≪talker - Tatumi≫
兎太はその約半分を忘れてしまったけど、
オレたちは本当、
生まれたそのときから一緒だったようなものだから。
だから、これからもずっと、一緒にいられるものだと思ってた。
「―――僕、今度引っ越すんだ。」
「…は?」
“オレたちは、ずっと一緒。”
―――そう、勝手に思い込んでたんだ。本当。
「何だそれ、初耳だ。」
それは卒業式もあと一週間と迫った、3月のことだ。
学校が終わって部活ももう無いし、いつも通り兎太と一緒に帰った…その帰り道で。兎太が突然、そう切り出した。
内心は相当動揺してたんだけど、それをどう口にすれば良いのか分からなかった。
結局オレは、数秒の沈黙の後にそれだけを口にすることには成功する。
「あ、うん。初言いだよ。知ってたら、神秘。」
―――そんな、オレの動揺なんて兎太には分からないんだろう。
オレの言葉に、いつも通りの万人受けする笑顔で返答する。
「あ、くそ。知ってるって言っとけば、お前を驚かせたか…。」
「そうだね、それは相当ビビるよ…。」
兎太の、その声が、表情が。全てがいつも通りで。オレもついつい、いつも通りのふざけた返答を返してしまう。
そんな会話をする場面じゃ、ないのに。
「―――そうじゃなくて、だ。」
「じゃないの。」
「じゃねーよ。」
兎太は、会話のペースが独特だ。いや、独特というか…相手任せなところがある。
だから、話を脱線したら、オレが元のレールに戻すのがいつものことだ。
あまり、率先して話したい内容ではないけども、無視をすることの方が難しい。
「マジでか?」
オレは何とか落ち着いた表情のまま、たった4文字の言葉で話を元に戻した。
「うん、マジだよ。」
「何でだよ。お前の家、持ち家だろ?」
「うん、まあ……そうなんだけどね…―――」
オレの質問に、兎太の表情が一瞬翳る。でも、慌ててその表情を隠すように、さっきのいつも通りの笑顔に顔を戻して。
それから、少しだけ困った風に微笑んだ。
―――オレが、あんまり好きじゃない表情だ。
その表情のまま、兎太は予想外に饒舌に、事の次第を説明し始めた。
オレの家は前に父親が死んでるから、そういう家庭内のお金とか権利とかの事情は何となく分かってると思ったのだろう。
簡潔にではなく、こと細やかに。
―――まあ、しかし。その説明ありのままだと長いので、とりあえず整理する。
兎太の言うことには、兎太が今住んでいる家は、実は伯父さんの物なんだそうだ。
そりゃ、元は兎太の父親や母親の物だったんだけど、その両方が死んだときに権利がそっちの方に行ったらしい。
その辺の細かい事情は、兎太にもよく分からないのだそうだ。
で、亥木が自分が大人になって生活が落ち着くまで―――兎太が小学を卒業するまでは、その家に住まわせて欲しい、と
その伯父さんにお願いした結果が、今の現状なのだそうだ。
それで、兎太が卒業したから家を出なくてはいけない、と。
「―――でね。何か、今度おばあちゃんの家を管理する人が居なくなっちゃったから、その家に住むことになったんだ。」
「…ふぅん…。その、ばあちゃんちってどこにあるんだ?」
「うん、えっと…山梨。」
「―――あー、隣の県か。」
「うん、東京の隣だよ。近い近い。」
「いや、近くはねーだろ…。」
―――ってことは、中学校もオレとは違うところに進むのか。
まあ、こんなテンションで話すんだから、絶対遠くに引っ越すんだろうとは思ってたけどさ。
でも正直、
「そうか…。」
―――何て、言えば良いのか分からない。
「うん、そう。」
「ふーん…。」
「…?」
「そうか―――、」
分からないから、ただうなづくことしか出来なくて。そうやって、現状を納得してるふりしか出来なくて。
でも、いつまでもそんな言葉ばかり口にしても居られない。
理解を示すあいづちって、意外と数が無いんだな。
―――そんな、他愛も無いことを口にしながらオレは、
「…ああ……お前も、居なくなるんだな。」
気付くと、そんな言葉を口にしてしまっていた。
「…え?」
全く意識してなかった発言だったから、それを口にしたオレ自身だってその言葉には驚いた。
でも、驚いたのは兎太も同じだったらしい。
帰り道の進行方向を見据えていた目線が、振り返ってオレを見る。
―――オレは今、どんな表情をしているのだろうか。自分のことなのに、分からない。
けど、兎太が―――困ったように微笑んだから。オレは慌てて、表情を隠すように地面を睨んで、少し歩調を速める。
兎太は、その後ろを少し遅れて付いてきた。
「うん…でも、大丈夫だよ。」
「―――何が、だよ。」
「ほら、携帯とかあるし。メールも電話もあるから。」
「……。」
「だから、寂しくないよ。」
「…。」
「大丈夫、……大丈夫だよ。」
―――結局、オレはついに頷くことすら出来なくなる。
兎太が引っ越すんだそうだ。
隣の県の、ばあさんの家に引っ越すんだそうだ。
隣の県だから、兎太はオレとは全然違う学校に行って―――
こんな風に一緒に帰ったり、
きっと、毎日顔合わせて、話すことすらなくなるだろうに。
兎太は、寂しくないと笑っていった。
―――何だか何故か、心臓が痛い。
兎太が、居なくなるんだそうだ。
オレの前から、
そう、把握した…そのときから。
オレは、兎太の顔を見れなくなっていた。