デジタルライフ推進協会の発表会で握手する(左から)アイ・オー・データ機器の細野社長、メルコホールディングスの牧社長、デジオンの田浦社長 |
2月1日に開催された「一般社団法人 デジタルライフ推進協会」の設立に関する記者発表会は、さまざまな点で興味深いものだった。バッファローブランドで知られるメルコホールディングスの創業者である牧社長と、アイ・オー・データ機器の創業者である細野社長が、デジオンの田浦社長とともに、デジタルライフ推進協会の設立メンバーに名を連ねたからだ。
メルコとアイ・オーは、PC-9801シリーズの増設メモリボード時代から続く長年のライバルであり、同じイベントに両社長が同席することさえ「この25年で記憶にない」(細野社長)という、いわば宿敵のような間柄である。その両社が共同で法人を設立し、握手までして見せたのだから、これは一大事というわけだ。
デジタルライフ推進協会の事業目的と事業内容 |
この両社にデジオンを加えた3社が共同で設立した「デジタルライフ推進協会」は、何を目指しているのだろうか。協会が掲げる事業目的には、「デジタル技術の進歩により可能となる新たなデジタル技術の活用形態を“デジタルライフ”と位置付け、このデジタルライフにおける利用者の利便性を守り、その健全な発展に寄与すること」とある。これだけ読むと、何が何やら分からないが、記者発表会で強調されたのは、ユーザーが利用しやすいデジタルコンテンツの流通を目指したい、ということであった。少なくとも、この発表会で話題に上ったのは、デジタル放送に関するものばかりであった。
良く知られているように、わが国のデジタル放送には著作権保護のためのさまざまな方策、わが国固有の規制が付与されている。これにより、ユーザーが自由にコンテンツを利用すること、例えば録画したデジタル放送の一部を切り出して、デジタルプレーヤーに転送したり、ホームネットワーク上で共有するといったことが難しい。デジタルライフ推進協会の代表理事を務める牧社長は、「アナログ放送では可能だったことができなくなるというのは、技術の進歩に逆行している」と主張する。
こうした不都合が生じた理由は、現行の規制が定められた際に、ユーザーの声を反映する仕組みがなかったからであり、ユーザーの声を反映させる仕組みが必要、というのがデジタルライフ推進協会を設立した大きな理由の1つだという。もちろん、著作権保護を無視するわけではないが、現行の規制は制作者側に寄りすぎており、利用者の利便性が損なわれている、というのが推進協会の見方だ。
もちろん、機器を売る側であるメルコやアイ・オーが、無条件にユーザーの側につこうというわけではない。ユーザーの利便性を損なっている現状が、彼らのビジネスにも大きなマイナスとなっているからだ。アナログ放送時代、TVチューナ/キャプチャー関連機器は、PC周辺機器業界にとって大きな比率を占めた。しかし、デジタル放送の普及は、この市場に壊滅的な影響を与えている。デジタル放送に対応したTVチューナ/キャプチャー機器の売上げは、アナログ時代に遠く及ばないのが実情だ。
このデジタル放送に課せられた規制は、一義的にはコンテンツ制作者を保護するものだったとしても、(結果的にであるかもしれないが)同時に家電機器メーカーも保護している。米国に比べて、わが国の大型TVが高価なのは、画質の違い(一般にわが国のTVは放送品質、TV機器ともに高画質だとされる)だけでなく、わが国固有の規制に対応する必要があるからであり、これが海外メーカーの参入を難しくしている。
メルコやバッファローは、機器を売る側の立場であり、本来であれば保護の恩恵を受けてもおかしくはない。だが、両社とも家電業界からすると異業種からの「新参者」(細野社長)であり、むしろ参入障壁に阻まれる立場なのだという。わが国固有の規制には明文化されていない部分、各社間の取り決めで処理されている部分が多く存在しており、これが新規参入を難しくしているという。エコポイント制度にしても、アナログRGB入力を備えたTVが対象になる一方で、地デジチューナを内蔵したPCディスプレイが対象外となる理由、あるいはこうした規定ができた過程を合理的に説明できる人はいないのではないかと思う。
