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就職氷河期世代を読み解くための5つの疑問  2007.03.26   

フリーライター 宮島 理(みやじま・ただし) 氏

 
<略歴>
1975年生まれ。山形出身の大阪育ち。現在は関東在住。
東京理科大学理学部物理学科中退後、IT系企業設立を経て1996年、フリーライターに。
新著『就職氷河期世代が辛酸をなめ続ける』(洋泉社)が好評発売中。

<編集部注>
今回は若手ライターに登場いただきました。良い仕事をすることで定評ある宮島氏の業績等詳細を知りたい方はhttp://miyajima.ne.jp/をご覧下さい。
中を拝見すると仕事募集中との御由、読者の皆様、よろしくお願いします。
メールアドレスは info@miyajima.ne.jpです。

 
 流行りの「格差」という物言いには、2つの意味が含まれているように思う。まず1つは、「結果の平等」という昔ながらの主義主張の復活である。もう1つは、構造改革で奪われた「既得権」の復権である。

 しかし、「格差」の本質は、「中流の没落」あるいは「没落感」にあるのではないだろうか。「中流」が「中流」であり続けるためには、「機会の平等」が保証された世の中で、次世代においても社会への「新規参入」が行われ、「中流」的な生活の再生産と資産形成が可能となる必要がある。問われているのは「結果の平等」ではなく「機会の平等」だ。これは、極端な話、新自由主義の立場からも導き出しうる問題意識である。
 
 その意味で、「格差」の問題とは、長期不況と雇用制度の弊害が特定の世代にしわ寄せされていることに尽きる。就職氷河期に「新規参入」を拒まれた人たち(就職氷河期世代)が、そのまま「雇用の調整弁」として不安定な生活を強いられている。生涯収入は「中流」にはほど遠く、資産形成など遠い夢となりかねない。
 
 先日、就職氷河期世代こそが問題であるとの立場から、『就職氷河期世代が辛酸をなめ続ける』(宮島理/洋泉社/税込1,000円/ISBN:486248123X、http://miyajima.ne.jp/index.php?mode=res_view&no=44)を上梓した。本稿は、この拙著をベースに書かれている。
 
 就職氷河期世代に属さない年齢の人たちには、正直、差し迫った問題ではないだけに、関心がない人も多いだろう。そこで、5つの「素朴な疑問」に答えるというスタイルで、就職氷河期世代を読み解いてみたい。
 
■疑問1 「景気回復で新卒採用は売り手市場だし、非正社員から正社員になる人も増えている。就職氷河期世代などというのは幻影ではないか」
 
 確かに2007年春卒の大学新卒求人総数を見てみると、バブル絶頂期とほぼ同水準にまで回復している。また、徐々にではあるが、非正規雇用から正規雇用になる「正規化」の動きも出ている。
 
 厚生労働省による2006年上半期の転職動向調査では、転職者全体のうち「パートから正社員」に転職した人の割合が9.1%となっている。これは、前年同期比で0.3ポイント増だ。一方、「正社員からパート」に転職した人の割合は、0.6ポイント減の8.7%になっている。
 
 ただ、雇用者数で見ると、まだまだ状況は厳しい。総務省による2006年7〜9月期平均の労働力調査では、雇用者数は5115万人で、前年同期比94万人増となっている。そのうち、正社員は3408万人で36万人増、非正社員は1707万人で57万人増。つまり、正社員は増えているのだが、それを上回る勢いで非正社員も増えている。
 
 一方、25〜34歳層では正社員が15万人減、非正社員が5万人増である。こちらは、正社員が減って、非正社員だけが増えている。全体として雇用環境が改善されているなか、就職氷河期世代は依然として「流氷」に取り残されていることがわかる。

 年齢階級別のフリーター数の推移を見ても、就職氷河期世代が取り残されている事態が見えてくる(右図「年齢階級別のフリーター数の推移」)。

 大卒フリーターが、そのままフリーターであり続けているのだ。


 まず15〜24歳のフリーター数は、バブル崩壊以前から、緩やかな増加傾向にあった。2003年の119万人をピークに、2005年には104万人にまで減っている。
 
 一方、25〜34歳のフリーター数は、バブル崩壊後に急増。最近でも100万人弱の高止まりになっている。これは、就職氷河期に大卒フリーターとなった者が、そのままフリーターであり続けているのではないだろうか。
 
■疑問2 「まだ若いのだから、これからいくらでもチャンスはあるだろう。1度や2度の失敗であきらめている根性無しが多いのではないか」
 
 近年の新卒採用増は、景気回復ということがもちろん大きいが、それと同時に「2007年問題」も影響している。「2007年問題」とは、人口比率が多い「団塊世代」(2001年現在で全雇用者のなかで13%強を占めていた)が、2007年から2010年にかけて順次、定年退職を迎えることで、労働力不足がやってくるという問題である。
 
 さらに、失われた10年に企業内で発生した「人員構成の歪み」も、新卒採用増に拍車をかけている。
 失われた10年は、団塊世代がベテランとなり、人件費が高騰した時期だった。団塊世代の賃金総額は、全雇用者のなかで16.2%にもなっていた。大企業に限れば、その割合は17.6%にもなっている(いずれも2001年現在)。そのため、団塊世代を対象とした人員削減も行われたのだが、「既得権よりも新規参入を排除した方がラクチン」というのが世の常。人件費を抑えるために、企業は新卒採用を減らしたり、ゼロにしたりした。
 
 「既得権よりも新規参入を排除した方がラクチン」というのが世の常なら、「中途採用よりも新卒採用した方がラクチン」というのも世の常だ。失われた十年に就職氷河期世代を「雇用の調整弁」とした結果、企業は「若い労働力不足」となった。しかし、いざその「若い労働力」を補おうと思ったときに、対象となったのは就職氷河期世代ではなく、ポスト氷河期世代の新卒たちだったのである。
 
