元麻布春男の週刊PCホットライン

HDMIディスプレイを今買うか、DisplayPortを待つべきか




 どうやって決まったのかは知らないが、5月14日がPC用地上デジタルチューナ製品の一斉解禁日だったようだ。これまでPCの地デジ対応というと、大手ベンダ製のPCに最初から組み込まれる形のみで、アフターマーケット(いわゆる自作を含む)は存在していなかった。それが可能になったのだから、とりあえず1歩前進したことには違いないのだろう。

デルの2408WFPに用意されたDisplayPort

 だが、地デジチューナ製品を利用するにはさまざまな制限/制約が存在する。その中の1つが、デジタル出力する場合はHDCPによる保護が義務づけられていることだ。古い液晶ディスプレイの場合、DVIによるデジタル入力に対応していても、HDCPに対応していないことが多い。そのため、この際、ディスプレイをHDCP対応の製品に買い換えようと思うユーザーも少なくないだろう。

 ディスプレイの買い換えは現実的な解ではあるのだが、1つ悩ましいことがある。それはPCディスプレイ用デジタルインターフェイスである「DisplayPort」の存在だ。現在市販されているPC用ディスプレイの多くは、デジタルインターフェイスとしてDVI(DVI-DもしくはDVI-I)あるいはHDMI、あるいはこの両方をサポートしている。が、DisplayPortに対応した製品はデルの2408WFPなどごくわずかしかない。

 DisplayPortの普及を待たずにディスプレイを買っても大丈夫なのだろうか。逆に、一部にはDisplayPortの普及に疑問を持ち、HDMIだけあればいいという人もいる。はたしてDisplayPortは必要なのか、そもそもどんなものなのだろうか。

●スケーラビリティに優れるDisplayPort

 すでに述べたようにDisplayPortは、PC用のデジタルディスプレイインターフェイスだ。業界団体であるVESAが定めた標準であり、実装自体にロイヤリティは発生しない。特徴は、ディスプレイのRGBデータや音声データをすべてパケット化して伝送する点にある。

 DisplayPortは、ディスプレイデータや音声データを転送する「メインリンク」、デバイスのコントロール等に用いる「補助チャンネル(AUX CH)」、ディスプレイの接続を検知する「Hot Plug Detect」の3種類で構成される。送り側(Source Device、通常はグラフィックスチップ)から受け側(Sink Device、通常はディスプレイ)への単方向シリアルインターフェイスであるメインリンクは、1レーン、2レーン、4レーンのいずれかで構成されるアイソクロナスリンク。データレートとして1.62Gbpsと2.7Gbpsの2種類が定義されている。

 実際の接続がどのように構成されるかは、Source DeviceとSink Deviceの能力、さらには用いるケーブルの特性により決まる。最小構成は1レーン×1.62Gbps、最大構成は4レーン×2.7Gbpsで計10.8Gbpsとなるが、8B/10B符号化によりクロック信号が埋め込まれているため、実際のデータレートはこの8割となる。

 DiplayPortでは、この帯域でどのようなフォーマット(解像度、色数)の画像データを送るのか、どのようなフレームレートにするのか、自由に設定できる。解像度や色数を増やしてフレームレートを抑えることも、高いリフレッシュレートで色数を減らす、といったことも可能だ。

 したがって、どの解像度を実現するにはどの構成が必要、というのは一概には言えないのだが、PC用のWUXGA(1,920×1,200ドット/24bpp/60Hz)解像度をサポートする場合、2.7Gbpsの2レーンで可能だとされている。4レーンであれば、30型ディスプレイに使われる2,560×1,600ドット解像度の30bppカラーにも対応可能で、1レーンから4レーンまですべての構成を1種類のコネクタでサポート可能だ(HDMIで高解像度を利用する場合、現在普及しているAコネクタとは別の、接点数の多いデュアルリンク対応のBコネクタが必要になる)。

 PCI Expressと同じ、外部クロック信号を用いないシリアルバスという特徴から、将来的なデータレートの引き上げも比較的容易だと考えられており、データレートを2倍にした第2世代の規格も検討されている。また将来、光伝送など、さらに高速な物理層が利用可能になった場合、物理層のみを更新した新規格へと移行することも可能だろう。さらにデータをパケットとして伝送する特徴を活かして、1本のケーブルを使ったデイジーチェーン方式でマルチディスプレイを実現することも可能(将来プラン)だとされる。

RGBとクロックそれぞれを専用のチャンネルで伝送するHDMI(TMDS)に対し、DisplayPortは任意のシリアルインターフェイスでパケットとしてディスプレイデータを伝送する(ただし規格上、1/2/4レーンに定められている) DisplayPortでサポート可能な解像度の例。2.7Gbpsの4レーン構成であれば、30型ディスプレイ(WQXGA/RGB各10bit)のサポートも可能

●PC業界が推し進めるDisplayPort

 以上をまとめるとDisplayPortには、ロイヤリティが不要ということに加え、将来の帯域拡張が容易であること、すべての接続が1種類のコネクタでカバーできること、マルチディスプレイの利用が容易になる可能性があること、といった利点がある。しかし、現行のDVI-DやHDMIに対しこうした技術的利点を持つことは、DisplayPortが後出しの規格であることを考えれば、半ば当然のことだ。

 逆にこうした利点があるにもかかわらず、すでにHDMIがある以上、DisplayPortは要らない、という声も聞かれる。DisplayPortがサポート可能という高解像度の市場は、今のところ極めて限られており、特にコンシューマー分野においては、1080p以上の解像度を当面考える必要がない。

