神奈川新聞 2010年(平成22年)1月18日 月曜日 かながわ 時流/自流 この人が語る 参政権を見詰め 「自由で心豊かな社会の試金石になる」 青丘社理事長/「重度さん  壁に掛かったモノクローム写真が時代の緊迫感を伝える。1980年代半ばの川崎臨港署前。対峙(たいじ)する警官隊に男性が詰め寄る。当時、外国人に義務づけられていた指紋の押捺(おうなつ)を「犯罪者扱いする差別的制度」として、拒否運動が全国に広がった。在日コリアン2世としてその先頭に立ち、デモを率いた。            □■□  「警官は体格がすごくてね。押してもビクともしない。でも、ある警官がふと漏らしたんだ。『私も指紋制度なんて必要ないと思う』って」  旧知がそろって「コワモテの運動家」と振り返る、かつての闘士が裏話をおかしそうに語る。その姿からは、ただ差別を糾弾し、権利を声高に求めるのではない、対話と相互理解を呼びかけてきた生きざまが透けて見えるようだ。  「あんな嫌な制度は早くなくし、共に生きようという日本社会へのラブコール。そう言う思いでした」  あれから四半世紀。18日招集の通常国会で、永住外国人に地方参政権を与える法案が審議されようとしている。「成立すれば、地域の構成員としてやっと認められるという感慨はわくだろう。同時に、単なる権利ではない、地域社会に参画する責任を担い、義務を伴うものだという思いもある」            □■□  参政権の付与へ反対の声は、にわかに上がる。そこに耳を澄ませてこそ、本質は立ち上ってくる。  11日、横浜駅前で開かれた反対集会。日の丸を掲げ、群衆が叫んでいた。「選挙権がほしければ帰化しろ」  帰化−。在日であるがゆえ、想起される歴史がある。  「開国以来、日本は西洋の文化を取り込み、豊かになってきた。脱亜入欧の先に朝鮮半島支配があった。統治の最終目的は同化だ。日本人につくり替えることで優秀な労働者、兵隊として活用し、同時にそうしなければ、渡した銃剣の矛先が日本人に向きかねないと思ったからだ」  抑圧しているがために陥る疑心暗鬼。「日本を乗っ取られる」の誇大も「治安が悪くなる」の短絡も、歴史がもたらす外国人観に根ざすものならば、一笑に付すこともできなくなる。  つまり、いまに置き換えればこうなる。少子高齢化の時代、労働力を補う外国人の受け入れは加速する。だが権利を与えず、阻害している限り、疑心暗鬼は続く。グローバル化とはあらゆる外国人とも隣人になり得る社会なのに、その隣人に終始、目を光らせていなければならない・・・。  「それは日本人にも息苦しく、不健全な社会。制度が意識をつくる。参政権を認めるか否かは、日本人にとっても自由で心豊かな社会を気付いていく試金石になるのです」  ルーツとしての民族につながりを持ち続けることを受容しながら、地域の一員として政治参加を認める。いま、その意義が浮かび上がる。横浜開港150年の節目が過ぎ、ことしは日韓併合100年。同化か排除を迫るゆがんだ外国人観、猜疑(さいぎ)の呪縛(じゅばく)からの解放。「だから『坂の上の雲』も『龍馬伝』も物語としては面白いが、踏み台にされたアジアの視点抜きに近代史を描くのは、抵抗があるなあ」。閉塞した時代の空気に、法案の成立を楽観はしていない。  諭すような口調、ラブコールは続く。「反対している人には若者もいるようだけど、いつ外国人に恋をするか分からないじゃない。男女の仲は理屈じゃないから」  最近、長女から結婚したい人がいると打ち明けられた。歩けぬうちからキムチを食べさせ、民族名を隠さず名乗り、朝鮮民族の伝統芸能「パンソリ」を歌いこなす自慢の娘。「これが相手が日本人なんだ。驚いた。アイツだけは、同胞と一緒になると思っていたから。まあ、これも時代の流れ。受け入れなきゃあ」。たっぷりとたくわえた白ひげを揺らし、おかしそうにまた、破顔した。 写真右:外国人参政権がもたらす意義を熱っぽく語る「重度さん =川崎市川崎区 写真下:◆外国人地方参政権法案 民主党が検討している法案は、地方自治体の首長と地方議員の選挙権を永住外国人の成人に認めるもの。対象は、在日コリアンら旧植民地出身者とその子息の「特別永住者」約42万人と、中国人や日系ブラジル人、フィリピン人が多くを占める「一般永住者」約49万人。 ペェ・ジュンド 東京生まれ。在日コリアンが数多く住む川崎市川崎区で地域活動を通じて在日が抱える諸問題に取り組んできた社会福祉法人・青丘社の理事長。現在は国籍を超えて保育や高齢者福祉、障害者福祉などを手がける。04年に多文化共生社会実現に貢献したとして神奈川文化賞受賞。同胞の妻を16年前にがんでなくし、子供は1男2女。同区在住。65歳 文=石橋 学  写真=浅川 将道