behind brown eyes


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2009年最後の更新
2009/12/15 22:43

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俺の本を一番たくさん出版したのがphp研究所だ。
出版社は利益追求が最優先事項。
なんだかんだもっともらしい建前や理屈をこねたところで本が売れて利益をあげている限りは企画が通る。
1998年頃、俺の単行本は売れなくなってきていたが文庫はまだまだ売れていた。
にもかかわらずphp研究所は俺の文庫を出そうとはしなくなった。
そしてこいつらの意図に気づいた。

うちの女編集者と個人的な関係にならない限り本は出させない。

そういう意図に気づいてしまった。
さすがにこういう姑息で愚かなたくらみを、知能指数20以上の人間には到底考えもつかないような愚劣極まりない考えを公に認めるわけにはいかないらしく、こいつらがそれらしいことを口にすることは一切なかった。
代わりにこいつらは必死で俺にその空気を読ませようとしていた。
全く知恵遅れの発想としかいいようがない。それも知恵遅れの中でもきわめてできの悪い落ちこぼれの知恵遅れ。
ちなみに空気を読ませようとする手法は常に女と後ろめたいことをたくらんでいる連中の常套手段である。


こいつらは己のやっていることが俺の才能をどれほど冒涜しているかわからなかったのだろう。頭悪すぎてな。
あるいは自覚した上で俺を冒涜するためにわざとやっていたのかもしれないがな。
こんな連中でも出版社を名乗っているのである。日本ではこんな低レヴェルな連中でも出版という文化事業を名乗り、携わることができる。
講談社も似たようなことをしてきた。
ゴールデンウイークと年末特別号の年に2回、週刊現代で原稿料5万円のコラムを俺に書かせることで最少限の関係を保ちつつ、その間に女を押し付けようという馬鹿丸出しな作戦。
たった年に10万円という、小学生のお年玉のようなはした金でどんだけ俺を舐めてんだよ。
サンドケー出版局は俺に本の書き下ろしを依頼して、その間にぶっさいくな女編集者をあてがおうとしたのだが、俺が70枚ほど原稿を書いたところで音信普通になり、会社の住所に行って見たら会社ごと夜逃げしていた。 
もちろん俺の書いた原稿70枚に対して1円も払わないまま。



ご苦労なことにわざわざ俺の近所にサイン会をしにきたバカ作家もいる。浅田次郎という名前だ。
つるっぱげのストーカーだ。

ダイアモンド社もそうだろう。
売れなかったのに2冊目を出しませんかといってきたからな。


集英社の子会社もそうだった。小田豊二という人が電話してきた。
「新雑誌で売り出してやるから編集長に電話かけろ」
そういう名目で、きっと編集長の斎ちゃんの娘でもあてがおうとしていたのだろう。
角川のアホ編集者が大阪のローカルの番組でのこのこ出ていたが、あれもたぶんそうだな。
俺の本を書評に取り上げて恩を売って、何をたくらんでいたんだあの蓄膿のチビは。
ゴミ雑誌の書評欄に載ったところで10冊も売れるかボケ。
俺に恩を売りたければ10万部ぐらい売ってみろ。
小学館は女編集者がかまってもらえなかった腹いせに、週刊ポストから書評の原稿依頼をしてきて、俺が当時所属していた事務所の女の子が確認の連絡すると、えーそんな原稿は頼んでいません、という馬鹿丸出しな仕返しをしてきた。
さすがに小学校一年生を発行している出版社だ。
編集者が率先しておつむの中を小学校一年生レヴェルにキープしているらしい。なかなかできることではない。見上げた心がけではないか。
白痴外務省は在オーストラリアの領事館のお茶くみ副領事とやらを押し付けてこようとした。

顔面知恵遅れ女作家に文学賞を取らせて箔をつけてあてがおうとするのもこいつらの常套手段。
この国ではもらうほうも与えるほうもその程度だということ。
そんなやつにでも都知事は務まるんだよ。


