山田洋次監督の映画「おとうと」の公開を楽しみにしている。吉永小百合さん演じる姉を生涯にわたって困らせる弟役は笑福亭鶴瓶さん。
なぜこの映画を楽しみにしているのかというと、作中に出てくるホスピスが実在の看取(みと)りの場所「きぼうのいえ」をモデルにしている、と聞いたからだ。
「きぼうのいえ」は山谷にあり、そこで人生の最期を迎えるのは家も身寄りもない人たちなのだ。
“日本版マザー・テレサ”のような事業をやっているのは、山本雅基さんと美恵さんという夫婦。
美恵さんは看護師の資格を持つが、雅基さんは医療関係者ではない。大学のときに御巣鷹山の日航機事故の報道を見ながら、「こういう地獄のどん底に突き落とされたようなひとと歩もう」という思いにとらわれ、いろいろな道を経て2002年、21人の入居者を迎えて「きぼうのいえ」を始めた。そのあたりの経緯は、著書「山谷でホスピスやってます。」にくわしく書かれている。
山谷で暮らす人の多くが、故郷や家族を捨て、ときには自分の人生さえ捨てて生きているが、余命が限られた状態で「きぼうのいえ」に来ると、いやでも介護者の世話になる。
どんなにまわりに心を閉ざしていても、おむつを替えてもらわなければならない日がやって来て、介護者とほほ笑みを交わし合うとき、孤独だった人の心が、壁が崩れる。
「迷惑をかけまいなんて、がんばらないほうがいい」と山本夫妻は思う。「喜んで世話になる生き方」があると思ってまかせてくれれば、介護する側も充実した幸せな気持ちになれるのだという。
ここまで孤独ではない私たちも、日ごろ「誰の世話にもなっちゃいけない」と身がまえすぎてはいないだろうか。
「これ、お願いできないかな」「ちょっと教えてくれる?」と誰かに頼り、拒絶されたり、迷惑がられたりしたらどうしよう、と思うと、つい心を閉ざしてしまう。
でも、本当は「喜んで世話になる生き方」があってもよいはずだ。というより、私たちは喜んで世話になり、また誰かの世話をしながらでなければ、本来は生きていけないはずなのだ。
映画に出てくる“おとうと”は、はたして人生の最期に「喜んで世話になれる」のだろうか。映画館で確かめてみようと思う。
毎日新聞 2010年1月26日 地方版