「好き嫌いは別として、現実に目を瞑っては、決して良い世界はできない」
江畑謙介
○ひとこと○
ツイッターで記事のお題をいくつか頂きました(こちら)
ありがとうございます。
2010-01-26
なぜ災害時に軍隊・自衛隊が活躍するのか?
Defense newsによれば、大地震が起こったハイチの沖合いに、フランス海軍の強襲揚陸艦*1が到着したそうです。
A French navy amphibious assault ship equipped with two landing craft, four helicopters and onboard operating theaters was due off Haiti on Jan. 24 to offload humanitarian aid.
http://www.defensenews.com/story.php?i=4468177&c=SEA&s=TOP:title
これはフードル級二番艦の「シロッコ」です。ドッグ型揚陸艦という種類の軍艦で、ヘリコプターと上陸用舟艇を搭載しています。予定通り24日にハイチ沖に到着し、人道支援活動にあたるそうです。また、ハイチ沖には既にアメリカ海軍の空母と強襲揚陸艦も展開し、救援にあたっています。日本からも自衛隊が既に派遣されています。
大災害が起こると各国はこのように軍隊を派遣して救援活動にあたります。また日本国内においても、地震や津波の際に自衛隊が災害派遣にあたることはよく知られています。
ところで、このように大災害が起こったときに軍隊や自衛隊が活用されるのは、いったい何故でしょうか? 軍隊や自衛隊のいかなる点が、災害時に役に立つのでしょう。他の組織ではいけないのでしょうか。
大災害が起こるとインフラが壊滅する
都市防災の第一人者である村上處直氏(防災都市計画研究所名誉所長)は、震災時の軍隊の対応についてこう語っています。72年のニカラグア地震において、アメリカ軍が果たした役割についてです。 このときもアメリカ軍は速やかに軍隊を派遣して救援にあたったのですが、村上氏はその活動の中でも、とくに医療支援に着目しています。
…迅速な対応や道路啓開など優れていますが、何が驚くかといえば、「医療隊」が凄い。
……一般的に災害時の医療といえば、「外科医」がすぐに頭に浮かぶと思われますが、彼らは違いましたね。彼らがどの医療分野に力をいれていたかといえば、当然、「外科医」もそうですが、「精神科医」をまずたくさん連れてくる。そして、「産婦人科」です。
彼らは災害とその被災者にとって何が大切なのか、重要なのかを熟知しています。どのような精神的な痛みがあり、病気が発生するかという問題に対応しています。*2
このようにアメリカ軍は災害時にも手馴れたものです。道路の復旧から医療までさまざまな対応に当たりました。なおこのとき、日本からも医師団を派遣するという話がありました。しかしそれは上手くいかなかったそうです。
その時は大分遅れで、日本からも外科医を派遣するという電報がありましたが、宿やタクシーの手配などを最初に要請されたため、結局実行できませんでした。
このように震災直後には地元のインフラが壊滅しています。そのため救援に行く側も、自前での移動、給食、通信や宿営ができないと、満足に救援活動ができません。例えば道路がふさがれているときに、ヘリやキャタピラ車を持たなければ、救助を求める人のところまでたどり着くことすら困難です。
軍や自衛隊が持つ強み
そんなインフラが壊滅した被災直後でも、軍隊や自衛隊ならばかなりの活動が可能となります。なぜならば軍事組織は、戦争がおきて全くインフラが停止した状況で活動できるように備えているからです。
そのために補給物資の輸送から通信まで、やろうと思えば何でも自前でできるように組織と物資をもっています。これを軍隊の「自己完結性」といいます。自衛隊の志方もと陸将によれば、これは5つの能力に分解できます。
空中機動力。 消防・警察も含めて自衛隊のようにヘリコプターを多く持つ組織は民間にはありません。
野外救急医療能力。 師団に装備されている野外手術車は、脳外科以外すべての手術を行う能力があります。
路外機動力。 災害で道路が破壊された状況ではキャタピラがものをいいます。
通信能力。 電話が途絶えた被災地とコミュニケーションできます。
このような能力があるので、インフラが壊滅した状況でも活動できます。そして被災者や他の救助組織にインフラの代わりを提供することができるのです。
具体的にはどのように災害時のインフラ壊滅を克服するのでしょうか。いくつか分かり易い例を挙げてみます。
物資の投入に活躍する軍艦たち
冒頭で紹介したフランス海軍の揚陸艦シロッコは、上陸作戦をおこなうための艦です。軍隊を遠方の陸地に揚げるため、舟艇やヘリを備えています。このように遠方に戦力を投入するための艦艇は、災害時に重宝されます。被災地に物資や人員を投入したり、逆に被災地からの避難民を収容するのに使えます。
