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天声人語

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2010年2月1日(月)付

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 岡本眸(ひとみ)さんの句に〈葱(ねぎ)焼いて世にも人にも飽きずをり〉がある。ネギは焼いてうまくなる野菜の一番かもしれない。ぬらりとした薄皮や髄のあたりから甘みがとろけ出し、生きる喜びさえ教えてくれる▼本来、薬味となる尖(とが)った食材である。火を通すだけでこれほど化けるものかと思う。ツンからデレへの変わりようは、どこか仕事も遊びもいける人のようで、できる野菜と呼ぶにふさわしい。しかも風邪に効くとされている▼富山大大学院の林利光教授らが、ネギの「薬効」が本当らしいと突き止めた。A型インフルエンザに感染させたマウスの実験で、ネギの抽出物を与えてきた一群は、そうでない群に比べウイルス量が3分の1に抑えられたという。抗体の量は逆に3倍近かった▼林教授は「ネギの成分のどれかに、予防的に免疫力を高める効果があるのでは」と語る。大衆が頼りにしてきた言い伝え、信じるに足るらしい。寒さに弱いチンパンジーにネギを食べさせている動物園もある▼「おいしい良薬」はそうそうない。どの成分がどう効くのか、難しい話は先生とネズミにお任せするとして、この時期、ネギ三昧(ざんまい)というのも悪くない。白も青も旬は冬。群馬の下仁田、京都の九条、いずれも寒さで滋味が増す▼同じ季語にも、俳人の感性は別のひらめきで応える。黒田杏子(ももこ)さんは〈白葱のひかりの棒をいま刻む〉と料理した。月が替わり、寒の谷もあと二つ三つというところか。名のある産地であろうとなかろうと、店先の「ひかりの棒」たちがこぞって輝く季節である。

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