−−ということで三省堂・神保町本店さんで、谷口先生のフェアを展開されておりましたが。
谷口:ええ、伺っています。特集してますっていうことで、写真を撮ってきてくれたので。「『孤独のグルメ』だけではない」のように書いてくれて感謝しています。その方が手がけてくれたんですよね。
SQ:そうなんです。「孤独のグルメだけじゃない。他も逸品ぞろい!」ということで、赤坂さんは『犬を飼う』をとても推してらして。
谷口:(文庫版を手にとって)でもこれ、もう大きい版型は出ていないんですよねえ。
SQ:谷口先生の緻密な絵は、やっぱりA5版でなくちゃってファンはいいますよね。
谷口:こういう文庫サイズになると、年を取った人には読めないんですよねえ。文字が小さくて(笑)。今度、また大版を出してくれるみたいですけどね。
SQ:三省堂本店さんでは、40代〜50代男性のお客さんも多くて、そういった方は文庫版が手にしやすいこともあるようです。文庫売場とコミック売場が併設なので、その流れで手に取ると。『孤独のグルメ』だけで、月に50冊出るそうです。
谷口:50冊も?
SQ:そうなんです。それで、やっぱり神保町は渋いグルメダンディも多いという話から、ぜひ谷口先生に…という流れになりまして。
――三省堂さんお薦めの『犬を飼う』を中心に、まずお話を聞かせて頂きたいんですけども。これは、ずいぶん前のお話ですね、愛犬が亡くなられたのは…。
谷口:そうですね。15年以上前かなあ。
SQ:「新分野へのきっかけになった」っていう風に巻末に書かれていましたが。
谷口:きっかけっていうか、なんだろう。その前に、感じの似たようなものは挑戦していたんですよ。『「坊っちゃん」の時代』という。明治の世相とか人間そのものを濃く描きたくて、今までのアクションタッチでは描けないような作品だったから、試行錯誤しながら絵や構成を変えていったんですね。3巻目くらいですかね、何とか形がつかめたのは…。で、ほかの出版社から、そういう作品をやってほしいっていう依頼がくるようになりまして。最初にこのタッチでやったのは『歩く人』という作品です。あまり知られていないかもしれないけれど(笑)。
SQ:小学館文庫で手に入りますよね。
谷口:で、その『歩く人』を見て、小学館の担当から、そういう作品をやらないかって。最初から『犬を飼う』のようなものを描こうとは思っていなかったんです。当時も時代劇、アクションもの、と色々お誘いはあったんだけど、ちょうどその頃に愛犬の死があって。こんなことがあったよと自分の体験を担当に話してみたら、「それ、やろう。今だからそういうマンガもあるよ」って言ってくれたんです。こんな地味な話をマンガにしておもしろいの?って言ったんだけどね。それがきっかけですかね。
SQ:僕達SQ編集部にも、同じような状態の老犬を飼ったり、犬を亡くした人もいて…。ペットを長く飼ってらっしゃる家庭も多いと思います。それをああいう風に淡々とお描きになって、どれほどの心境だったかと思うんですが。
谷口:心境…なんて、ねえ。思い出とか、死ぬ間際の姿が蘇りますから、それはつらいですよ。でも、残さなきゃいけないっていう気持ちがあったんですよ。これは描いておかなきゃいけないと思った。理由はあとがきにも書いていますが、当時はペットブームのはしりで、飼ったはいいけど、すぐ捨てたりするような人もいたんですね。動物が悲惨な思いをするから、飼うなら最期までみる覚悟をしようっていうメッセージをこめようと思ったんです。私も、最初に飼ったときはこんな思いをして看取るなんて思ってなかったから、大変なことなんだなあって…。そんな気持ちです。本当は、仔犬のときから描きたかったけど、長くなりすぎるからやめました(苦笑)。
SQ:あとがきにもありましたけど、やっぱり最期の一年に限ったことで、物語が凝縮されて、緊迫感が出てきたと。
谷口:うん、そう思っています。だらだら〜っていかないで済んだのかなあって。描きたい部分だけをしっかり描けたかな。
SQ:犬が欲しいって気楽に思ったりしますが、改めて読ませていただくと、ホントに覚悟して飼わなきゃダメだなと思わされます…。
谷口:じゃあ、効果があったということかな(笑)。
SQ:一見お涙ちょうだいになりがちな話ですけど、淡々と克明に描かれているので、動物を飼うのはこういうことだと、リアルに伝わります。犬は大事だけど自分の生活もあるし、全部が全部犬の側には回れない、でもちゃんと看てあげたい。だからイライラする気持ちもすごく伝わりました。
谷口:いやー、もっとイライラしましたけどね(笑)。現実はあんなもんじゃないです。早く死なせてやったほうがお互い楽かと思ったこともありました。犬にとってはどうしたらいいのか。そこが一番悩みましたね。安楽死という方法をとらないのかって非難もあるだろうし。犬がかわいそうじゃないかとか、意見はいろいろ分かれるところだから。
SQ:そういう、生死の倫理みたいなことは、本当に難しいですね。担当さんとは表現をどうしようとか、揉み合いはありました?
谷口:いや、もうそのとおり描けばいいんじゃないかということで、ありのまま表現しました。最後まで悩みましたけどね。獣医さんに、この末期の状態って苦しいの?って聞いたら、「いや、これはもうボーっとしてる状態で、痛いとか苦しいっていうものではない」って言ってくれたので。本当の感覚はわからないですけど、やれるだけのことはやろうと。
SQ:実際に犬の苦しみはどうなのか、ですよね。
谷口:そう、そこ。もう状態はわからないですよね、痛い苦しいって訴えられなくなってるのかもしれないし。とにかく、生きようとしてるならそれを手助けするということしか、やり方はなかったです。そこはもう、獣医さんと相談しました。家にも来てもらってましたし。
SQ:往診にいらしたんですか?
谷口:もう連れていけなくなってたから。そういう幸運はあったかな。いい獣医さんが近所にいて、なんでも相談できましたからね。
SQ:お描きになりたかったことって、本当は何倍も…、たくさんおありでしょうね。
谷口:いっぱいありますよ。こういう最期だけじゃなくて、楽しかったこともね、描きたかったんだけど、そういうのは全部カットしちゃったから。
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