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第21回 反貧困ネットワーク事務局長 湯浅誠(ゆあさ・まこと)さん-堂々と生きられる社会つくる

beロゴ2009年6月27日付紙面から
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養成講座「活動家一丁あがり!」で若者に囲まれて。メディアでの印象と異なり、普段は笑顔が多い=東京都千代田区

炊き出しに並ぶ人、人、人……。09年、正月2日の早朝、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」には、開村3日目にして想定の倍の300人が集まっていた。

群衆から少し離れて、携帯電話を握りしめて立つ彼がいた。薄手の黒いコートの襟を立て国会議員要覧をめくるが、凍えた指はうまく動かない。

大村秀章・厚生労働副大臣の連絡先をようやく見つけ、電話する。「テレビ番組でご一緒した湯浅です」。そんな細い線をつなごうとしているのか――私は思わず顔を見た。だが、その線が、厚労省の講堂開放を実現させることになる。

それから半年。講演で全国を飛び回っても、火曜日は必ず東京に戻る。事務局長を務めるNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の相談日。野宿者や生活困窮者との対話が夜遅くまで続く。無一文で何時間も歩いて来た人、長く風呂に入れていない人もいる。

優しく寄り添うような言葉はかけない。淡々と問う。「あなたはどうしたい?」。相手の言葉をじっと待ち、その願いをかなえる手段を共に考える。

「その人の人生だから。大事なのは、どうやったら食えるようになるか、でしょう?」

26歳で東京・渋谷の野宿者支援を始め、6年後、同じく東大を出て活動していた稲葉剛さんと、もやいを設立。アパートに入る野宿者の保証人を個人で300人分引き受けた。生活保護申請の同行は1千件を超す。

なぜ、そこまで人に尽くすのか。「そんなの、オレにもわかんないよ」。屈託なく笑うが、その原点の一つが生い立ちにあるのは確かだ。

3歳上の兄は筋萎縮(いしゅく)性の障害がある。新聞社勤務の父、小学校教諭の母。「誠は自分のことは全部自分でやってたわねえ」と母尚子さん。一家の生活は兄中心で、兄のため、友だちを家に連れてきて遊ぶことも多かった。

小学生のとき、養護学校へ兄をたびたび迎えにいった。車いすの兄は好奇の目を嫌い裏道を通りたがったが、彼はある日、大通りを通った。「相手を見返してやればいい」と思ったからだ。だが帰宅後、兄は母に訴えた。「誠はもう来なくていい」

見られたくない兄と見返したい自分。当時は混乱したが、弱者と強者のはざまで感じた憤りは、闘志の種火となった。そしてホームレス支援のなかで、金の卵と呼ばれ国の成長を支えた人々が社会から切り捨てられ、生きるために尊厳を捨てる姿を見て、火勢は増す。

「『捨てられた物を食べたとき、何かを失ったと感じた』という言葉を何度も聞いた。頑張れと言うのは簡単。そうではなく、みんなが堂々と生きられる社会にするのが大事なんだ」

その熱っぽさ。一方でメディアに映るクールな姿。憤りや怒りは、ひたすら考え抜くことで論理的な言葉に結晶化される。それはわかりやすく、力強く、人の心に届く。

5月半ば、もやいを70代の男性がふらりと訪れた。財布から2万円を出し、「はい、定額給付金。私は住む所も食べる物もあるから」。そう言って、握手を求めると立ち去った。

もう10カ月間、全く休んでいない。「国はまだ貧困を正面から見すえていない。だから、止まる理由が見つからない」。さらりと言った。

プロフィール

湯浅誠さん

東京都出身。私立武蔵高から1浪で89年に東大入学。法学部に進み95年卒業。96年に東大大学院法学政治学研究科に入る。03年、博士課程を単位取得退学。00年に炊き出しの米を集める「フードバンク」、01年にNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」設立。03年、企業組合「あうん」で便利屋開業。07年「反貧困ネットワーク」(代表・宇都宮健児弁護士)結成を呼びかける。著書「反貧困―『すべり台社会』からの脱出」(岩波新書)が大佛次郎論壇賞受賞。

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