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今週の本棚:森谷正規・評 『知ってほしいアフガニスタン--戦禍はなぜ止まないか』

 ◇『知ってほしいアフガニスタン--戦禍はなぜ止(や)まないか』=レシャード・カレッド著

 (高文研・1680円)

 ◇日本在住の医師が伝える祖国の現状

 タリバンがテロの温床とされたアフガニスタンは、米軍の激しい攻撃にさらされ、新聞、テレビでしばしば大きなニュースになる。しかし、この国の成り立ちを知る機会はあまりない。なぜかくも悲惨な現状に追い込まれたのか、その複雑な国をめぐる事情を具(つぶさ)に知るのは難しい。アフガニスタンから日本に留学して医師になった著者が、悲痛な叫びを発して、知って欲しいと願っている。多くの人に読んで貰(もら)いたい本である。

 まずは、医師レシャードを知らねばならない。その自伝から本書は始まるが、異郷での医学の習得という難行を突破して、日本女性と結婚して医師として自立するのだが、その業績は立派である。学んだ京都大学の結核研究所で研修医を始めて、二つの病院を経て、静岡県島田市の市民病院に派遣されたが、新設された呼吸器科を大きく育てた。

 その後、JICA(国際協力機構)のイエメン結核対策プロジェクトのリーダーとして、妻、四人の娘と二年間赴任して、保健所をつくり、治療マニュアルを作り、医師や検査技師を育成して、イエメンを結核治療では中東でトップの国にした。

 帰国して、松江赤十字病院に呼吸器科を新設する役割で赴任し、成果を上げた頃(ころ)、島田から元の患者や家族が大勢きて、戻って欲しいと切望する。それを受けて「レシャード医院」を設立した。往診に力を注ぎ遠くまで車で走るので「ブルドーザー先生」と呼ばれたが、訪問先で寝たきり患者の実情を知って、介護老人保健施設「アポロン」を開設した。遠方からきた赤ひげ先生である。

 さてアフガニスタンだが、大国に翻弄(ほんろう)されて、国情は激変し続けてきた国であり、国民のたいへんな不幸せに思いを致さざるを得ない。歴史的には「シルクロードの交差点」で、ペルシャ、中国、インドの「文化の十字路」であった。当時は人々は幸せに暮らしていたのだろう。ほぼ半数のパシュトゥン人を中心とする多民族の地であるが、一八世紀に、ペルシャ軍の勇将であったアフガン人が建国して、アフガニスタンが国として登場する。

 一九世紀に入って、まず手を伸ばしたのはイギリスだ。ロシアの南下を防ぐためにアフガニスタンを支配下に治めようと三度にわたって攻め込んだ。第一次世界大戦後にようやく手を引いたが、その間にいまに残る深刻な問題を生じさせた。当時の英領インドいまパキスタンとの国境画定で、パシュトゥン人の住む地の三分の一がインド領になったのだ。それがいま、タリバンを巡っての困難な問題になっている。イギリスはここでも、民族問題がからむ重大な紛争の種を残したのだ。

 次いでロシア。革命によってソ連になったが、イギリスが引いた後に手を伸ばしてきた。ソ連の干渉は、国政を激動させた。それは、民主化を進めて、さらに親共産主義になった政府に対しては、イスラム主義指導者が強く反発するからである。この民主化とイスラム主義は、イスラム国にとってのまさに相剋(そうこく)の難題であるが、共産主義国家のソ連がからんで、問題はいっそう複雑になった。

 そして、一九七九年一二月にソ連が共産主義政権を救うとの名目でアフガニスタンに侵攻して、アメリカが登場してきた。ソ連軍と「ジハード(聖戦)」を闘う「ムジャヒディン(イスラム戦士)」に、CIAが新鋭武器を供給し、訓練までしたのだ。この米ソの争いがいまのテロにからむ大混乱の根本原因であることは、よく知られている。アメリカにとっては、自ら蒔(ま)いた種と言える。

 それをアメリカは、どうしようというのか。米軍を増派して解決を急ぎ、早めに撤退するというが、火をつけてしまった派閥や主義による激しい抗争は、いかにすれば止むのか。

 アフガニスタン復興への国際的な支援はあるが、多くの支援金が派閥の長や公務員の私腹を肥やして、豪華な邸宅を建てて高い家賃で貸し、一方で大部分を占める貧困層の生活はいっそう厳しくなっている。そこで、農民はケシの栽培に走り、それが派閥の武器購入資金になっている。警官や国軍兵士が誘拐などの犯罪に加担しているひどい状況であり、レシャードの嘆きは深い。

 レシャードが幼かった頃は、緑ゆたかな国であり、南部のカンダハールから首都のカーブルまで旅をしたが、野生のチューリップが咲き乱れていた。花咲く木の下で、詩の朗読を聞く自然を愛する生活をする人々であった。

 いまは国土が荒廃しつくしているが、レシャードは、医療と教育でアフガニスタンを支援する「カレーズの会」を設立していて、その八年間の活動も報告している。診療所を建てて、巡回医療車や医療機器を贈り、小学校の建設を進めている。それに対して、現地の人々の寄付や無償での協力が生まれているという。国土とともに荒廃した人の心を立て直す支えになっているのである。

 日本は、アフガニスタンで最も信頼が厚い国であるという。復興への日本の役割を、レシャードは強く期待している。

毎日新聞 2010年1月24日 東京朝刊

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