 HDMIのロイヤリティは、年会費1万ドルに加え、1最終製品あたり15セントだが、適切なロゴの使用等によるディスカウントで実質5セントで済む(最終製品がHDCPを実装する場合は、さらに1セントがディスカウントされる)ため、大きな差ではないという主張もある。何より米国で市販されるデジタルTVにHDMIの搭載が義務づけられている、という主張だ。

 だが、それでもPCのデジタルインターフェイスはDisplayPortになるのではないかと筆者は思っている。その理由は、上に挙げた技術的な優位性ではない。PC業界がDisplayPortの採用で固まっているからだ。

 DiplayPort 1.1aの規格書にはコントリビューターとして、AMD、Apple、Dell、HP、Intel、Lenovo、NVIDIA、ViewSonicなど、PC関連の大手企業が名を連ねる。これに対してHDMIの規格書の表紙に名前があるのは、HDMIのベースとなったTMDSのパテントホルダーであるSilicon Imageに加え、日立製作所、松下電器産業、Philips Consumer Electronics、ソニー、トムソン、東芝と、見事なまでに家電メーカーが並んでいる。

 現在DisplayPortを支持している企業のうち、PC業界に強い影響力を持つIntelは、もともとDisplayPort支持ではなかった。当初Intelが支持していたのはUDI(Universal Display Interface)と呼ばれるものだった。UDIは、HDMIからオーディオを取り除き、コネクタを1列の簡素なものに置き換えたような規格で、信号的にはDVI-DやHDMIと同じTMDSをベースにしていた。

 ところが2007年1月のCESにおいて、IntelはDisplayPortの支持を表明する。それまでDisplayPortではコンテンツ保護技術としてDPCP(Display Port Content Protection)を採用していたが、DisplayPort 1.1において、IntelがIPを持つHDCPを採用可能とする方針が示されたからだとも言われている。

2006年春のIDFで設定されたUDIのセッション(DHDS001)。この当時のIntelはUDI支持であった 2007年秋のIDFでは、DisplayPortのセッション(IGRS003)が提供された

 これに対してHPやDellといった大手PCベンダは、当初からDisplayPort支持だった。その理由の1つはHDMIのライセンシングスキームにあるのかもしれない。すでに述べたように、HDMIのロイヤリティは最終製品にのみ加わる。たとえばHDMIのケーブルを製品として量販店で売る場合、ロイヤリティの支払いが必要になる。が、HDMI対応ディスプレイにバンドルされるケーブルにはロイヤリティは生じない。チップベンダにロイヤリティの負担がなくても、最終製品の出荷量の多い大手システムベンダほど、ロイヤリティの総額が無視できない。最近話題の低価格PC、Nettop/Netbookでは、たとえ数セントのロイヤリティですら問題になる可能性も考えられる。

 HDMIの最大のポイントは、コンシューマー向けのデジタルTVと接続できることだ。しかし、大手PCベンダが販売するPCのうち、6〜7割は企業向けのクライアントである。これらの多くはDellのPCとディスプレイ、あるいはHPのPCとディスプレイのように、純正のセットで大量導入されていく。おそらくリビングルームのTVに接続されることはないハズだ。

 なぜ自社の製品同士の組合せでしか使われない製品に、ロイヤリティを支払う必要のあるインターフェイスを採用しなければならないのかとは誰しも思うことだろう。たとえ数セントであっても、本来は全く不要なコストなのである。コンシューマー向けのPCにHDMIを採用するのはいい。だが、プライマリなPC用のディスプレイインターフェイスは、ロイヤリティフリーであるべきだというのは間違った主張ではない。

後発のDisplayPortは、市場にある既存のディスプレイに幅広く対応できるよう、最初からアダプタ(コンバーター)を提供する計画となっている

 もちろんDisplayPortの規格にロイヤリティが設定されていないからといって、必ずしも無償で製品を開発/製造できるわけではない。高速なシリアルインターフェイスを実装するのに他社のIPを利用する、といった事例は珍しいことではない。ただ、大手であればクロスライセンスで処理できたり、調達力の高さでIPを含んだ部品等を安価に購入できたりすることも多い。

 これだけPC業界の足並みが揃っている以上、ディスプレイインターフェイスの標準はそう遠くない将来、DisplayPortになると筆者は思っている。DisplayPortは、外付けのディスプレイだけでなく、ノートPCに使われているデジタルインターフェイス(LVDS)の後継にも利用される見込みだ。

 さて、では今HDMI対応のPC用ディスプレイを買うと、将来後悔することになるのだろうか。実は、その可能性はかなり低い。DisplayPortの開発において、DisplayPortのSource Deviceを他のSink Deviceに接続するためのアダプタを提供することが、当初から組み入れられていた。DisplayPortを備えたPC、あるいはグラフィックスカードを、VGA(アナログD-Sub 15ピン)、DVI、HDMIのディスプレイへ接続するためのアダプタは必ず提供される(逆は必ずしも提供されるとは限らない)。

 その価格は、さすがにHDMIのライセンス料ほど安くはないだろうが、それほど高価にはならないハズだ。PC用インターフェイスであるDisplayPortは、家電のインターフェイスであるHDMIとしばらくの間共存するということをDisplayPort陣営も認めている。今購入したデジタルディスプレイが、将来無駄になることはないと思う。

□関連記事
【3月17日】デル、DisplayPort搭載のハイエンド向け24型ワイド液晶
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0317/dell.htm
【1月10日】【CES】DisplayPortのHDMIに対する優位性を解説
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0110/ces15.htm
【2007年4月4日】VESA、DisplayPort 1.1規格を承認
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0404/vesa.htm
【2005年5月11日】VESA、セキュアディスプレイ用新規格「DisplayPort」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0511/vesa.htm

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(2008年5月20日)

[Reported by 元麻布春男]


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