ミレニアム特別企画
日韓漫画家対談
今年は日韓文化交流の年。2年後には共催のサッカー・ワールドカップも控え、ますます交流が深まる両国ですが、今回は日本と韓国の漫画家同士の対談を実施しました。言葉や文化は違っても「マンガ」という共通のキーワードを軸に、楽しく語り合っていただきました。日本代表として「釣りキチ三平」などでおなじみの矢口高雄さんが韓国に出向き、韓国を代表する3人の人気漫画家・李賢世(イ・ヒョンセ)さん、黄美那(ファン・ミナ)さん、張泰山(チャン・テェサン)さんと対談していただきました。
矢口高雄(ヤグチタカオ)/写真右下
1939年、秋田県出身。長い銀行員生活を経て1958年少年サンデーより「鮎」でデビュー。「釣りキチ三平」でトップクラスの人気作家に。魚や動物、自然をテーマにした作品を描きつづけている。
最近はエッセイストとしても活躍中。
李賢世(イ・ヒョンセ)/写真右上
1956年、慶尚北道出身。韓国漫画家協会副会長。
韓国ストーリーマンガの先駆者として多くの読者に支持されている。
黄美那(ファン・ミナ)/写真左下
1961年、ソウル出身。韓国の女流漫画家で最も人気がある。
日本のマンガ雑誌「モーニング」でも連載を持つ。
張泰山(チャン・テェサン)/写真左上
1953年、漢城出身。
1982年「花火」という作品でデビュー。
現在は成人向けのマンガに全力を注いでいる。
《進行役=木村忠夫(日本漫画学院院長)/通訳=柳在玉(ソウル文化社)》
その1 「マンガは大衆文化として根付いている」
- 木村
- あけましてあめでとうございます。いよいよ2000年を向かえました。日本にとって韓国は一番近い外国。両国の政府レベルで日韓の文化交流を積極的に深めていく年です。マンガも文化のひとつですから、これを機に一層交流を深めたいですね。
- 矢口
- そうですね。96年にアジアの漫画家交流を主とした「第1回MANGAサミット」が行われ、お互いの漫画環境を理解し合ったことで顔なじみもずいぶんと増えて、昨年の「台湾MANGAサミット」は有意義に盛り上がりましたよね。
- 李
- 私も以前から個々には日本の漫画家と接してはいましたが、国と国とのレベルでの漫画家交流はとても意義があったと思います。韓国におけるさまざまなマンガの問題を他の国の漫画家と一緒になって解決していけるなんて素晴らしいことです。特に日本の漫画家はレベルが高いので、勉強になりましたよ。
- 矢口
- 韓国の漫画だって勢いが感じられるし、画力は日本より上なんじゃないの?韓国の漫画誌を見ると、若い人がずいぶんと伸びているって感じがするね。
- 木村
- 張先生のところには何人くらいアシスタントがいるんですか?
- 張
- 今はずいぶん少なくなって10人くらいかなぁ・・・一時は月に1500ページも描いてたから、40人はいたよ。
- 矢口
- 凄い!僕なんか4人だぜ。
- 張
- でも10人いたところで本当に上手に描ける人は少ないよ。
- 矢口
- 日本も同じですよ。僕は登場するキャラクターは頭から足元まで、あと動く動物類も全部自分で描いてるけど、月に1000ページ近くも描くとなると、どのへんまでペン入れするわけ?
- 張
- あたりをとって主要キャラクターだけになってしまいますね。
- 木村
- 日本では新人の原稿料は1ページ3000円から4000円ぐらいだと思いますが、韓国ではどれくらい?
- 黄
- 同じくらいです。でも物価指数が違うので、日本よりもいいかもしれないですね。
- 矢口
- 韓国に来て少し時間があったので大きな書店を回ってみたけど、マンガはどこにも置いてないね。どうしてなの?