こうした周辺機器ばかりでなく、TV機能を備えたPCも、放送のデジタル化が進み始めてから苦戦を余儀なくされている。その理由には、エコポイントの対象から外れたこと、PCの低価格化が一層進んだことなどもあるに違いないが、厳格な著作権保護規定の存在がPCでTVを見ることの意義を失わせてしまったこともあるだろう。基本的にPCは、デジタルデータを加工する機械であり、加工できないデジタルデータを扱っても面白くならないのだ。
また、デジタルコンテンツの保護を徹底するために、デジタル放送対応PCでは、録画データをセキュアに取り扱うことが求められる。ソフトウェア環境がITマネージャの管理下にある企業のPCならいざ知らず、コンシューマのPCでセキュアな環境を維持するのは必ずしも容易ではない。何よりPCは、毎月システムがアップデートされ、時にブルースクリーンでリセットされてしまうような、ある種の危うさを併せ持つ。再生環境に厳密な一意性を求める保護されたデジタルコンテンツとは、相性の良くない部分もある。
2006年から2007年にかけて、一時リビングルームPCが流行しかけたことがある。ソニーのTP1、富士通のTEO、シャープのインターネットAQUOSなど、家族団らんの場で大画面TVを前提に利用するPCが提案された。しかし、これらは一定の支持を得られたものの、今も製品として継続されているものはない。その理由の1つが、PCが得意とするインターネットコンテンツが団らんの場に向かない(個人に特化しているため、世代を超えた複数の人間で見るのに適さない)ことだとしても、放送のデジタル化により録画データを含む関連データの加工が難しくなったことも影響しているのではないかと思う。
富士通 TEO | シャープ インターネットAQUOS | ソニー TP1 |
しかし、TV放送はTVで、インターネットはPCでという時代ではない。TVもインターネットも、利用者にとっては同じデジタルコンテンツであり、その利用に境界など設けられない。最新のTVの大半はネットワーク接続可能になっている。それでもホームネットワークが普及せず、インターネット接続機能を備えたTVの多くがネットワーク接続されていないのは、そのメリットが小さいか、きちんと伝わっていないからだろう。
こうした部分もデジタルライフ推進協会は改善を図りたいとしている。あえて事業目的にPCという言葉を使わなかったのは、PCやAV機器という線引きを行ないたくないからだろうし、メルコとアイ・オーという長年のライバルが握手してみせたのも、互いの製品の相互接続を可能にしたい、という願いがあるからに違いない。ホームネットワークを推進すると言いながら、自社の製品同士しか接続を保証しない(残念ながらこれは家電カルチャーの一部だ)というのは、ネットワークの否定にほかならない。1社の製品しか共存できないネットワークというのは、悪い冗談である。
もちろん、メルコとアイ・オーが手をとったからといって、簡単に問題が解決するハズはない。上述したように、両社は「新参者」であり、おそらくは「余所者」でもある。昨年9月総務省は「経済的に困窮度の高い世帯等に対して、地上デジタル放送を視聴するために必要な最低限度の機器の無償給付」に用いる簡易チューナの一般公募入札の結果、12社の応募の中からメルコホールディングス傘下のバッファローと、アイ・オー・データ機器の2社を採択している。この12社には、家電メーカーも多数含まれていたと思われるが、それを差し置いてこの2社が選ばれた(つまり最も安い価格で入札した)ということにより、この2社が業界の秩序を乱す存在と受け止められても不思議ではない。発表会で細野社長が、デジタルライフ推進協会の賛同会社が短期間で増えるとは思っていない、と明言したのも、このあたりの事情を踏まえてのことだろう。
だが、国内規制に守られ、自社製品同士の接続しか保証しようとしない家電業界に未来はあるのだろうか。かつて日本の家電は世界を制覇したが、今は韓国や中国に優位性を奪われている。保護された国内に甘んじ、利用者より自社の都合を優先していても、将来への展望は開けない。「日本の(家電)メーカーは、ユーザーの声を十分に聞いていないのではないか」という牧社長の言葉をもう1度聞く必要があるのではないだろうか。