 就職氷河期世代とは、だいたい1994年から2004年に卒業した大学生たちが相当する。生まれた年で言うと、1971年から1981年生まれぐらいの人たちだ。2006年度時点では、年齢にして25歳から35歳くらい。新卒ですぐ就職できていたとすれば、入社3年目から13年目に当たる。
 
 彼らのうち、20代後半の人たちであれば、「第二新卒」枠でギリギリ会社に潜り込めるかもしれない。ただ、30歳以上になると、それも難しい。中途採用市場は即戦力が求められるものであり、「実務経験」の足りない年長フリーターなどが入り込む余地は少ない。
 
 企業の正社員採用方針についての各種アンケートを見ても、新卒採用に偏っている。主婦や定年退職後のOB活用についても意欲的な企業は少なくない。しかし、「実務経験」のないフリーターなどの正社員採用は、多くの企業が二の足を踏んでいる。
 
■疑問3 「就職氷河期世代であっても、就職して立派に働いている人はいる。就職できていない人は、単に能力が足りないだけではないか」
 
 個人が自力でスキルを磨き、常に開放された労働市場のなかでキャリアを積んでいくという社会であれば、そのように言うこともできるだろう。
 
 しかし、現実には、新卒学生など、どいつもこいつも「使い物にならない」からこそ、一括採用で企業がゼロから育て上げるものだ。そして、その後は閉鎖的な労働市場のなかで、企業に就職できた者だけがキャリアを積んでいくことができる。
 
 一方、一括採用枠の激減で企業からハジかれた人たちは、中途採用を狙ったとしても、即戦力にならないからとハジかれる。「実務経験」を積めないから、いつまで経っても即戦力にはなれない。負のスパイラルである。
 
 結局、「新卒一括採用」という日本の雇用制度が、予期せぬ弊害を生んでいる。就職氷河期に就職できなかった人を「無能」と呼ぶためには、「即戦力となる新卒」という存在が前提になるはずだが、それが形容矛盾であることは、誰もが認めてくれるだろう。
 
■疑問4 「就職難なんていつの時代にもある。そんなことで大騒ぎするのは甘えている証拠だ」

 戦後には、何度かの「就職難」が存在した。しかし、就職氷河期はそれらとはまったく違う、初めての出来事だった。
 1950年春卒から統計が取られている大卒就職率について見てみよう(「大卒の就職率」右図)。

 この場合の就職率とは、その年の春に卒業した大学生全体に対する就職者の割合である。

 
 まず1950年春卒の就職率は63.8%である。この数字が、バブル崩壊までの最低値であった。もっとも、1950年は学制改革があったため、統計にズレがあり、低めの数字になっているようだ。
 
 1951年春卒からは、ずっと70%以上が維持されている。1955年春卒、1976年春卒あたりが、一般に「就職難」と言われてきた時期だ。1955年春卒の「就職難」は、相当大変だったとされているが、それでも73.9%である。1976年春卒は、第一次オイルショックの余波で、当時、戦後二番目に悪い就職率だった。しかし、それが70.7%だというから、就職氷河期世代にしてみれば夢のような「好景気」だろう。
 
 ちなみに、戦後最高は1968年春卒の81.7%。高度経済成長の頃である。2006年に「いざなぎ超え」をしたと言われているが、就職率を見る限り、その実感は乏しい。
 
 就職氷河期の就職率の変遷を見てみると、初めて「氷河期」と言われた1994年春卒が、70.5%と意外に高かったことがわかる。その後、60%台に突入すると「超氷河期」と言われるようになる。横ばいで踏ん張っていると思われたが、1999年春卒に60.1%、2000年春卒に55.8%と、ついに50%台の「超超氷河期」がやってくる。2003年春卒では、過去最悪の55.0%を記録している。
 
 就職氷河期に匹敵する就職難と言えば、「大学は出たけれど」と言われた、戦前の昭和恐慌ぐらいである。昭和恐慌時の就職難は、就職氷河期を上回る深刻な事態だった。その生き証人でもないかぎり、「就職氷河期なんてたいしたことはない」と言い捨てることはできないだろう。
 
■疑問5 「そもそもどうして正社員にこだわるのか。正社員になっても『社畜』としての辛い人生が待っているだけだ。フリーターや派遣社員として気楽に生きていく方がいい。今の若い人たちは、人生の選択肢がたくさんあってうらやましい」
 
 フリーターや派遣社員のなかには、比較的働く時間を選べて、フレキシブルに生活できるということもあり、主体的にその労働形態を選んでいる人もいる。派遣社員のなかには、正社員以上の収入を得ている人もいる。
 
 しかし、多くの人は、正社員になりたくてもなれなかった、という消極的な理由によるだろう。実際、フリーターなど非正規雇用の賃金は、正規雇用の6割という統計が出ている。
 
 また、偽装請負や違法派遣という問題もある。労災、年金、雇用保険、安定的な雇用といった、賃金に現れないさまざまな問題が、放置されている現実がある。決して、正社員よりも「自由」なのではなく、「雇用の調整弁」として使われているだけなのだ。
 
 理想としては、正社員、フリーター、派遣社員、業務委託など、労働形態にかかわらず自由にそれを選択し、いくつになってもフレキシブルに働ける世の中が望ましい。しかし、現状では、「社畜」と揶揄されようが、正社員になることが比較的有利な道であることに変わりない。
 
 以上、就職氷河期世代の問題点について整理してみた。就職氷河期世代のナマの声や、その他の細かな、しかし重大な問題点、さらに具体的な対策や将来展望については、拙著『就職氷河期世代が辛酸をなめ続ける』にまとめてあるので、目を通していただければ幸いである。
 

 
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