2日夜、私の携帯電話に1本のメールが届いた。送信者はインターネット掲示板「いじめ被害後遺症同盟」の管理人で名古屋市内に住む27歳の女性。ネット上の名を「カナ」という。
カナさんは中学時代のいじめが原因で神経症を患う。同じ苦しみを抱える人のために掲示板を開設した。
数年前から引きこもり状態で、約1年前に会って話を聞いた場所も自宅だった。「ここ1年、いかに死ぬかを考えていた」。か細い声で語られた内容のつらさに、継ぐべき言葉を失ったことを思い出した。
「いじめ被害にあって、その後遺症で自殺に追い込まれて亡くなられた高橋美桜子(みおこ)さんとお母様を思い、千羽鶴を折っています。美桜子さんのお母様に届けていただけないでしょうか?」。メールにはそう書かれていた。
2日後、カナさんの自宅を訪ね、千羽鶴の入った紙袋を手渡された際に、折った理由をたずねた。「お母様が『いじめ後遺症への関心を高めたい』と話しているのを記事で読みました。私も同じです。でも(いじめから)10年以上たった私の声は誰にも届きません。お母様の願いが届いてほしいとの思いを込めて折りました」
か細い声は1年前と変わらない。だが、匿名の掲示板にだけ人とのつながりを探していたカナさんが、いじめを憎む気持ちを千羽鶴に込めて誰かに託そうとしていることに、明らかな変化を感じた。
3日後、愛知県刈谷市の美桜子さんの母典子さん(51)の自宅を訪ねた。典子さんが紙袋から取り出した千羽鶴は、一目見て分かるほど一枚一枚が丁寧に折られていた。典子さんは「美桜子以外のいじめ後遺症が初めて目に見える形で現れたようです」と涙ぐんだ。
千羽鶴は今、美桜子さんの遺影の脇に置かれている。「これ以上私たちのように苦しい思いをする人を出さないで」。私の目には、カナさんと美桜子さんが一緒に訴えているように映った。【飯田和樹】
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09年暮れ。東海地方で取材に駆け回る記者たちが足を止め、心に残った1年の出来事を振り返った。=つづく
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■ことば
過去に受けたいじめが原因で神経症を患ったり、最悪の場合は自殺に至る人たちがいる。だが、いじめを受けた学校を卒業したり、転校してから発症する場合が多いため、公的に認知されていないケースが多い。高橋美桜子さんは中学1年時のいじめが原因で神経症を患い、16歳だった高校2年時に自殺した。典子さんは09年8月、美桜子さんが通った私立中学を運営する学校法人や当時の同級生らを相手に、損害賠償を求めて提訴した。
毎日新聞 2009年12月19日 中部夕刊