code 150-0044  no. 03

 

 私たちは、すぐそばのホテルに入った(例の2人とは別のところ)。
 はじめのうち、お風呂の中でもベッドの上でも、殿岡の唇や指の動きはとても丁寧で優しかった。 殿岡も私も、意味のある言葉を口にはしなかった。 でも、触れ合い、抱き合っていれば、お互いの気持ちは伝わってきた。 だから、言葉なんて必要なかった。
 殿岡がベッドのヘッドボードに手を伸ばした。 ビニールを破る小さな音が聞こえた。 私は目を閉じて、彼の最後の準備が終わるのを待った。 ふと、顔の真上に気配を感じて目を開けたら、殿岡と目があった。 熱っぽく潤んだ、優しい眼差しだった。 鼻先に柔らかいものが触れた。 それが殿岡の唇だと理解すると同時に、彼が私の中に入ってきた。

 頭の中が、真っ白に弾けた。
 一番奥まで杭を打ち込まれ、からだの真ん中がしびれた。

 ごめん、ごめん、ごめん、ごめん。
 雄として魅力が足りないとか思ってごめん。
 すごい。 すごいよ。

 心の中で殿岡に謝りながらも、口から出てくるのはやらしくて情けない泣き声だけ。 私も片手ちょっとくらいは男との経験を積んでる。 殿岡のことを男としてつまらないなん思ってたのは大きな間違いだった。 でもこれじゃあ、おおっぴらにアピールできないよねぇ。そう思って途中でにやけてしまった。 でも、殿岡は私の首筋に顔をうずめていたので気付かれなかった。

  丁寧さも優しさも、どこかに消えてしまった。 熱を帯びはじめた私の身体に殿岡が容赦なく激しく迫ってきた。 あっけないほどすぐ、私は身体を震わせた。 少し遅れて、私の中で動き続けたものもおとなしくなった。
「嘉穂、嘉穂」
 殿岡が甘ったれた声で私を呼んだ。
 つながったまま抱き締められると、男の体重がすべて私にのしかかる。 さらに奥まで殿岡が迫ってくる。 重くて、苦しくて、熱い。 子宮が疼く、って、こういうことなんだ。
 どうしよう。 私、こいつの――

「何にやにやしてるんだよ」
「ねえ、もう1回しよう」
「いいの?」
「うん。 したい」
「まって、付け直す」
 ぴったりくっついていた体温が離れた心細さは、すぐに殿岡がまた埋めてくれた。私の中の欠けた部分も、すぐまたいっぱいに満たされた。 満たされたものの、私はまた殿岡がほしくなった。 私がせがむたびに、殿岡は楽しそうに子供っぽい笑みを浮かべた。
 ホテルに準備してあったゴムも、殿岡が持っていたゴムもなくなってしまった。 そこで、私のポーチに入っていた消費期限ぎりぎりのまで持ち出すハメになった。
「ごめん。 これじゃきついかも」
 私が笑うと、殿岡が頬を赤らめた。
 どうしよう。 こいつ、かわいいな。 たまんないな。

 行為の最中に交わしたドロドロのキスじゃなくて、ただ純粋に殿岡とキスがしたくて顔を近づけた。 こんなに何度も抱きあった後に、ようやく私たちは付き合い始めの中学生みたいなキスを交わした。
 でも、私たちは27歳の男と女なので、結局それでは我慢できなくなった。 すぐさま後ろめたいキスになり、ぐしゃぐしゃのベッドに再び倒れこんだ。

「あー」
 とうとう、殿岡が私のすぐ横に崩れ落ちた。
「もう無理。 からっぽ」
「私も」
 顔を見合わせて私たちは笑った。 もうすっかり夜もふけている。 殿岡に腕を回され、抱き寄せられた。
「嘉穂、ありがとう。 きもちよかった」
「うん、私も」
「なんか元気が出た」
「ほんと元気だったよね」
 こういうことは好きな方だ。 でもそのために好きでもない男としたり、自分でするのは好きじゃない。 だから、彼氏がいないとする機会がなくて、ここしばらくはご無沙汰だった。
 その分の修正値を差し引いても、今日の殿岡とのは回数も内容もスペシャル・コースだった。

「もっともっとって言われたの、すげぇ嬉しかった。 俺、やり方がしつこいみたいで、嫌がられることが多かったから」
「えっ? そんなことないよ。 最高だよ」
 私がそう言うと、殿岡が急にベッドに上半身を起こして私の顔に手を伸ばした。
「お前、かわいいな。 俺と付き合おうよ、嘉穂」
 殿岡が真剣な顔をしてそう言った。 私はためらいながら答えた。
「いきなり、どうしたの?」
「嘉穂となら、すごく自然でいられるし、何があっても大丈夫な気がするんだ。 あと、その……何ていうか、俺」
 さっきまで殿岡を受け入れていた場所に、彼はためらいもなく触れた。
「嘉穂にはまった」
 もっとまともなセリフを言えっつーの。
「……ばか」
 自分の声がやたらと色っぽいから、なんだか恥ずかしくなった。
「そうだよ、馬鹿だよ。 付き合い長いんだから知ってるだろ」
「ちょっと、へんなとこ触らないで」

 こいつの子どもを生みたい。 そう思ったとき、私も殿岡にはまったんだと思う。
 合わないところは色々ある。 でも、これだけずるずると腐れ縁を続けてきたんだから、お互いどこが合わないかもよく分かっている。
 でもね、話し合いや訓練で変えられないことがこれだけ相性抜群なら、もう殿岡でいいんじゃないかな。
 殿岡でいい。 ううん、殿岡がいい。


エピローグ

「嘉穂」
 声のしたほうに振り向くと、殿岡、あらため晴喜が近づいてきた。 どうやら同じ電車に乗っていたらしい。 珍しい。
「どうしたの? 今日はずいぶん早いね」
「そんなことよりお前、急行には乗るなって言ってるだろ」
 ここ最近、晴喜はやたらと過保護だ。
「だって早く帰って夕飯の支度したいんだもの」
「そんなの俺が帰ってからするからいいんだよ」
 意外なことに、晴喜は家事までそつなくこなす男だった。
 私たちは手をつないで駅前のスーパーに入った。 金曜日は土日の食材もまとめて買うので、正直男手ができて助かった。
「今日はホウレン草のクラムチャウダーにしよう。 鉄分と葉酸が同時に摂取できるし、作るのも簡単だし」
 今日も献立の決定権を握るのはこいつらしい。 ここ最近、ほとんどこんな調子だ。
「はいはい」
「寒くないか? 生鮮売り場にはあまり近づくなよ」
「あのね、心配しすぎ」
 どんだけよ、この男。
「奥さん、くれぐれも身体を冷やさないよう心がけてくださいね」
 産婦人科のおじいちゃん先生の真似をして(なかなか似ている)、晴喜が言った。
「あと2ヵ月かぁ。 早くママみたいにかわいくなって出てくるんですよ~」
 晴喜はでれでれと鼻の下を伸ばして、大きくなった私のお腹をさすった。

 もう、ばか。
 店員さんが笑ってるでしょ。

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