍法会議は、法務部将校不足のため大学法学部卒業の幹部候補生出身の将校を多数代用した、とされる(百瀬孝「事典:昭和戦争期の日本−制度と実態」(吉川弘文館)平2.281頁)。昭和17年3月以降、法務官試補の実務の修習は法務部将校またはその候補者に対し陸軍大臣が定めたところにより陸軍法務訓練所、陸軍軍法会議その他の部隊において軍事司法に関し必要な実務を修習させるものとすることとされた(昭和17年3月勅令335号。海軍については同336号。趣旨はほぼ同じ)。 |
(6) |
司法官試補 |
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高等試験司法科試験に合格した者が、判事・検事の実務に就くための研修中の過程にある者。現在の司法試験に合格した者で実務修習中の者は司法修習生と称し、これに似ているが、高等試験司法科試験は判検事任用のための試験であるのに対し、司法試験はこれらの職と弁護士になる者を対象としているなど、種々の相違がある。 |
(7) |
豫(予)審 |
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軍法会議の予審は、公訴が提起される以前に検察官の請求により予審官がその被疑事件につき公訴を提起することの能否(公訴ヲ提起スベキモノナリヤ否ヤ)を決する程度の審理を行う手続をいう。通常裁判の予審は公訴提起後、公判の準備をするための手続であったのと相違する。予審の制度は大陸法系の制度に起源を有するもので、現在我国の刑事訴訟法には存在しない。 |
(8) |
軍法会議と弁護人 |
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弁護人は、 |
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1 |
陸軍の将校又は将校相当官 |
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2 |
陸軍高等文官又は同試補 |
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3 |
陸軍大臣の指定したる弁護士 |
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の中から選任すべきものとされる。上記3については、諸説があるが「予じめ」陸軍大臣が指定した弁護士を指し、もしその指定に漏れた者はたとえ弁護士であるといえども、軍法会議法における弁護人たる被選任資格を有しないという説がある(田崎治久「陸軍軍法会議法注解」、軍事警察雑誌社、大10.130頁〜131頁)。 |
(9) |
裁判の公開等 |
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軍法会議の弁論は公開されるが、安寧秩序もしくは風俗を害しまたは軍事上の利益を害する虞があるときは弁論の公開を停める決定をなすことができる。但し、特設軍法会議は非公開とすることができる。裁判書または裁判を記載した調書等は被告人その他訴訟関係人の請求によりこれを交付する。 |
(10) |
ついでに述べれば、相沢中佐事件(昭和7年8月、陸軍派閥の一であった皇道派の相沢三郎中佐が統制派と目される永田鉄山少将(陸軍軍務局長)を斬殺した事件)は、常設軍法会議である第1師団軍法会議において審理された。その裁判は公開され、法廷は弁護人によって政治的色彩に彩られた。2.26事件(昭和11年)は東京陸軍軍法会議なる臨時軍法会議において審理された。この軍法会議は「東京陸軍軍法会議ニ関スル件」と題する勅令(昭11勅令21号)によって設けられたものである。ここにおける手続は陸軍軍法会議と同じようなものであるが、弁護人なし非公開で行われた。本件の特殊性に配慮したことによるのではないか(非軍人である西田税、北一輝を通常裁判所の審理に委ねたくないなどの政治的な配慮)と言われている(百瀬:前掲書281頁)。 |
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(平成17年10月8日)
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