今回は、番組スタッフによる「子どもサポートの現場レポート」をお届けいたします。
ようやく取り組みが始まった課題
2月のある週末、児童相談所の職員など、全国から20名が、神戸市にある児童養護施設「神戸少年の町」に集まりました。虐待してしまう親に、暴力以外のしつけの方法を教える、いわゆる親支援プログラムの実践と普及のため、手弁当で研修を受ける人々です。
昨年度、全国の児童相談所に寄せられた虐待の相談件数は、初めて4万件を超えました。
神戸少年の町は、なんらかの理由で家庭での養育が難しくなった子どもを入所させる児童養護施設ですが、ここでも近年、虐待を受けて入所する子どもが増えています。親の暴力をどうおさえるか、関係の悪化した親子をいかに支援し、家族としての絆を取り戻させるかは、今、児童相談所を始めとする各地の児童福祉の現場で、ようやく取り組みが始まった課題です。
写真/研修で、ロールプレイをする参加者の皆さん。右端が、野口啓示さん。
親も「訓練」が必要という考え方
神戸少年の町で行われる育児指導の講師は、副施設長の野口啓示さん(38)です。
野口さんはこの親支援プログラムを、暴力をふるいがちな親に叩くことではなく、具体的な言葉がけや対話によって子どもをしつけることを教えるアメリカの虐待防止プログラム(CSP)をもとに、日本に合うよう開発しました。野口さんによれば、虐待をした親の多くは、「しつけのつもりだった」と答えるといいますが、暴力によるしつけは、一時的に子どもを服従させる効果があるだけで、行動を変えるのは難しいそうです。野口さんは、親も一般の職業と同じような「訓練」が必要という考え方にのっとり、子どもに接するときの言葉の選び方、親としての冷静さを保つための工夫など、ビデオやマンガの教材を通して、具体的に学ぶ方法を広めています。
野口さんが伝える、子どもへのしつけのポイントをいくつかあげると、
*「いつ、誰が、どこで、何を、なぜ」など、わかりやすい表現で伝えること。
*子どものよいところを探し、よいことをしたときすぐにほめるなど、効果的なほめ方を、意識する。
*感情的にならないように、親も自分自身をコントロールする方法を学ぶ。 |
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などです。子どもに注意をうながすときにも、その子の人格を否定したり、一方的にならないよう気を配り、温かい心で接することが求められます。
写真/野口啓示さん
実はこの施設に就職した当初は、野口さん自身も子どもとの接し方に戸惑い、時には頭ごなしに怒鳴ってしまうこともありました。就職から半年後、仕事に自信を失い、半ば逃避的な気持ちで訪問した、アメリカの児童福祉施設でこの講座と出会い、研修を受けました。帰国後、子どもに暴力をふるってしまうという父親に試みたところ、順調な経過を辿り、家庭復帰後も虐待が再発することはありませんでした。
その後は、請われるままに福祉現場の同業者へもプログラムを伝え、6年目の今、受講者数は、児童福祉司などを中心に500人超。各地の児童相談所で、親子関係を再構築するための実践のひとつとして、少しずつですが、成果が報告されるようにもなりました。
児童福祉のさまざまな現場で
この日集まった20人の参加者は、いわば、「講師の講師」研修を受けるために集まりました。
これまで親支援プログラムの講師役は、野口さん一人で行ってきました。しかし、児童福祉のさまざまな現場で受講希望が出始めたこともあり、野口さん一人では対応が難しくなりました。既に受講し、各地で実践を行っている児童福祉司さんなどに、講師の講師になってもらい、それぞれの場で活動してもらおうと呼びかけたのです。
この研修の中では、多様化する家族形態の中で、どんな支援方法がよいのか、改めて、虐待の定義とは何か?強制力を持たぬ中で、プログラムを受講する親たちに、いかにしてやる気を保ってもらうか、施設内暴力への対応には、どう対処するかなど…。ふだんなかなか話をする機会がないものの、常に念頭に置いておかなければならない具体的行動や考え方についての意見も積極的に交換されました。
また、長崎県の医師、中村則子さん(46)からは、こうしたプログラムを虐待した親だけに行うのではなく、育児不安を抱える母親などを対象にした、予防的な講座で行った試みについても発表がありました。
これから親になる人たちに考えてもらう重要性
さらに、大阪の情緒障害児短期治療施設に勤務する堀健一さん(43)からは、大阪府下の泉州エリアの公立高校3年生1200人に親支援プログラムをもとにした授業を行ったケースについて報告がありました。堀さんによれば、今の日本社会には、男性に親としての心得を伝える機会は、なかなかないそうです。しかし、実際に虐待が起きる現場では、父親が暴力をふるうケースが多数報告されています。虐待の連鎖を断ち切るためには、男性も含め、これから親になる人たちに、暴力以外のコミュニケーション方法とは何かを考えてもらう重要性が指摘されると、多くの参加者から賛同の意見が寄せられました。
虐待事件が起き、親子が分離されてから支援を行うのではなく、親になる男女の予備軍や、新米パパママが集まる行政の乳幼児検診などでも親子のコミュニケーションについて学ぶ機会が増えれば、虐待防止の意識の普及にもつながるのではないかと、堀さんは考えています。
写真/高校3年生への授業について発表した、堀健一さん
編集後記
虐待が起きた家庭への取り組みは、現実的には、模索が始まったばかりの段階です。しかし、少しずつですが着実に、虐待の問題と向き合う人々の輪は広がりつつあるのだとも思いました。
また、ここに集う現場最前線の人々の表情は明るく、厳しい現実を見つめつつも、「苦しんでいるお子さんと親御さんに寄り添いたい。」という思いにあふれておられました。参加されていた皆さんの覇気のある声や情熱のこもった眼差しのひとつひとつに、救いを感じました。
私も、子どもに手を焼き途方に暮れる親のひとり。親も、他の職業と同じように、訓練によって「親」になっていくのだ…という考え方にも、説得力を感じました。
(T.Y) |
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▼野口啓示さんプロフィール
1971年大阪生まれ、社会福祉法人 神戸少年の町 副施設長(2009年4月より施設長)
主な著書に、「被虐待児の家族支援ー家族再統合実践モデルと実践マニュアルの開発」(福村出版、2008年)「むずかしい子を育てるペアレント トレーニングー親子に笑顔が戻る10の方法」(明石書店、2009年)など。