さて前面の、会長ら最高首脳部の席だが、実はどこにでもある簡単なパイプ椅子に過ぎない。ただその列の真ん中に、どっかりと大きな革張りの椅子が置いてある。椅子は三六〇度ぐるりと回転できる立派なもので、祭壇のほうも、我々のほうも向くことができる。ここが、池田氏の席である。
ただし開会時、この席は空席だ。最初から池田氏がここにいることは、まずない。
会の大まかな流れは次のとおりだ。まず開会前、芸術部に所属するアーティストがピアノを弾いたり、婦人部が合唱したりという演目がある。会の雰囲気を盛り上げる演出に他ならないが、確かにこうした演奏に触れると陶酔したような心地になる。これが三〇分ほどあって、いよいよ司会者により、
「ただ今より○月度の本部幹部会を開会します」
との宣言がある。幹部席の前には簡単な演壇が置いてあり、マイクが据えてあって、発言者はそこに立って話をするのだ。
会のテーマは当然、その時その時によって違うが、たいてい最初は青年部代表による、
「○○党の○○というクズ議員は国会でこういうバカな質問をしている」
「『週刊○○』が学会に対してこういう悪口を書いている」
といった類の話になるのが通例だ。かなり激しい口調で、罵詈雑言になることが多い。悪口オンパレードのアジ演説である。私が退会した直後の本部幹部会では、原田稔六代会長が私のことを「恩知らず」「臆病」「ウソつき」と非難したり、男子部長が「骨の髄まで腐りはてた大ウソつき」と罵っていたそうだ。もっともたいていの場合、ハッキリ「矢野」と名指しせず、「関西出身の悪党」とか「党の一番悪い奴」といった遠回しの表現が用いられる。いずれにせよこれが宗教家か、と思うほどの悪態の数々である。
その他には、池田氏がどこそこの国、あるいは大学から勲章や名誉学位をもらった、という克明な報告もある。こうした報告はなぜか、長谷川重夫氏(創価学会現副理事長)が務めるのが常だった。会場からは、万雷の拍手が上がる。外国の偉い人から届いた池田氏宛のメッセージも読み上げられる。「池田先生はなんて偉大なんだ」という想いが会場に充満する。
こうした次第を経て、会長による今月の活動方針の話がある。私の頃は秋谷栄之助氏(五代会長)だったので、「秋谷会長指導」と称していた。
池田氏が入室するのは必ず、この会長指導の最中だった。話の途中に決まって、
「ただ今より池田先生がご入場になります」
と司会の宣言があるのだ。
とたんに会場はしーんと静まり返る。秋谷氏も話の途中でぴたっと沈黙する。そうして会場やや後方の板戸が開き、池田氏の姿が見えると満場、万雷の拍手である。
瞬間、この場のすべては池田氏のものに一変する。一〇〇〇人を超える出席者が全員、氏の一挙手一投足に注目する。もはやそれまでの活動方針など、はるか彼方の無縁のものになってしまうのだ。“池田劇場”“池田独演会”のスタートである。
つづく