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去年の暮れ、肩書きのない名刺を作った。自分の住所と電話番号と、メールアドレスだけが記載されているものだ。知り合った人に自分の居所を知ってもらえば、相手に安心感を持ってもらえるし、自分に悪意がないことの証明になると考えたからだ。 私は憲法9条が好きなので、これもその精神の実践だ、と密かに喜んでいたのだが、これが「偽名刺」だったことが発覚したのだ。 事の次第はこうだ。名刺を注文したのは日用雑貨や園芸用品、大工道具から文房具まで扱っている、地元では有名な大型店の時計売場。自分の名前と住所などをレイアウトしてから、使う紙を選んで注文した。この紙がニセモノ=偽装古紙だったのだ。 私の名刺には「古紙配合率100%再生紙を使用しています」という表示がある。再生紙を使った場合、この表示ができると売場で説明されたので、それなら9条だけでなく環境問題にも貢献できるではないかと喜んで、表示してもらうことにした。 ところが、ご存知のとおりの騒ぎである。私は注文した店に電話して、納入業者と連絡をとり、「調べて、結果を教えてほしい。ウソはつかないと信じている。ニセモノだったら新しいのを無料で作ってくれ」と頼んだのだが、1週間ほどしても先方から何の連絡もない。 そこで、こちらから電話したところ「やっぱりアウトだったようです」とのこと。結果が分かったのなら、向こうから電話してくることになっていたはずなのに……。しかし、この時点では私はキレていなかった。「おたくも被害者だということだ。でも、私も被害者だ。初めの注文は200枚だったが、こんどは500枚無料で作ってくれ」と頼んでおいてから、今度は注文窓口になっている大型店の副店長に連絡を取った。 このあたりから私はキレ始めていたようだ。自分が以前、古紙回収業の会社で働いていたこと。ジャーナリストや活動家や町会議員などにも自分の「偽名刺」を渡してしまったこと。納入業者をいじめる大型店が地元にあることを、私は知っていること。匿名の陰に隠れて卑怯な中傷をする人間が世の中にたくさんいること……。 さまざまな「怒り」が爆発して、この若い副店長にそれをぶつけたのだ。私はカンゼンにヤクザになっていた。「オイッ! どうしてくれるって言ってるんだよ。あんまり人をなめてるとコワイめにあうよ」 この若い副店長には、おそらく何の罪もなかっただろう。彼とてもカイシャから給料をもらって生活している普通の1市民だ。私は怒りの矛先を見当違いなところに向けてしまったようだ。翌日、私は先輩のところに相談に行った。「そういう風に、激するところがいけないんだよ。だから、あんたには仲間ができないんだよ」。こう諭された。 その後、納入業者から電話がかかってきた。私の提示した条件をのんでくれるとのこと。「昨日は悪かった。副店長にも私が謝っていたと伝えてください」。私は電話口で詫びた。 教訓。カイシャや国は信じなくて良いが、人間を信じよう。 |