眉唾とおもうならそれでいい。お前らが世間知らずの馬鹿なだけだ。

こういう知能指数20以上の人間には到底考えもつかない姑息で愚かなたくらみを実行して恥を知らないのは馬鹿で幼稚なかまってちゃん民族である日本人だけかと思ってたら、出版とは関係ないが、最近は外人さんも似たようなことをするようだ。

頼みもしないのに勝手に寄ってきて、かまってもらえなかったからといって逆恨みして災いをもたらす外人。
まるで日本人とやることが同じ。

まったく人の一生なんだと思ってるんだこいつらは。
人の一生をどうにでも好きなように操れると思い上がっているのか馬鹿ども。

こいつらは外見は白人でも中身は愚かで幼稚な日本人と瓜二つ。

つきまとうため、かまってもらうためなら何してもいいと思ってる自己中丸出しな知恵遅れの糞女どもと、その糞女脳をそっくりそのまま内蔵した糞男ども。
何千回罵倒されても俺の言動を勝手に自分へのサインやメッセージと思い込んで都合のいいように脳内変換する一生治ることのない鳥肌が立つほど気持ち悪い統合失調症者ども。



こういう日本人の基本的性質をそのままそっくり移植したとしか思えない馬鹿外人ども。
というかこいつら間違いなく日本人と通じてるな。
あまりにも思考回路が似すぎている。

こいつらには吐き気以外の感想はない。

勝手に寄ってきて自己中丸出しな己の思い通りの結果が得られないからといって逆恨みして俺に災いをもたらすような馬鹿どもは最初っから寄ってくるな。
迷惑だ。

バリ島で俺の右隣下の部屋に10月からひとりで2週間以上住んでた30-35歳ぐらいの行き遅れの白人女がまさにそれ。
何人かは知らなかったがこいつがEU域内の女であることは11月にマルタ共和国に着いたときに確信した。

馬鹿で幼稚で愚かで姑息でくそ迷惑な疫病神どもは日本人だけでたくさんなんだよ。
何のために俺が白痴日本人どもを遠ざけてると思ってるんだ。

地球は馬鹿どもで満ちているし、マルタのピザは豚の餌よりも糞まずかった。

読んでるやつは何のことかわからないだろうがわからなくてよろしい。おまえらなど相手にしていない。




さてさて、ここからが本題だ。
ここからが俺が書きたかったこと、書かずにはいられなかったことだ。
糞日本人や糞日本人並みの愚かな馬鹿外人どもに災いをもたらされて吐き気を催しながらも、俺の生活は淡々と続く。


12月初旬、2泊3日ののんびりした航海をへてフェリーは港に着いた。
ここは初めての国だ。
フェリーが港についていきなり毛皮の帽子と迷彩服を着たスーパーモデルたちがにこにこしながら船に乗り込んできたり愛想振りまいて入国審査の案内をしているのには驚いた。
つまり港を警備している平凡な婦人警官でさえスーパーモデル(笑)。
この国に美人が多いことは世界の誰もが知っていることだから心の準備はできていたが、それでも驚いた。そういうポーン映画の企画かと思ったほどだ。
どブス婦人警官が空港を警備していたマルタ共和国とはえらい違いである。


ここに来る前の国、フェリーの出発地の国の女性たちが美しくなかったといっているわけでは決してないのだが、2泊3日の航海を挟んでワンランク違う国があった。
それはつまり日本人女とは軽く7ランクも8ランクも、隔たりがあるということである。
もちろん10段階評価での7,8ランクの差だ。
世界の常識は正しい。顔がきれいすぎる。知恵遅れ顔など一人もいない。スタイルのよさが半端ない。
日本の匿名掲示板で妄想や知ったかぶりや小学生並みの幼稚な嘘やネットで拾った借り物の薄っぺらな知識をカタカタカタカタひけらかして得意になっている馬鹿で幼稚な知恵遅れのゴミどもには永久に知ることができない真実がここにある。
ああいうネット廃人どもにはそういう自分を哀れで惨めだと自覚できるだけの最低限の知能はないのだろうか。
ないんだろうな。まあ好きなだけカタカタやってりゃよろしい。
適材適所、ゴミはゴミ置き場だ。
ああいう連中は一生日本から出てこないことが望ましい。