- 李
- マンガは子供たちに教育上悪影響を及ぼすという偏見が強いんですよ。特に韓国のPTAは凄い(笑)。でも一番責任があるのは漫画家です。それらの人を納得させる作品を描かなくては・・・。もちろん出版社の責任もありますよね。
- 張
- でも昔に比べると少しずつ書店でもマンガを置き出したんじゃないかな。新聞がマンガの特集を組んだり、新刊マンガの紹介も積極的にやっているもの。それから新人もいっぱい出てきたよね。少しは希望が持てるようになってきた。
- 矢口
- 過去、日本でもマンガに対する偏見があったものね・・・しかし今ではマンガを読んで育った世代が学校の教師や教授、法律家になっているので、偏見は少ないね。やっぱりその問題はもう少し時間がかかるかもしれない。
- 黄
- 韓国のマンガは日本に比べて10年は遅れているわよ。
その2「マンガ表現は法律で解決されたくない」
- 木村
- 問題といえば、韓国の「天国の神話」という作品で、ヘビに絡まれた女性が妊娠するとか、人が簡単に殺されるとかの表現問題で、李先生は検事から訴えられ裁判中と聞きましたが、解決の見通しは?
- 李
- まだまだです。だって闘争中に検事が5人も交代してしまって、その都度中断してしまうから、時間がかかりそう。最初は私とか淫乱なマンガを描いてる漫画家を簡単につぶせると思って訴えてきたのでしょう。まさかここまで大きな社会問題になるとは思っていなかったようです。それが新聞社や出版社、また読者からの反応が大きく、簡単に「悪」と判決を下したら、世間から笑い者になるので伸ばしにしてたんですよ。私は妥協せずに徹底的に闘うつもりです。
- 張
- 検事はマンガを読んでいないので頭からマンガは悪いものと決め付けているんです。でもこの裁判続行中のおかげで新人漫画家が楽に描けるようになってきているのも事実。検察はだんだん作家を訴える事ができなくなってきています。討ったえればもっと立場が悪くなるんですよ。
- 矢口
- 李さんのイマジネーションで描いているわけだから、有罪にはできないよね。僕は個人的には「天国の神話」は完成度の高い素晴らしい作品なので、日本の漫画賞推薦していますよ。でも裁判中に少しでも自由に描けるようになったってことは、大きな勝利だよね。
- 黄
- 同感です。だから韓国の漫画家たちは李さんを一番尊敬しています。
- 木村
- 日本でも同じ事がありましたよね。
- 矢口
- 当然ありましたよ。しかし日本のマンガの歴史の中では、幸運な事に手塚治虫という偉大なる漫画家が、ストーリーマンガを盛り上げ、栄えさせてきました。続いて藤子不二雄の出現も大きい。彼はひたすら、マンガファンになってくれるであろう幼い子供向けの良質で品の良いマンガを描きつづけた。つまりマンガの入り口の部分を請負ったのです。その幼い子供たちが十数年後に学校の教師などになっていくわけだから、マンガを否定する人は少なくなってきているんです。
- 木村
- マンガファンを魅了させる作品は、いつの時代でも出てきますね。
- 矢口
- そうだね。現在でも「アンパンマン」「ドラえもん」など、絶えず幼い子たちをマンガの面白さに引き込んでいるからね。一度マンガの面白さを感じたら、大人になってもきっと読み続けますよ。韓国でももっと児童マンガが盛んになるといいね。
- 李
- 私も同感です。とにかく表現の問題では解釈が皆違うわけですから、検事の常識で判断されてしまっては問題を大きくするだけです。細部まで制約する必要もないし、とても出来ませんよね。
その3 「日本の編集は世界1!」
- 木村
- 黄さんは現在日本の「モーニング」で長く連載されていますが、自由に描けるので作家として描きやすいのでは?
- 黄
- 最初はそのように思ったんですが、実際に描いていると長年韓国で表現の制約をされていたクセが出てきちゃうんです。だからベッドシーンを描く時でも、足だけを描いたり(笑)。規制された描き方が身についてしまっているんですね。時々連載が負担に感じる時があるんですよ。
- 矢口
- え!?美那ちゃんみたいにベテランの人が?どんな時に連載が負担に感じるの?
