権力をカネに変えた男―――。政治家・小沢一郎の本質を問われれば、私はこう断言せざるを得ない。20年以上にわたりこの男を追いかけ、さまざまな関係者の絞り出すような証言を耳にしてきた私の目に映る小沢は、常にカネ、それも巨大利権の影がちらつく男だった。
逮捕された小沢の元秘書で代議士の石川知裕(ともひろ)に渡した4億円について、小沢は亡父から相続した遺産を妻の名義で信託銀行に預け、約10年前に引き出し金庫に保管していた、と弁明した。このカネで土地を購入したのが'04年10月だから、小沢家では5年近く金庫に4億円を眠らせていたのか。不自然な言い訳に、追い詰められた小心者の焦りを感じる。
小沢にべっとりと付着する生々しいカネの臭いは、ここ最近染みついたものではない。その金脈の歴史をひもとこう。
小沢が自民党を飛び出したのは'93年。当時、経世会(竹下派)会長だった故・金丸信(副総理)が東京佐川急便事件で5億円のヤミ献金を受けたとして議員辞職に追い込まれた。これにより経世会は分裂し、小沢や羽田孜ら44人が「政治改革」を旗印に新生党を結成した。
この派閥抗争以来、不倶戴天の敵として小沢と対立してきたのが、元自民党幹事長の野中広務である。'08年9月、私はまだ残暑厳しい京都の事務所で野中と対峙した。首相だった小泉純一郎により、その5年前に政界引退を余儀なくされた野中だったが、双眸(そうぼう)はギラついていた。
「あいつは国家的に危険なヤツや」
私が小沢を追っていることを聞くと、唐突にそう声を荒らげる。野中は続けた。
「経世会分裂の時だって、あいつは知らんうちに(派閥の金庫から)カネを持って行ったんや。ガポッと持って行ったよ。気がつかんかった。まさか、あいつがそこまでやるとは思わなかった」
野中は単に、恨み骨髄の相手を貶(おとし)めているだけなのかもしれない。私は間髪入れず、いくらだったのか聞き返した。
「億や。(最後に金庫に)残っていたのは2億円くらいや。もう(それ以上)持ち出されないよう急いで封を貼った」
野中は経世会の金庫に約8億円あったことを記憶しているから、6億円を持って行ったというのか。実際、経世会の秘書たちは、小沢・羽田グループから金庫を守るためピケまで張っている。
'03年に民主党に合流する自由党は、小沢が党首であった。この自由党が解消する時にも巨額のカネが消えている。'02年の自由党の政党助成金に係る使途等報告書によると、当時、同党は幹事長だった藤井裕久(前財務相)に「組織対策費」名目で'02年7月と12月の2回にわたり計約15億2000万円を支出している。しかし、藤井の関連政治団体の報告書のどこを調べても、そんな収入など記載されていないのだ。そればかりか藤井は、最近になって民主党幹部に落ち着きのない表情で吐露している。
「弱ったな。俺はあのカネのことはまったく知らない。心外だ」
そして、やはりと言おうか、15億円のカネは'04年10月、小沢の関連政治団体「改革フォーラム21」に秘かに入金されていた。この団体の会計責任者は元参院議員で、今なお小沢の参謀を自任する平野貞夫である。カネは、小沢の目の届く場所に移されたと言える。
これとは別の小沢系の政治団体に「改革国民会議」がある。自由党の団体だったが、解党後は小沢の関連団体として存続し、会計責任者はやはり平野だ。自由党の政治資金収支報告書によると、民主党と自由党の合併したその日、'03年9月24日に自由党は約13億円をこの団体に寄付している。うち5億6000万円は、自由党への政党助成金、つまり公金だった。小沢は、公金を含んだ自由党のカネを、自分の金庫へと横流ししたのである。
新聞・テレビは検察組織が動かなければ、小沢の負の側面に触れようとしない。それは記者クラブの横並び意識という以上に、実は小沢を筆で裁けない理由がある。小沢は、テレビ局の杜撰な組織を利用して、不透明な金脈を築いていたのだ。
'91年、小沢の地元・岩手県水沢市(現・奥州市水沢区)にフジテレビ系列のローカル局「岩手めんこいテレビ」が開局した(5年後、盛岡市に本社移転)が、その株主が問題だった。設立時の資本金は25億円、発行株式総数は5万株。1株の額面金額は5万円だ。私の手にある'96年の同社営業報告書によると、株主の数は54人。うち小沢の選挙区(岩手4区)に住む個人株主は10人存在した。それぞれ3%、1500株を所有しているとされるから、1人あたり7500万円、総額7億5000万円に上る。
ところが、彼らに取材をすると、
「小沢事務所から『株主になってくれ』という要請を受けたが、その時点で金額がデカ過ぎて話から降りたはずだ」
など、自身が株主になった認識はないとの答えが返ってきた。要は、小沢事務所が7億5000万円分の架空株主を生み出した疑惑が浮上したのだ。
では、その株はどこへ消えたのか。その解につながる証言は、最近になって手に入った。1月13日、鹿島建設と小沢の事務所に東京地検特捜部の強制捜査が入った日、小沢に20年以上仕えた元秘書の高橋嘉信が、私にこう語ったのだ。
「小沢先生は、めんこいテレビの株を30%所有していたよ」
1月に入ってメディアは、'00~'06年にかけ、鹿島などゼネコン8社が小沢の関連政治団体に計6億円近く献金し、その大半が小沢の資金管理団体「陸山会」に移されていたと報じている。これも含め、これまでに列挙した小沢絡みの不明なカネを積算すれば、47億円を超える。
私は新聞、テレビのように検察のリークに乗って小沢という政治家を討つのではない。「法に則って」「正々堂々」などと言いながら、馬鹿げた額のカネの流れを不透明なままにし、それでいて傲岸不遜な表情を崩さないこの男の心根に迫りたいだけだ。次回も、この男の本性を取材によって丸裸にする。(文中敬称略)
取材・文:松田賢弥(ジャーナリスト)
まつだ・けんや 1954年、岩手県生まれ。業界誌記者を経てジャーナリストに。『週刊現代』を中心に政界の暗部を描く。主な著書に『無情の宰相 小泉純一郎』、『小沢一郎 虚飾の支配者』(いずれも講談社刊)