なれなれしく俺の名前をだすなゴミども。





「来年、君たちの国へ行くよ」
大阪でこの国の女の子たちにそう約束したのは5年も前だ。
あっちは覚えちゃいないだろうが、とても感じのいいブロンドの女の子たちだったので約束を果たしたというささやかな自己満足から入国審査の列に並びながら少しいい気分だった。


フェリーの旅も満足のいくものだった。
古びた小さなフェリーだったが計5回の本格的な食事がついて、あの値段は素晴らしすぎる。
フェリー代金の半分は税金だったから、飯代だけで充分元が取れる。
バーもディスコもあって大変快適でいい航海だった。
バーでいつものペースでウオッカを飲んでいたらバーテンのお兄さんはすっかり呆れて、お釣りがなくなったからという粋な理由で5杯目をただにしてくれた。
そのせいで6杯目が頼めなくなってしまったが。



適度な揺れとエンジン音で二晩ともとても心地よく眠ることができた。
このフェリーで働いている人は週に二日、土曜と日曜日だけ自分の部屋で寝ることができる。
あとはずっとフェリーの中だ。
バーテンダーのお兄さんなど190センチ近くもあるのにフェリーの小さなベッドじゃつらいだろう。


本当はいくつかの国を経て陸路でここに来る予定にしていた。
このフェリーには、逆方向で乗るつもりにしていたのだが、あのバリ島の馬鹿白人女のせいで陸路が不可能になってしまったので、予定を変更して途中をはしょって仕方なくいきなりフェリーで来たという訳だ。
おかげでいくつかの国でテーマに沿っていろいろ写真を撮ったり、どうしても見ておかなければならないところ、見ておかなければならない人々を見るプランもすべてパーになった。
すべてはあの日本人女に匹敵する迷惑な馬鹿白人女のせいである。



荷物のチェックを受けて、閑散としたポートの一階でATMからローカルマネーを引き出した。
PLUSシールが張ってなかったATMだったと思うのだが、なぜか金が出てきた。
(後日、確認しに行ったがやはりPLUSシールはついていなかった。どうもVIZAシールだけついていれば引き出せるみたいだ。もしそうなら日本の銀行はちゃんとそれを告知しろや。俺は今までPLUSシール付きのATMを探し回ったことが何度もある。)


この街でアパートを借りることにしていた。
アパートといっても高層アパートメントで日本でいうマンションである。
そのアパートメントの前で鍵を受け取ることになっていた。

フェリーで同じキャビンだった、顔はマフィアだが性格は上品なお坊ちゃんのシリア人留学生からタクシーの相場を教えてもらっていた。
「日本でも君の国のトップのカダフィ大佐はすごく有名だよ」
前の夜に俺がいったらシリア人留学生はきょとんとしていた。
カダフィ大佐はシリア人ではなくリビア人だったことを思い出したのは下船した後である。
しかしリビアもシリアも区別がつかないのが正直なところだ。


客引きのために声をかけてきたふたりのドライバーは堂々と相場の3倍の値段を言ってきたので無視して、控えめに少し離れたところにいた3人目のドライバーにその住所を書いた紙を見せた。
「ここ、わかりますか?」
けっこう年のいった運転手はなにやらぶつぶつつぶやきながらしばらく紙を眺めて、うなずいた。
適正な価格を提示して運転手も了承したのでトランクに荷物を入れてもらい、乗り込んだ。
車は坂を上り、ストリートを行ったりきたりしながら5,6分ほどで止まった。
「ここだよ」
確かにそこには俺の紙に書かれた住所と同じ24番地と書いてある。
目の前に古びた建物が鎮座していた。
スーツケースとキャリーバックをトランクから降ろしてもらい、感じのいい運転手だったの最初に提示した金額よりちょっとだけ上乗せして、料金を渡した。
そして歩道で待っていた。
鍵の受け渡しは午後1時から2時の間ということになっていた。時間に余裕はあった。
30分ほど歩道でぼけーっと待っていた。
目の前の古びた建物の中庭に入ってみた。
確かにアパートらしき建物に囲まれているのだが、どうも違うような気がしてきた。説明には16階建てとか書いていたような気がしたがその半分ぐらいしかないし。


