母が盗んだのは生活に関わるものが多かったが、父が盗んだのは自転車、犬、植木—、いつもワイヤーカッターや金鋸や金槌やたがねなどの七つ道具を持ち歩き、高そうな自転車を見つけると、チェーンロックを切って乗って帰ってきた。
父は「新しい自転車」を持ち帰るとかならずフレームに書いてある赤の他人の名前をベンジンで消し、母に家族の名前を油性マジックで書き込むように命じた(韓国で生まれ育ち、十四歳のときに日本に密航してきた父は、日本語の読み書きができない)。六人家族だったが、自転車は十台以上あった。
犬は、よその家の庭を覗き、純血種の洋犬を見つけると、留守を狙って鎖をはずし、散歩を装って家に連れ帰った。
ある日、学校から帰ると、狭い玄関に大きな犬がお座りをしていた。
「いい犬だ。ポインターといってね、イギリスの猟犬だ」
犬はひと晩中、玄関扉の前から動かず、キューンキューンと切ない鳴き声をあげたり、ウォォォンウォォォンと遠吠えをしたりした。
「あなた、やっぱり返してあげましょうよ」
と、母は言ったが、
「一ヵ月経てば、元の家族を忘れる。唾を舐めさせればなつくんだ」と、てのひらに自分の唾を吐いて、無理矢理犬に舐めさせた。