2008-06-25
厚生労働官僚のモラールが崩壊しかかっている件
年金記録漏れ問題に続き、後期高齢者医療制度でも厳しい批判を浴びた厚生労働省の官僚たち。今後は国家プロジェクトと言うべき医療、年金、介護の総合的な社会保障政策の立案を担わねばならない。ところが官僚たちは社会保障も聖域としない小泉改革の継承と、少子高齢化による必然的な負担増のはざまで方向性がつかめず、漂流している。省内には早めに退職して大学教授になろうという転身願望も広がる。厚労官僚の今を報告する。
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今、省内では大学教師への転職願望が広がっている。04年以降、大学教師に移った幹部は少なくとも11人。局長手前の審議官クラスにあたる78年入省組はキャリア組15人のうち、既に5人が大学教授に転じた。将来の次官候補と言われる若手官僚の中にも、「先生の職を探したい」と口にする人が複数いる。
医事評論家の水野肇氏は「かつて大学に行くのは将来的に組織の主力になる人ではなかった。今や、一番優秀なのが教授になりたがる」と憂える。
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70年度には国民所得の5・8%に過ぎなかった社会保障給付費は、25%近くに達した。旧厚生省の掌中にあった社会保障の制度設計は、税制論議を軸にした大きな政府か小さな政府かという、国家のあり方の議論なしに成り立たなくなった。
「これだけ社会保障は大きくなったのに、感覚は昔のまま。みな、その溝を埋められずにいる」。あるOB官僚は漂流感が生まれるのは、役所だけで完結できない限界を感じているためだという。
厚生労働省において職員のモラールが崩壊しかかっているとは、webmasterが業界内で見てもさもありなんと思われるわけですが、ここでの毎日の分析は甘いといわざるを得ません。一例をあげれば、保革伯仲の中で田中内閣が「福祉元年」をぶち上げたのは1973年。70年代であっても社会保障の制度設計が「旧厚生省の掌中にあった」とは到底いえません。言い換えれば、官僚が昔は自分勝手にやっていたのに、それができなくなったからやりがいが感じられなくなったというのは根拠がありません。
webmasterの考えでは、厚生労働官僚のモラール崩壊の最大の原因は、その場その場で悪役ばかりを押し付けられることにあります。毎日記事でも触れられている後期高齢者医療制度に関しては、たとえば次のような状況がありました。
マグマが噴出したのが02年。前年に就任した小泉純一郎首相が「三方一両損」の改革で、サラリーマン本人の患者負担を2割から3割に上げると決定。怒った族議員は「国民に負担増を強いるなら、現役世代の保険料が支える高齢者医療を含めた抜本改革が必要だ」と、政府に「新しい高齢者医療制度の創設を2年以内に措置する」ことを約束させた。
「75歳以上を対象にした独立型」を推したのが、丹羽雄哉・元厚相だ。公費で5割、高齢者からも保険料負担を求めて、現役世代の負担が重くなりすぎないようにする――。講演会などで繰り返した丹羽氏の主張は、今の政府の説明と重なる。
だが、当時の厚労省は懐疑的だった。医療費のかさむ高齢者だけを集めた独立型は、公費が膨らみ続ける。「非現実的に見え、第1案ではなかった」(同省元幹部)
厚労省は同年12月に発表した医療制度改革の試案に、二つの案を併記した。一つは、高齢者も従来の制度に加入したまま制度間でお金をやりくりする案。坂口力・厚労相(当時)も推していた。自民党が推す「独立型」は第2案だった。
しかし、「坂口案は老健制度と本質が同じ。理解が得られない」と考えた丹羽氏は、坂口氏を説得。翌03年3月、医療改革の「基本方針」が閣議決定された。65〜74歳までの「前期高齢者」の医療費は、坂口案に似た「異なる保険制度の間でお金をやりとりする」仕組みで支え、75歳以上の「後期高齢者」については自民党の「独立型」を採用するという内容だった。
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歴史的大勝を果たした郵政選挙後の05年9月、民間議員の奥田碩・トヨタ自動車会長(当時、現相談役)は「医療制度改革も様々な利害関係者間で調整が進まず、改革は進んでいない。現状打破が必要」と語った。厚労省と厚労族が仕切る「聖域」への切り込み宣言だった。
諮問会議で尾辻厚労相(当時)は「先に金の話ありきだと非常に議論しづらくなる」と持論を展開した。しかし、小泉首相は「皆保険制度の持続には経済財政を無視するわけにはいかない。来年度も医療費だけで税負担が8兆円を超える。やはり何らかの手法が必要だ」と述べ、民間議員側に軍配を上げた。
諮問会議のプレッシャーを受けながら、厚労省は10月、後期高齢者医療制度を含む医療制度構造改革試案を作り、年末に政府の「医療制度改革大綱」ができた。2025年度の医療給付費を56兆円から48兆円へと抑制する内容。その具体策が70〜74歳の高齢患者の負担の1割から2割への引き上げだった。
勿凝学問149(で引用される朝日「現役負担減に力点 後期高齢者医療制度ができるまで」)
