アニメ「らき☆すた」の舞台で、“聖地巡礼”と称して多くのファンが訪れることが話題となった埼玉県鷲宮町。さまざまなイベントやキャラクターグッズを開発し、アニメを町おこしに活用し、全国の自治体から視察も訪れるなど注目を集めている。アニメ放送が終わって3年がたったが、10年の初詣で客は過去最高の45万人に達するなど、衰えない人気の秘密を探った。【河村成浩】
「らき☆すた」は、角川書店の雑誌「コンプティーク」などで連載中の美水かがみさんのマンガが原作で、アニメは07年4月~9月に放送された。オタク女子高生の泉こなたと仲間たちの学園生活を描き、さまざまなマンガのパロディーやマニアックなせりふ、奇抜な演出などがネットを中心に話題となり、DVDや関連グッズも人気となった。ヒロインの柊姉妹の実家の「鷹宮神社」のモデルが同町の鷲宮神社であることが明かされると、「聖地巡礼」と称して多くのファンが詰めかけるようになった。
「聖地巡礼」の話題が新聞に取り上げられたとき、鷲宮町商工会経営指導員の坂田圧巳さん(36)は「若者が集まるなら、グッズを出せば売れるのでは?」と軽い気持ちで口にしたところ、同僚から「面白い」と賛同され、鷲宮神社前にある商工会の直営店「大酉茶屋」に卸していた地元の製菓会社に6個入りのまんじゅうを約50箱発注した。頼まれた製菓会社は最初、不思議そうな顔をしていたという。坂田さんが鷲宮神社の写真を元に「らき☆すた」とは全く関係ないが、タイトルだけ「聖地巡礼饅頭」とした包み紙を張って売り出したところ3週間で売り切れた。坂田さんは「鷲宮神社を訪れる若者たちに話を聞くと、大半は県外からの来訪者でした。遠くから来てくれたのだから、土産を用意できれば喜んでもらえると思ったんですが、そこそこ売れたので、もっと何か考えようということになったんです」と振り返る。
坂田さんは、インターネットの大手掲示板で「らき☆すた」での町おこしについて意見を求めた。ほとんどは冷やかしだったが、その中にも真剣に意見を書き込む人がいたことから、坂田さんは原作の出版元である角川書店に連絡を取った。企画書の提出を求められた坂田さんら商工会のメンバーは、20以上のアイデアを盛り込んで提出した。
企画書の提出から1カ月後の07年10月、角川書店から「一度会いませんか?」と連絡があり、東京都内の同社を訪ねたところ、アニメのプロデューサーや、連載誌の編集長、担当者ら「らき☆すた」の中核メンバーがそろっていた。角川側も「せっかくなので、地域と一緒に何かできれば」とさまざまなアイデアを出した。同社の担当者も「当時、アニメで町おこしの例があったわけではないが、ありがたい話だった。ただ、ここまでの規模になると思っていなかった」と話す。
初会合では、アニメの声優を呼び、鷲宮町で公開録音をする企画が出るほど盛り上がった。スケジュールの都合で公開録音は実現しなかったものの、声優の一日店員という企画が出された。やりとりをするうちに鷲宮神社で「公式参拝」をする提案が追加され、坂田さんが掛け合い、神社側も了承。07年12月、作者の美水さんや声優の加藤英美里さんらが鷲宮神社を訪れる「公式参拝」が行われた。
町の祭りの経験はあるが、アニメのイベントは初めてだった商工会は、鷲宮に訪れるファンに相談したところ、数十人がボランティアを申し出た。ボランティアの中には、アニメイベントの経験者がいて、グッズ「売り切れ」の看板を作ったり、列を誘導するためのマニュアルを作ったり、「公式参拝」前日の深夜2時まで作業を手伝ってくれたという。イベント前夜から列ができ、当日の午前5時には100人が集まり、最終的には約3500人が参加し、用意した約2000個の絵馬ストラップは30分足らずで売り切れた。立て札やマニュアル、ボランティアの活躍もあって、無事イベントは終了した。坂田さんは「当日のイベントは、お任せしてしまうぐらいでした。彼らの協力なくして成功はなかった」と感謝していた。
そして、「公式参拝」の盛り上がりがさまざまなメディアで紹介され、さらに人が集まるようになった。08年の正月三か日の参拝者は、前年比5万人増の14万人を予想していたが、結果は何と30万人。その後も鷲宮町の取り組みは続き、08年4月には双子の姉妹・柊かがみ・つかさの住民票が発行された。9月には住民票の売り上げ300万円を使い、商店街に「らき☆すた」の街灯を設置。町の伝統的なお祭りである「土師祭」では「らき☆すた」のみこしを作り、ファンも祭りに参加した。
グッズ販売の売り上げだけで約7000万円。経済効果は定かでないが、正月の参拝者だけでも毎年30万人以上増えており、関係者は「グッズの売り上げや参拝者数などを考えれば、3年間で10億円以上は確実」と語る。ホームページのアクセス数も、常時1日500件以上あり、「全国の商工会では一番でしょう」と胸を張る。町民で「らき☆すた」を知らない人はほとんどいない。
09年になると、鷲宮町の成功を見て、自治体が視察に来ることが増えた。だが、坂田さんは「多くの人は、お客さんを『お金を落とす人』としか見てない。大切なのは、もてなしの気持ちなのですが……」と話す。鷲宮町の場合は、店主が客の捨てたスクラッチカードを取り置きして、ファンにプレゼントしたり、他の店に車で案内することもあるという。ファンと町民が親しくなって、町の集会所に泊めさせたり、身内に不幸があったファンに香典を出すほどの付き合いをするケースも。アニメのキャラクターの絵を自動車に描く「痛車」を見た70代の男性が、自分の軽トラックを痛車にした例もあるそうだ。
鷲宮町には「巡礼者」のコミュニティーが生まれ、定期的に同町を訪れるリピーターも多い。坂田さんは「若い人たちは、現代では薄れた濃密な人間関係が新鮮なのかもしれません」と話す。
09年末にも、埼玉県が新商品開発を通じて地域活性化の取り組みを支援する「夢チャレンジ事業」に採択された「ツンダレソース」を発売。ネットで「鷲宮町がまたくだらないことをやっている」などと書き込まれたが、「ツンダレソース」の検索数が最初は2000件だったのが、4日間で9万件に上昇し、坂田さんは「ヒット間違いない」と確信したという。元日にはほとんどの店で売り切れ、商工会に「ソースの追加販売はできないか?」という注文が相次いだ。坂田さんは「『くだらない』は褒め言葉ですよ。『鷲宮は何かやるんじゃないか?』という期待にこれからも応えたい」と話している。
2010年1月24日