揚陸艦はヘリや舟艇を搭載している点が便利です。港が壊滅していても上陸用舟艇ならば救援物資を陸揚げでき、道路が寸断されていてもヘリならば被災地に物資や機材を届けることができます。またヘリコプターは被災地の状況を偵察するのにも使えます。
またアメリカ海軍の原子力空母ならば、ヘリのプラットフォームとなるのみならず、その電力を生かした支援も行えます。原子力空母は、艦内に原子力発電所をもっているようなものだからです。よってその電力を使った支援が可能です。
例えば真水の供給です。阪神淡路大震災では”六甲の美味しい水”が湧く麓の神戸で真水が不足しました。真水は飲料用、生活用のほか、医療用にも必要になるためとても重要です。原子力空母はその電力を生かした高い造水能力をもっており、海水から真水をつくることができます。
また水といえば陸上自衛隊の給水車や浄水セットが有名ですが、海上自衛隊にも「水船」という船があります。港において給水を行うための船です。
海岸部の町でがけ崩れなどによって孤立したような場合、その海岸近くまでこうした補給艦が接近できるなら、そこからホースを伸ばせば真水が補給可能であろう。*5
ほかの海自艦艇も、災害時に活躍が期待されます。本土で地震があったときの物資搬入はもちろんですし、離島で火山噴火が起こった場合の島民避難などにも、輸送艦のヘリやホバークラフト等が役に立ちます。
例えば新鋭のヘリ搭載護衛艦「ひゅうが」はヘリを多数運用できますし、それに加えて災害派遣の際にも役立つ高い司令部機能や、対策本部にも使える多目的区画が設けられています。
野戦医療の設備
軍や自衛隊は、野戦で負傷した将兵を治療するため、医療能力をもっています。例えば今回のハイチの地震では、アメリカ海軍の空母カールビンソンの艦内で、なんと脳外科の手術が行われました。軍医と協力してCNNの記者が執刀したため、ニュースになっています。
米CNNテレビで医療ニュースを担当する人気記者で、現役の神経外科医でもあるサンジェイ・グプタ(Sanjay Gupta)氏が18日、ハイチ沖の米空母船内で、負傷した12歳の少女の脳外科手術を行った。
少女は、前週発生したハイチ大地震で負傷、頭がい骨に1.2センチメートルのサイズのコンクリート片が刺さっていると診断された。……グプタ氏は、米ロサンゼルス(Los Angeles)の外科医ヘンリー・フォード(Henri Ford)氏と、米空母カールビンソンの医師キャサリン・バーント(Kathryn Berndt)氏の協力のもと、CNNのオンエアの合間を縫って、手術を行った。
手術後、グプタ氏は「協力することができて光栄だ」と語った。グプタ、フォード両氏によれば、少女は完全に回復する見込みだという。
米CNN人気記者がハイチで脳手術を執刀 写真2枚 国際ニュース : AFPBB News
被災した女の子が無事回復できるそうで、何よりでした。この場合は神経外科の専門医が不足しており、たまたま神経外科医のグプタ氏が現地にいたので協力を要請して、空母の中の手術室を使ったわけです。この手術室や軍医たちのように、軍隊の救急医療能力は災害時にも活用できます。
例えば自衛隊には陸海空あわせて1000人近い医官、いわゆる軍医が所属しています。阪神淡路大震災では医官と衛生隊員をあわせて最大時576の医療チームが派遣されました。またヘリコプターを利用して重傷者の緊急輸送も行われたそうです。
自衛隊の移動式お風呂
ちょっと意外な装備としては、移動式のお風呂や台所があげられます。
自衛隊には「野外入浴セット」という移動式の浴場設備があります。ガスや水道が途絶し、住宅の風呂と銭湯が使えない被災地ではこれが活躍します。
例えば阪神淡路大震災のときです。被災者の避難が長期化し始めたころから、自衛隊はこの装備を使って仮設浴場を提供しました自衛隊が全国にもっている野外入浴セットの8割が集められ、公衆浴場としました。
ところがここで役所から文句がつきました。公衆浴場法に違反しているというのです。法律によれば公衆浴場は循環式のものしか認められていないが、野外入浴セットはそれではないので、法律違反となり困る、というのです。自衛隊の司令官だった松島もと陸将はこう書いています。
困るといわれても、1週間も風呂にはいっていない被災者のことを考えれば、なんとか入浴させてあげたいと思い、「われわれがきちいんと衛生管理していますから、大丈夫です」と説得して、ようやく実現の運びになりました。
地震発生1週間後の1995年1月24日に最初の仮設浴場が神戸新港第一突堤に作られ、それから続々と、合計21ヵ所に24セットの仮設浴場が運用されました。持っているものを全部被災者のためにつかったので、自衛隊員はお風呂に入れず、しかたがないので神戸港に停泊している護衛艦のお風呂を借りました。
