――今後も前途洋々に見える谷口先生ですが、過去のお話も伺いたいです。若い読者さんも気になるところだと思うんですが、修行時代の話もぜひ…。
谷口:私の作品に、若い読者いるかどうかわかんないねえ(笑)
SQ:います!というか若い読者にぜひ読んでほしい! 高校を卒業されて、一度会社勤めをなさって、それからマンガ家を目指されて。…きっかけはどういったことですか?
谷口:その頃の話を描いた本が、小学館で出たばっかりです。『冬の動物園』っていうの。
SQ:あ、今年の3月ですね。
谷口:はい、そこに体験が3分の1くらい入っているんですよ。会社勤めの時代から、辞めてアシスタントになるまでの時代を描いてます。ストーリー自体は90%作り話だけど、マンガ家になった経緯として…。実際は、会社には8か月くらい勤めたかな?
SQ:8か月でお辞めになってしまい?
谷口:辞めました(笑)。すぐやんなっちゃって。いやになったというか、勤めてようやく気づいたんです、自分が何をやりたいのか。それまではマンガ家になるなんて全然考えられなかったんですね、30年40年前っていうのは、方法さえわかんなかった頃だから。だから、アシスタントっていう方法が一番早くて、たまたま、マンガ家を知ってる友人がいたから、うまく東京に出てこられたんですけど。それがなければ、どうなっていたかわかんないです。
SQ:じゃあ、十代の頃から絶対マンガ家になろうとは…。
谷口:いやいや、なかったです。マンガ家って職業が何をするのか、どういう世界かさえわかんなかった。石ノ森章太郎さんとか、手塚治虫さんが活躍してたから、マンガの描き方自体はだいたいわかるんだけれども、なる方法は…。賞に応募するっていう手段も、当時はなかったからね。少年サンデーか少年マガジンくらい。
SQ:ちなみに、リスペクトされていた作家さんはいますか?
谷口:当時は、やっぱり劇画系かな。手塚さんとか少年誌から入って、だんだん劇画の方に行って、貸本時代にすごく影響を受けたんで。さいとう・たかをさんとか永島慎二さんとか、えーと平田 弘史さん? 古い人ばっかだけどね。あと…白土三平さんや、水木しげるさんとかも。
SQ:すごいビッグ・ビッグネームたちばかりですね。
谷口:うん。そういった影響を受けまして。だから少年マンガじゃなく、青年マンガを描きたいと思ったのかな。でもアシスタントに行ったところは石川球太さん…少年誌の作家のとこだったんですけどね。
SQ:そこから、どうやってこういう絵の境地にたどりつかれたのかって思うんですが。編集の仕事をやってて、今のマンガ界を見渡してもこういう方はいないと思うんで。
谷口:真似する人がいないんですよね。
SQ:できないですから(笑)。
谷口:だから、アシスタントも、こういう絵は自分では描きたくないって。で、全然違う絵になっていきます(笑)。私のこういう作風は、長年の過程ですけど、実はBDの影響は大きいんです。30年前、アシスタント時代にイエナという洋書店で初めてオールカラーのBDを見て、衝撃を受けたんですね。そこに、日本のマンガじゃない絵があった。リアリティを感じたのかな。物語は読めなかったけど、とにかくこれはちょっと真似しなきゃと思って、メビウスなんかをけっこう、模写しましたね。そういう過程もあるから、自然にヨーロッパの読者に見やすい絵になったのかなーって風には考えますけど。どうだろうなあ。
SQ:模写や勉強をされて、だんだん絵も変化されていったんですね。
谷口:そうですね。ジャン・ジローの「ブルーベリー」っていう西部劇のシリーズがあって、それを見たとき、この絵ならなんでも表現できると思ったんですよ。ユーモアもアクションも、日常の話も描けるなって思った。すごく幅の広い絵柄だなと思って、勉強はしました。日本の作家にもいろいろ影響を受けましたよ。池上遼一さん、村野守美さんとか。
SQ:それは30代ぐらいですか?
谷口:そうね、30代かな。その頃は原作者と組む仕事も多かったから…、あの〜いろんな原作者と仕事しますと、出来上がってくるストーリーが全然違うじゃないですか。すると、今まで描いてる絵じゃ、これは表現できないなというのもあって、試行錯誤して変えていきました。それで幅が広がっていったのもあると思います。
SQ:ちょっと原作者さん方についての印象も伺いたいんですが。たくさんの方と組んでらっしゃるので。
谷口:いやあ、私が語るのは…。
SQ:夢枕獏さんは、先方から熱くオファーされたのは有名ですね。
谷口:獏さんはそういう経緯がありましたね。狩撫麻礼さんとか関川夏央さんとか矢作俊彦さんなんか思い出すと…。懐かしい人ばっかりですね。
SQ:久住昌之さんは?
谷口:やりやすかったです。でも、人がどうこうだったとかではなく…やっぱり原作者とやるのは難しいことなんですよ。大げさに言えば戦いだったね。相手をぎゃふんと言わせなきゃいけないって気持ちでいつも描いてたから、あの〜、けっこう疲れることもありました(笑)。
SQ:そうとう、切磋琢磨されたんですね。
谷口:最初は、関川さんとやった作品が多かったけど、そのあと狩撫さん…の原作をやったときに、これは今まで描いてた絵じゃなく、もっと激しい絵にしなくちゃいけないなとか、いろんなこと考えてやってたから、そういうしんどさですね。いろんな人たちと仕事をやったおかげで、今があるのかなと思います。
|