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Vivid forum Column

今必要な経済政策

日本経済は危機的状況にある。内閣府が発表した3月の月例経済報告によると、景気は弱含みから安定に移ったとされているが、これはごく短期の景気動向に限定した話である。この先5年、10年と言わなくても、12年のタームで見ても、日本経済はどう転ぶか分からない危うさをはらんでいる。いわば強力な時限爆弾を幾つか抱えた状態である。

時限爆弾の1つは金融部門の弱さである。大手銀行から地方銀行、信金・信組に 至るまで、不安のない金融機関は殆ど存在しない。資産を厳密に時価評価すれば、多くが債務超過に陥っていると見るのが正解であろう。2003年3月末の日経平均株価は8000円を割り込み、大手銀行のメガ増資の効果を吹き飛ばした。生命保険会社も同様である。生保の資産である不動産や株式の価値が目減りするかたわら、契約者に対する予定配当率を変えられないでいるから、経営が成り立つはずがない。199798年のような金融危機、あるいはもっと深刻な金融危機がいつ発生してもおかしくない状況である。   
  
金融不安のある経済は成長出来ない。貨幣経済は貨幣を融通したり、決済したりする金融システムが基盤である。家計は銀行を財布代わりに使い、企業の決済は小切手で行われる。これは銀行を信用するからである。銀行が信用されなくなると、国民の日常生活も企業の経常取引も円滑に回転しなくなる。

企業間信用も重要である。企業間では納品は手形かあるいは単なる受取書と引き換えになされることが多い。これは取引相手を信用するからである。ところが今日の日本経済では取引相手に対する信用も揺らいでおり、ゼネコンの下請け作業をすることをいやがったり、大手スーパーなどに現金決済を要求する業者が増えているという。実はこれも金融不安が原因である。銀行は債権の査定厳格化を迫られているため、少しでも懸念のある取引先には貸出しを渋り、金利の引き上げや担保の積み増しに応じない取引先からは貸出しを回収しようとする。こうした銀行による貸し渋り、貸し剥がしが企業の信用力を弱めているのである。
   1990
年代初頭にバブルが崩壊したことに起因する日本の長期不況は、1929年の株価大暴落に端を発した30年代のアメリカ大恐慌と性格が酷似している。大恐慌の最悪時には名目GDPはピークから半減し、失業率は25%に上った。経済が本格的に回復したのは、1939年に第2次世界大戦が勃発し、アメリカが連合国の軍需工場となってからである。日本の長期不況を大恐慌と同列視するのは不適切と思われるかも知れないが、大恐慌に比べてマイルドなのは、大恐慌の教訓で導入された預金保険機構や社会保障制度のような安全装置と、拡張的な金融財政政策の支えがあるためである。  

大恐慌の原因は1920年代の不動産・株式バブルが崩壊したことと、それに伴って金融危機が発生したことだった。1933年初頭までに約12千の銀行が倒産し、金融システムは機能不全に陥った。このために経済活動は縮小し、恐慌に発展したのである。実体面の過少消費などを主因とする学説もあるが、金融危機と信用不安がなければ、名目GDPが半分に落ち込むというというような激しい恐慌にはならなかったであろう。

経済の収縮が収まったのは、19333月にF.  ルーズベルトが大統領に就任してすぐ、1週間のバンクホリデーを実施し、1933年銀行法で預金保険機構を創設するなどして、金融システムを安定化させたからである。このあと1936年まで経済は回復の動きを見せた。しかし、1937年にルーズベルト政権が早過ぎた引き締め政策を実施したため、回復の芽は摘まれ、経済は再び恐慌に陥った。偶然にもこれと類似の経過が60年後の日本で再現している。

以上のことから、現在の日本で不況が長期化し、深刻化しているのは金融不安とそれに伴う信用収縮のためということが理解されるであろう。従って、金融システムを強化して家計の安心感を回復し、貸し渋りや貸し剥がしをなくすことが急務である。
 もう1つの時限爆弾は財政赤字である。平成15年度の一般会計予算規模82兆円に対して、36兆円の国債を発行することになっている。公債依存度は44.6%に達する。歳出の中から国債費17兆円を除いても20兆円の赤字である。つまり、過去の借金の元利払いをする前に、税収は20兆円不足しているということである。これをプライマリーバランスの赤字というが、プライマリーバランスが赤字である限り、国は過去の借金の利息を払うために国債を発行しなければならず、債務残高は増える一方である。
  
既に、国と地方を合わせた一般政府の債務残高は750兆円、GDPの151%という、どこの国も経験したことのない高さに達している。しかも増え方が猛烈に速い。この比率が100%を超えたのは1998年(103.0%)であるから、僅か5年で150  %を超えることになる。このペースで進めばあとあと56年で200%を超える。このように雪ダルマ式に債務が増える現象を債務の「発散」という。逆に、多額の債務があっても一定の数字に寄せ集まることを「収斂」というが、わが国の債務は収斂の見込みが立たず、発散の傾向を示している。政府債務のGDP比率が200%を超えると、金利水準次第で税収の大半を利払いに充てなければならない。わが国は財政破綻の瀬戸際にある。
  
日本経済は表面的には安定傾向を見せているが、潜在的には金融危機と財政破綻という2つの巨大な時限爆弾を抱えているので、非常に不安定である。実体経済が横這い程度に止まっていて、拡大しないのはこのためである。将来に不安のある時に、家計は大きな買い物を控えて貯蓄を増やそうとするだろうし、企業は生産能力を拡張するような投資を先延ばしにするであろう。経済が成長しないから、金融危機と財政危機はますます深まる。このような状態を放置することは坐して死を待つのと同じである。

金融危機と財政危機を一挙に解決する方法がないわけではない。それは伝統的な政策手段ではないから禁じ手とされているが、戦後の経済危機を乗り切ったのは預金封鎖という禁じ手を使ったからである。非常事態は非伝統的手段によらなければ切り抜けられない。と言ってもさほど新奇な手段ではなく、日銀による大規模な通貨増発である。例えば200兆円程度の通貨を増発して民間保有の国債を買い上げ、同時に不良債権を一挙に処理するための資金を産業再生機構などに提供(出資)する。これだけで間違いなく景気は回復する。金融危機と財政危機が解決するからである。しかし、政府がこれに気を許さず、特殊法人改革や社会保障改革などの構造改革を進めることが長期繁栄を確保するために必要である。唯一の懸念はインフレであるが、日銀が物価動向を注視しながら適度なペースで通貨を増発すれば、コントロールの効かないインフレになる心配はない。1〜2%のインフレはむしろ望ましい。また、国債暴落による銀行の損失も発生しない。日銀が国債を買い上げるからである。これが日本経済を衰退から救う恐らく唯一の方策であろう。■