2009/11/6
「マー君のお父さんとお母さん(スー君は?)」
マー君のお母さんの美貴ちゃん。 マー君はお母さん似だね。
お母さんの名前:第二美貴号 平成18年10月5日生まれ
平成19年秋 関東連合展若1 優良一席 若犬賞
全国展若1 優良一席 若犬賞
お父さんの名前:つくも乃陣号 平成17年11月18日生まれ
平成19年秋 神奈川展 若2 優良2席 若犬賞
平成20年春 栃木展 若2 優良2席 壮犬賞
マー君の名前:武蔵乃海号 平成21年7月23日生まれ。生後二ヶ月のころ。
先週のスー君:お父さん,お母さん不明。兄弟六匹。出身地:西伊豆松崎
兄弟は9月10日下田保健所より浜松保健所に移動。
平成21年8月23日生まれ(大体?)
保護先:下田総合庁舎2F(保健所)
最終保護先:南伊豆町子浦
スー君の本当の名前:バロン・キエルケゴール・デル・デル・デター・スヌーピー
現在のマー君とスー君の住まい。
二週間前のスー君とマー君。このおうちのご主人は躾が厳しいですがとっても優しいです。
趣味:子浦の海をいつまでも眺めていること。いつか水彩画をはじめるつもり。
ご主人の経歴書はここをクリック
経歴書に写真添付しましたよ♪
PS:この前の台風18号のときの直前の朝三時にご主人がウッドデッキで耳をすませていると海のほうからお経が聞こえてきたといっていました。それも大音量の読経でご主人がこの前硫黄島を客船の飛鳥から見たときも同じだったそうです。30分続いてお経は終わったとのこと。ご主人は霊的な感覚が神がかりなので多分嘘ではないと思いました。きっと未来の記憶がある数少ない人なんだね。(マー君,スー君談)
ご主人の掻いた(?)終わりの始まりは面白いなあ!
多賀千明氏によると私たちの次元で昨日起きたことは,別の次元(四次元)でそれと全く同じことが起きている。私たちの次元で明日起きるはずのことが,四次元で起きているという。
鎮魂の詩(うた) 戦友に捧ぐ
この世に真実に神々が存在されるなら
神々がもし おられますならば特別の
限りなき 慈しみの心をもって
犠牲(いけにえ)となった 若き人々の血を涙を
捨石となった 兵士たちをなぐさめ給え
桜花の花吹雪となった人々をいけにえに
親や弟妹たちの悲愁の涙を訴えを
レイテ湾や リンガエン湾に
大空に星と輝かせまし 水清く屍
草むす屍に 額たれてただ祈るは
安らぎを 永遠の安らぎをと祈るのみ
深い静寂に包まれた森林の奥深く奥深く
ひっそりと眠りつづける 比島だけで
深海の底に横たわる50万柱とか
数えきれない艦船を 山野を洞窟を
「墓標」として本土へ還るすべなく
太平洋の海鳴りは この貴い犠牲者達
の望郷の想いだ。平和の礎たちよ安らかに
昭和55年元旦 大學教授 今富正己・諏訪茂さんの手記から。
それは随分前のことであった。私が熱海経由で伊豆急下田行きの電車に乗ってしばらくすると,斜め左の席に陣取っていた少女たちが楽しそうに感嘆詞としての大げさな笑い声とともにトランプに興じはじめた。それはとても無邪気で見ていて飽きなかったし,平和を実感した。私はこの鎮魂の詩(うた)を読んで涙をながしていた。ねえ,ねえ。あそこにいるおじさん泣いているよ,と一人の少女が小声で囁くとみなこちらを見ていた。私は早速志村流<アイーン>をすると,大きな笑い声がした(管理人記す)。
過去ログ「ある遺書」から
植村眞久大尉 昭和19年10月26日第一神風特別
攻撃隊大和隊 スリガオ海峡付近にて戦死 25歳
我が子への遺書
素子,素子は私の顔をよく見て笑ひましたよね。私の腕の中で眠りもしたし,またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって私のことが知りたい時は,お前のお母さん,佳代伯母様に私のことをよくお聴きなさい。
私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子という名は私がつけたのです。素直な,心の優しい,思ひやりの深い人になるようにと思って,お父様が考えたのです。
私は,お前が大きくなって,立派な花嫁さんになって,仕合せになったのを見届けたいのですが,若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても,決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって,父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれば,必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前は幸福ものと思います。生まれながらにして父に生き写しだし,他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っているような気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様,伯母様は,お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし,お母さんも亦,御自身の全生涯をかけて只只素子の幸福のみ念じて生き抜いてくださるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護って居ります。優しくて人に可愛がられる人になってください。
お前が大きくなって私の事を考え始めた時に,この便りを読んでもらいなさい。 昭和19年月吉日
植村素子へ
追伸
素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は,お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ます。
だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教えてあげます。
母校立教大学で日本舞踊を披露する素子さん
じゃあね〜♪
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