俺が待っていた建物の隣の小奇麗なブティックから女性が二人出てきた。
22,23歳ぐらいでブルネットのすごい美人の女の子と40歳ぐらいのブロンド女性。
彼女たちはブティックの従業員でタバコを吸うために出てきたようだった。
22,23歳の女の子はかかとのある靴を履いて180センチ位だったから実際は175センチぐらいと思われた。
「ここってここだよね?」
紙を見せながら聞いた。
22,23歳の女の子はチラッと紙に目をやると、次の瞬間には、何か自分に関する重大事のような慌て方で、
「違う、ここじゃない、中に入って(というような感じのことをいった)」
吸いかけのタバコをもう一人の女性に渡すと、俺をブティックの中に誘い入れ、中にいた店長らしき男性に紙を渡しインターネットで検索するように頼んだ。
店長は女の子から住所を書いた紙を受け取ると、えーなんで? とか、誰それ? とか、今手がふさがってるんだけどなー、とかそういう一般的なリアクションを一切することなく、自然かつ即座にノートブックで住所を検索し始めた。
あまりに親切すぎるというか急な展開にびっくりしていた俺が、おっといけない、荷物を歩道に置いたままだ、とブティックから出ようとしたら、
「もう、そこに持ってきてるから(というような感じのことをいった)」
22,23歳の女の子が入り口を指差した。見ると店内の入り口付近に俺の荷物がすでに運び込まれていた。
なんという手際のよさでしょうか。



店長が懸命に検索してくれるがなかなかその住所が見つからなかった。
渡した紙の裏にアパートを貸してくれる人の電話番号が書いてあったことを思い出し、店長にそれを言った。
俺はモバイルを持っているのだがシムカードを持っていなかった。
店長は早速電話をしてくれ、紙に現地語の筆記体で住所を書いてくれた。
どうもあの運転手はアルファベットで書かれた住所がよくわからなかったようだ。



お世話になりついでに、タクシーを呼んでもらえないだろうか、とお願いしようとしたら、俺が頼むよりも先に店長は女の子にタクシーを呼ぶように指示していた。
それからタクシーが来るまでの間、店長は店の外でここからのタクシー料金の相場を教えてくれ、タクシーが来たら来たでわざわざ運転手に自分で住所を説明してくれたのである。
俺は無事そのタクシーでアパートにたどり着くことができ、鍵を受け取ることができた。



この超親切な二人のおかげで、なんというかあれよあれよという間に物事が解決してしまったのである。
まったくいたれりつくせりであった。
俺は日本人嫌いだし、なつかれると迷惑なので日本人には超無愛想なのだが、スイッチさえ入れれば外人相手限定で卓越したコミュニケーション能力を発揮できるし、相手の人種を問わず好かれやすい人柄なので、それぞれの滞在先で地元の人や旅行者に親切にしていただくことが多い。



すこし驕った言い方だけれども、つまり親切にされることに慣れきっているのだが、このふたりのあまりにも機敏な親切ぶりには新鮮な感動を覚えた。
本当にいい人たちだった。
俺がしたことは住所を書いた紙を見せただけ。俺の卓越したコミュニケーション能力など介在する暇はない。
すべてはこのふたりの、この人たちに元来備わっている何の不純物も混じっていない善意によってなされたのである。
同時にこのふたりが接客業としてきわめて有能な人たちであることも即座に理解できた。
ブティックだろうがキャビンアテンダントだろうがコンシェルジュだろうが、何だってできる人たちだろう。


あの日はあわただしくてろくに御礼もできなかった。
ぜひあらためて親切なふたりにお礼がいわねば気がすまなかった。
最初の3日間は自分のアパートメントが街のどのあたりに位置しているのかも全くわからなかった。
夕方4時にはもう暗くなってるし、迷子になっては凍死してしまうので、半径1キロ以内のパブめぐりをしただけで遠出ができなかった。