この仮設浴場は大好評で、いちばん使われたものでは、撤退するまでにのべ5万人の利用者を数えています。入浴所の運営にはボランティアが積極的に支援しえくれましたが、風呂にはいった誰もがほんとうに喜んでくれて、日本人にとって風呂にはいることの意味がたいへんに大きいことを感じました。*6
公衆浴場は風呂にも入れないでいる被災者の皆さんのため、健康管理の役立つよう供されたものですが、精神的な衛生にも寄与したのではないでしょうか。
野外炊具車による炊き出し
また、移動式の台所、「野外炊具1号」というトレーラーも活躍しました。これは陸上自衛隊が野戦などで展開するときのためのものです。走りながら、200人分の炊事を45分で仕上げることができるといいます。阪神淡路大震災のときにはこれが87両投入され、炊き出し所として活動しました。総計で57万7000食を提供したそうです。
ですがここでも神戸市役所から待ったがかかります。自衛隊が食事を提供している場所では温かいご飯がでるのに、そうでない場所では冷たいご飯しか食べられなかったのですが、それで苦情がでたというのです。そこで不公平が生まれてはいけないというので、2月11日には神戸市から、自衛隊の炊き出し中止の要請がだされたそうです*7。
神戸市においては温食を食べることが出来る被災者とそうでない被災者の間に不公平が生まれるとの理由から2月11日をもって終了した。
……給食支援が終了した後これらの部隊が実施できることはお湯の供給と缶詰のボイルであった。食糧の供給さえしなければ良いという判断が働いたのか、この活動は実施され、被災者から感謝の声もあった。
阪神・淡路大震災における活動_人命救助、給水・給食支援_自衛隊の災害派遣について知ることのできるページ
それについてはともかく、野戦に備えている自衛隊の後方補給能力は、物資の輸送から給食、給水、入浴とさまざまな面で被災地を支援するインフラとなります。これらの能力は、被災者の生活を守るだけでなく、警察・消防や全国から駆けつけたボランティアなど、そのほかの救援組織の活動を支援することにも使えます。
自己完結性を生かした何でも屋
このように軍や自衛隊は、その自己完結性と組織力を活かし、さまざまな装備を駆使して災害時の救援活動に貢献します。
とはいえ、もちろん災害派遣は本業ではありません。個々の作業については、専門組織の方が高い能力をもっているはずです。土木作業ならば建設会社が、救助ならレスキュー隊、治安維持なら警察の方が、救急医療ならば病院や消防の方が、炊事や食糧供給ならばそういった民間企業の方が優れているでしょう。軍や自衛隊も災害時にはそれらの組織やボランティアと協力して救援にあたります。
しかしそういった活動すべてを一通り行える「何でも屋」であり、しかも災害直後から迅速、かつ大規模に動けるのは海外ならば軍、日本ならば自衛隊です。そういた大規模で色々できる組織を他に作って災害派遣専門で保有するとしたら、莫大なコストがかかってしまいます。そこで軍や自衛隊が任務の一つとして災害派遣を行うのが合理的なのです。
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自衛隊の装備について、災害、国際貢献、対テロといった色々な用法を提示し、批判的に考察した良書です。著者は信頼と実績の故 江畑氏です。
目次
1:強襲揚陸艦だろうが空母だろうが、人道支援にも有効だ
2:阪神淡路大震災の教訓と災害救援
3:僥倖だったオウム真理教事件
4:冷戦後の紛争と装備
執筆協力謝辞
futeさん、緑川だむさん、バルセロニスタの一人さん、井上@Kojii.netさん、fukamihiroshiさん、湖底人さん。ご助言や情報をありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。
*3:p8 セキュリタリアン 93年9月号
*6:p85 「自衛隊員も知らなかった自衛隊」 松島悠佐 GOMA BOOKS
*7:「自衛隊員も知らなかった自衛隊」p97 松島悠佐 GOMA BOOKS
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- 250 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 202 http://www.hatena.ne.jp/
- 159 http://reader.livedoor.com/reader/
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- 117 http://www.google.co.jp/reader/view/
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