- 黄
- 原稿を日本の編集部に送ると編集担当さんから日本的考えのいろいろな事を言われたり注文されるんです。日本の雑誌に描いてるんだから当然の事かもしれないけど、何か作家を信じてもらえないように思えてしまう時があって・・・。それがプレッシャーとなってしまうんです。
- 矢口
- 日本の編集部はあまり漫画家を甘やかさないからね。でも日本の漫画界の発展の半分は出版社(編集者)が作り上げたと僕は思っています。編集者は優秀です。その作品が実際に売れているから日本人の作家はそれ(編集者の厳しい意見)を受け入れているんだと思います。しかしクリエーターとして「ここは譲れない!」と主張することも必要だと思うんですよ。
- 黄
- 私もそう思います。だからけっこう闘ったし、負けませんでした。きっと編集部と漫画家の衝突などがあって、そこからお互い一生懸命意見を出し合って良い作品が生まれるんでしょうね。
- 木村
- 右開きの描き方にはとまどいませんでしたか?(韓国はページの開き方が逆なのです)
- 黄
- ハングル語は横、日本語は縦なので、画面構成やコマ運びには悩みましたね。でも今は慣れました。編集部から言われることも深刻には考えないようにしてます。
その4 「日韓のマンガ発展は人間関係から・・・」
- 木村
- 現在、日本のマンガ界が抱えている問題は何でしょうか?
- 矢口
- 経済不安や様々な状況が重なって、マンガの売れ行きが落ちている事です。確かに一時に比べて面白いマンガが少ないように思いますが、けっこう優秀な作品もあり将来は楽しみですね。一方ではマンガの古本屋が大型店を出し、地方にも展開しているため、新刊の単行本が売れなくなっている問題もあります。日本の雑誌はどこの出版社もそうですが、雑誌自体でペイしているところは少なく、ほとんどが単行本の売れ行きに左右されます。新刊がすぐに古本として売買されるわけだから、書店も新刊は売れずやがて置かなくなり、増刷もかからなくなります。まさにこの悪循環は出版社や漫画家にとって死活問題になりつつありますね。
- 張
- 解決方法は?
- 矢口
- それぞれの立場があるので難しい面もありますが、漫画家と出版社あるいは取次店が一体となって、まず心をひとつにして対処する相談の場から・・・と思っています。僕が属しているストーリーマンガの親睦団体「マンガジャパン」では、この問題を真剣に受け止め、今年早々に大手の出版社と会合を開くように考えているんですよ。
- 木村
- では韓国のマンガが抱えている問題点は?
- 李
- マンガ自体が確立され世間に認められていないのにもかかわらず、パソコンを使った新たなメディアがどんどん入ってきて、マンガ本来の紙媒体を侵略していることですね。
- 張
- 日本は紙媒体で様々な創作をして成長してきましたよね。そして乱立期に入り、パソコンソフトなど電子出版に移行してきたと思うんです。でも韓国は紙媒体で花開く前に新時代の波が押し寄せてきてるんです。それによってマンガというメディアがしっちゃかめっちゃかになってしまう心配があります。
- 木村
- 矢口先生は韓国のマンガをどのように見ていますか?
- 矢口
- すべて読んでるわけじゃないので軽々しくは言えないけど、確かに今言ったパソコンの普及はすさまじいし、マンガ界はどうなってしまうのかという感じはしました。でも基本的にはマンガで勝負するという意気込みの新人作家が出てきているようなので、面白い作品がどんどん発表されてくるのではと楽しみですね。
- 木村
- 韓国の皆さんに聞きます。日本のマンガの印象はいかがですか?
- 李
- 韓国は歴史マンガしかなかったので、何でも描いている日本のマンガにとても憧れましたね。自分がプロになってから見ても、良く出来ていると思えるし、日本の作家は専門知識が豊富だなと思います。
- 黄
- 昔は作家の個性が出た作品が多かったような気がします。今は少ない・・・。編集部がいじくりすぎるんじゃないでしょうか。
- 張
- 僕も同感だな。読んでジ〜ンとこないんですよ。温かさが感じられない。自分だけのフィーリングで描いている人が多い感じがします。
- 木村
- 今後の日韓漫画交流について一言!
- 李
- 矢口先生、とにかく機会を作って互いに人間交流しましょうよ!
- 矢口
- そうだね。マンガは素晴らしい心の表現方法だから、互いに研究して面白い漫画を描くきっかけになればいいね。もっと若い人たちとも交流の場を広げてあげましょう。
- 木村
- 今日はありがとうございました。今後も日韓漫画家の交流をはかり、漫画文化の向上を期待したいと思います。
戻る