サリンジャーさんの著作代理人の声明によると、昨年5月に腰を骨折したが、今年に入って体調が急変するまでずっと元気で、死亡直前まで痛みもなく穏やかな最後だった。本人の遺志により、葬儀は行わない。
声明はまた「私はこの世界にいるが、私自身はこの世界のものではないとサリンジャー氏は語っていた。彼の身体は失われるが、(心は)宗教的、歴史的人物、友人や物語の登場人物など、彼が愛する人々のそばにとどまるよう、家族は希望している」と結んでいる。
コーニッシュは人口約1600人の町で、ひっそりと生きる作家の防衛網となってきた。地元のバレー・ニューズ紙は1月29日、サリンジャーさんの妻コリーンさんが同紙に次のような一文を寄せたことを報じた。「コーニッシュは本当に素晴らしい所です。この美しい土地が夫に別の世界を与えてくれました。人々は彼自身と彼の私生活を長い間、守ってくれました。同じことを私にもしてくださることを希望し、信じています」
外部との接触を避けたサリンジャーさんだが、町の雑貨店でニューヨーク・タイムズ紙を受け取ったり、近くの大学図書館で本を探したり、野球を観戦する姿などが目撃されたという。
いま世界が注目するのは、新たな作品を出版する可能性があるかどうか。田中啓史・青山学院大教授によると、1965年にニューヨーカー誌に掲載した「ハプワース16、一九二四」を最後に、新作は発表していない。
70年代の一時期同棲(どうせい)したジョイス・メイナードさんの回想録によると、サリンジャーさんは少なくとも2本の長編を書き終え、ノート類も残していた。ただし彼女自身は実物を見ていない。また、娘のマーガレットさんは『我が父サリンジャー』の中で、死後そのまま出版してもよい完成原稿には赤インクの印を、直しが必要な場合は青インクで印をつけてファイルを作っていたと証言する。仮に作品が見つかっても、発表には家族の合意が必要で、ことは簡単に運ばないと予測されている。【佐藤由紀】
毎日新聞 2010年2月1日 東京夕刊