街の構成を大雑把に把握できた4日目から、お菓子の箱を持って記憶を頼りにそのブティックを探し始めた。
外はむちゃくちゃ寒いのだが一日3時間ぐらい精力的に歩き回った。
ダウンジャケットの下はTシャツ一枚だけなのにそれでも汗だくになった。
そして探し始めて6日目の今日、ようやくあのブティックを探し当てることができたのである。
その高揚感がこの長文を書かせている。


店長さんは不在だったが女の子はいた。
お菓子を渡して心からの謝意を述べた。
女の子は「サンキュー」といった。
改めて見ると美人度の異様に高いこの国でもトップクラスの美人だった。
「実はあの子は今年のこの国のミスユニバースの代表なんですよ」
誰かにそう耳打ちされても、全然疑問に思わない。
それぐらいのレヴェルである。


今部屋に戻ってきて、一仕事終えてやれやれという気分である。
御礼をすることができてほっとした。
ささやかかつ幸せな満足感に浸っている。


あの自信たっぷりな態度で間違えてくれた運転手には、うかつにも日本円換算で100円もチップをやってしまって、物乞いの人からお釣りをもらうことさえあるケチな俺としては痛恨の極みなのだが酒は安いし女の子はめちゃめちゃきれいだし冬の間は街を歩いても日本人は見かけないしテレビをつけても白痴顔の統合失調症者どもは出てこないし歩いていけるところに可愛い女の子がいるパブが山ほどあるしで、まったくここは素晴らしいところだと思う。


酒の安さについてだが俺の部屋から歩いて3分のところにあるパブでは、コーヒー一杯とウオッカのショット2杯(100cc)が同じ値段という価格設定である。
そこの前を通らないと部屋に帰れないので必然的に毎日最後はそこで飲んでしまうのだが、この幸せ価格はハッピーアワーどころの話ではない。
酒屋の立ち飲みならさらにその半分だ。
街の中心の観光客だらけの店でも100cc頼んだら、どう見ても250ccぐらい入ったデカンタが目の前に置かれたことがある。
残すともったいないからもちろん全部飲んだが、俺のアル中化が加速しそうな街である。



ブティックを探し当てて4日後のことである。
夕方、パブから出て街の中心を歩いていたら、にゃーにゃーと猫のか弱い鳴き声がする。
見ると地上3メートルぐらいの木の二股部分に猫がいた。降りられなくなって鳴いていた。
その二日前から大雪がふり40センチぐらい積もっていた。
動けなくなった車が道路のあちらこちらに放置され、都市機能はストップしていた。(なぜかこの街ではタイヤにチェーンを巻いている人がまったく存在していなかった。スニーカーしかもっていなかった俺は毎日部屋に帰ると中までぐっしょり濡れた靴を乾かすのが、まず最初にやらねばならないことだった)
で、俺のいるところから猫が鳴いている木までは10メートルぐらいあり、その木にたどり着くには雪のなかをズボズボいくしか方法がなかった。
スニーカーの俺としては、猫を降ろしてやりたい気もあったがしばし逡巡していたのである。
すると20代半ばと思われる女性が木のそばに通りかかった。
猫に気づくと、自分のバッグからバインダーのようなものを取り出し、頭上の猫に向かって差し出し
「クスクスクスクスクス」
と呼びかけ始めた。
笑っているのではなくこの国の人の猫を呼ぶときの言い方のようだった。
このバインダーの上に着地しなさい。
女性は、そういっているのだった。
猫はこわがってなかなか降りてこようとしなかった。
雪がちらつく中、優しいその女性は根気よく20分ぐらい猫に呼びかけていた。
しかしやはり猫はおりてこなかった。
すると、どこで見ていたのかアルミのはしごをかついだおばあさんが現れたのである。
女性ははしごを受け取り木に立てかけ、無事猫を救出した。
俺がパチパチパチと拍手をすると女性はガハハハハというかんじで豪快に笑った。
猫は俺と違って礼儀知らずなので礼もいわずにあっという間に立ち去った。




