父が盗んだ鉢植えで家の屋根は覆い隠された
父は、一巻に一犬種ずつ取り上げている世界の全犬種図鑑のパートワーク(分冊百科)を専用バインダー十冊分揃えていて、パチンコ屋が休みの日には飽かずに眺めていた。
(今、思い出した。父がいちばん飼いたがっていた犬はドーベルマンだった—。四年前、警察犬訓練所から生後二ヵ月のドーベルマンの子犬を譲り受けた。いつから、わたしは父の願望の檻に囚われているのだろうか? わたしと父にも、自分と他者という境界があるはずなのに、何故その境界を乗り越えて、父の願望はわたしの内にはいり込んだのだろうか? わたしは父の影なのか? わたしは父の代理人なのか?)
犬よりも自転車よりも、盗んだ点数が多かったのは、鉢植えだと思う。
わたしが十歳のとき、父は廃屋のような一軒家を手に入れた。屋根も外壁も青色の錆びたトタンで、狭く汚い家だったが、初めての「借家」ではない「マイホーム」だった。
深夜、父は愛車のクラウンで高級住宅街を流し、家族が寝静まった家々の玄関先や庭先にある鉢植えを物色するようになった。父が探していたのは、大輪の花を咲かせるダリアや牡丹や石楠花や一輪菊だった。
我が家には、庭はなかった。あるのは、車一台分の駐車場スペースだけだった。父は、他人の家から盗んできた鉢植えを家の外壁に沿って並べていったが、場所が無くなると、屋根に梯子を取り付けて、屋根の上に鉢植えを並べはじめたのである。
一年も経たないうちに、我が家のトタン屋根は植物で覆い隠されてしまった。