後期高齢者医療制度の是非は措きます。仮に後期高齢者医療制度が批判されるべきものであるとして、であるならばそれが向けられるべきは小泉元総理であり、竹中元経済財政担当大臣であり、経済財政諮問会議でしょう。厚生労働省に対しては批判よりもむしろ、「あなたたちの見通しが正しかった。あのときに抵抗勢力扱いして、あなたたちの声に耳を傾けなかった自分たちが間違っていた」といった謝罪があってしかるべきです(後期高齢者医療制度が批判されるべきならば、という前提に立っています。為念)。しかるに現実は反対で、小泉元総理や竹中元大臣には依然として改革の推進者として賛辞が寄せられ、批判の矢面に立つのは厚生労働省なのですから、やってられなくなるのも無理はありません。
これはこと後期高齢者医療制度に限らず、たとえば医療崩壊問題については、
特筆すべきは、一章を割いて「医師はなぜ病院から立ち去るのか」を論じているところである。その理由として、新臨床研修制度の導入や激務・低報酬の他、コンビニ受診、マスコミによる表層的な報道、医療訴訟の増大などが挙げられている。実例として、阿賀野市水原郷病院の医師大量辞職、奈良県橿原市の死産事件、福島県立大野病院事件などが述べられている。いずれも、医療関係者のブログではよく知られている話題である。加えて、医療従事者からは見落としがちな一面も著者は指摘する。医療従事者だけだと、「行政や官僚はアホかwwww」となってしまいがちだが、それは一方的な見方かもしれない。
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[現在の国の行う医療政策は、ことごとく現場の医師のやる気を喪失させるものであるようだが、]その原因は、国の行う医療政策の目的が、「医療費の削減」が第一となっていて、国民にとって必要な「医療の質の維持」という目的が後回しになっているためであろう。これは、厚生労働省だけが悪いというわけではない。国全体の政策として「医療費を削減する」という政策目標が設定されている中で、厚生労働省ができることは限界がある。…医療の現場がどれだけ疲弊していても、厚生労働省は医療費の総額を増やすという政策決定をする権限は与えられていない。(P202)(いずれも強調は引用者による)
医療事故を起こした個人を責めるよりも事故が起こりやすいシステムを改善すべきなのと同様に、行政や官僚の個人を責めても仕方がないのだろう。『国民が、医療政策についてすべて国に「お任せ」で、国の進める医療費縮減政策をよしとしていることが、官僚が政策変更をしないことにつながっている(P204)』。日本は民主主義国家であるからして結局は国民の責任ということだ。選挙などを通じて変えていくしかないのだろうが、現状を鑑みるに日本の医療の未来はあまり明るくないと私には思われる。
「行政学者から見た医療崩壊」(@NATROMの日記1/4付)
とのご指摘があります。NATROMさんは現役のお医者さんですが、「医療従事者だけだと、『行政や官僚はアホかwwww』となってしまいがち」の「行政」「官僚」の指すところは不分明なれど、「厚生労働省だけが悪いというわけではない」という部分を強調されているあたりを見るに、おそらくは厚生労働官僚なのでしょう。webmasterの主観的認識においても、医療関係者による政府批判とはその多くが厚生労働官僚批判です。
#医療崩壊について積極的に発言されている方として本田宏さんがいらっしゃいますが、公共事業費を削って社会保障費に充てろとのそのご主張は、国土交通省批判という意味では厚生労働省批判ではありませんが、「改革」路線を積極的に推進するヴェクトルにおいては同じことです。
このほか、最近ではめっきり話題にもならなくなった障害者自立支援法についても、厚生労働省ばかりが批判されて「改革」路線は無傷であったことはwebmasterがかつてまとめたとおり。旧厚生省に限らずとも、旧労働省のホワイトカラーエグゼンプションについても、同様の傾向ははっきり見られました。
加えて、厚生労働省はここ数年、霞が関の中でもっとも残業の多い役所との調査結果があります(まとまった統計はありませんが、「国家公務員 共闘会議 残業」でぐぐっていただければ)。労多くして益少なしを実現しているのですから、このような状況で厚生労働官僚のモラールが維持されるとしたら、そちらの方がよほど不思議なことです。計算高い人間であれば、内容がなんであれ主張すればするほど評価が高くなり、後になって主張の内容が批判されることがあっても自らがその対象とはならない「改革」側に身を転じるでしょうし、一掬でも良心があったとしても、せめて直接の批判対象にはならない学者、ということになってしまうのでしょう。
とまれ、上記のとおり医療崩壊が叫ばれる中、霞が関においてもまっさきに厚生労働省崩壊が進んでいるとは興味深いことです。まこと国政とは国民の状況を表す鏡であるようで。もちろん事態の推移としては、まずは厚生労働省の財政再建派に対する劣勢があり、それがために医療従事者等からも批判されるようになり、結果としてモラールが崩壊した、という順序ではありましょうが。
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