この数日後、凍った雪ですっ転び、前歯の一部を欠損した。おまけに持っていたスーパーの袋から飛び出したピクルスの瓶があばらを強打した。あばら骨にひびが入ったのはわかったのだが医者に行ってもギブスはめられるだけだから、歩くことに支障はないしそのままほっておくことにした。
このペースではこの先何回転ぶかわからないので、もったいなかったがデパートに行って一番安いブーツを約4500円で買った。
あばら骨よりも犬の糞の上に転んだらマジ悲惨だな、という思いが主な購買動機である。











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刺身が食べられるカフェ発見。バカ高いジャパニーズレストランに行かずともウオッカ&刺身という黄金コンビを堪能できる。醤油もわさびもナイスです。



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ファッションビルやデパートや街のあちこちに、こういう広くてきれいで安くておいしいセルフの食堂がある。


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米も肉もスープも最高にうまいっす。



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ボルシチ&白いご飯。
日本人は知らないだろうが、これがまたなんと最高なコンビネーションであることか。めちゃうま。もうひとつはスライスしたチキンにパイナップルとチーズをのせて焼き上げたもの。うますぎる。





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ここはカナダではないんだが、カナディアン主催のボクシングデーパーテイにて。このイギリス人のカップルとスコットランド人は本当に親切ないい人たちだった。
頼むからそんなに気をつかわないでくれと言いたくなるほど(実際に言ったんだが)あれやこれやこまごまと俺に気をつかってくれた。ただし気をつかってくれることの一環でイギリス人がやたら日本をほめていたことだけには閉口。まあ俺が日本人嫌いとは知らないんだから悪気がないのはわかってますが。
後姿で残念だがこのイギリス人の女の子はすごい美人でJulie Delpyの若いときにそっくり。性格もとても可愛らしかった。
今まで会ったイギリス女は皆とてもいい子だったので小声でこっそりいうが,初めてEnglish roseに会いました(笑)。
のこのこ極東の白痴歌合戦にやってくるぶっさいくなおばさんとはまさに対極のイギリス人女性だった。
さて上でも書いたように真のコミュニケーション能力とは、言語が通じない相手にいかに自分の意思を伝え、言語が通じない相手の意思をいかに正確に読み取るかの能力だ。そこではうわべの社交性よりも人柄がものをいう。
この国ではほとんど英語が通じないんだが、このパーティのあと行ったクラブでこのイングリッシュマンとスコティッシュマンはあっというまにローカルの人々と打ち解けていました。さすがですね。






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顔も性格もとても可愛らしいスラヴ娘のビクトリアと寝起きで視線が定まらないファッキンクールなジャパニーズガイ。




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大晦日のディスコ。
ホテルの中にあるディスコなのでかなり料金が高い。必然的に客層も年齢が少し高い。箱がしょぼくてもいいから学生が集まるようなチープなディスコに行ったほうがよかったかもしれない。ただこのダンサーたちのショーは金を払ってでも見る価値充分だったけれど。みんな体がきれいすぎるのでうっとり見とれてしまう。
新年のカウントダウンの前にスクリーンに大統領の挨拶が流れる。
日本で同じことやったら「鳩山死ね」「鳩山うぜええ」「鳩山すっこんでろ」のあらしになるに決まっているんだが、この国ではそれなりに尊敬されているようだ。
あとレディガガみたいな政治家がいてよくニュースに出ている。その人はなんかの大臣みたいだ。レディガガ大臣。










過去記事の「よみうりテレビのストーカーばばあ」もぜひ読んでください。このくそ女を自殺させるまでこれを張り続けます。自殺しないつもりなら自ら手を下す。この女やこいつとかかわってるカスどもの口に爆竹1000本ぐらい突っ込んで破裂させたらどれだけスッとするか(この知恵遅れどもはバーチャル自殺でごまかそうとしやがって更なる怒りをかった。この白痴どもは俺の憎悪を際限なくかきたてつづける)。
どーもー、何かご迷惑おかけしましたかあ?




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