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東京農業大学

「農学士力」備えた自律型就農者を育成

2010年1月25日

写真農業実習の様子(東京農大提供)

写真小池安比古教授

 「緑と生命を科学する」「地球まるごとが研究テーマ」とうたい、農業に限らずに、食料や環境、健康などに幅を広げて、教育研究を進めている東京農業大学(本部・東京都世田谷区)は、世田谷のほかに厚木(神奈川県厚木市)、オホーツク(北海道網走市)も含め、3キャンパス6学部21学科をもっている。2010年度からは、大幅にカリキュラムを見直し、各学部で教養教育や初年次教育にも力を入れることにしている。実学の基礎を築くのがねらい。農学部では、カリキュラムの見直しと連動して、「農学士力を備えた自律型就農者」の育成プログラムを立ち上げる。

 農学士力の育成プログラムは、09年度が準備期間で、学生に参加を呼びかけて、10年度から本格的に始める。全国に散らばる東京農大卒業生の農家に協力を求め、新潟や長野、愛媛、高知などで農業実習をする。1〜4年生までの50人程度を想定、春休みや夏休みを利用して、各地で2週間ほど泊まり込んで、地域の農家の経営や作業、歴史、コミュニティーでの相互協力などについて話を聞いて、日誌のような形で記録をつける。

 それをもとに学んだことや反省点、ふだんの専門分野に生かすべきこと、就農するために学ぶ点を議論しながらリポートにまとめ、年度末には発表会を開き、外部者も含めて評価をしたうえで、本人の学習や次年度のプログラムに生かす仕組みになる。当面は単位を取得する授業ではなく学生への支援事業になる。しかし、実習やまとめ作業には教員が付き添い、指導する。

 担当の小池安比古教授(花卉学)は「将来的には授業として採り入れることも視野に入れたい」と話す。

 もちろん、「農学士力」は「農」と「学士力」を合わせた造語。なぜ、新たなプログラムを立ち上げるのか。

 農学部農学科のうち2〜3割は、実家が専業農家の学生で、兼業を含めるとさらに膨らむという。小池教授によると、就農者は、国内で減っているが、逆に食の安全や環境保護、コミュニティーの再生のため、地域の中核として重要さを増している。そのためには、実践的な農業技術と問題解決能力、高いコミュニケーション能力をもつ自律型就農者を育成することが社会的に求められている。その必要性を強く意識し、農学部の農、畜産、バイオセラピー3学科のカリキュラムをもとにプログラムを考えたという。

 今の時代に必要とされる理想的な就農者像がある一方で、大学進学率が高まり学生の学力格差も目に見えるようになってきたという。

 「学生が言葉で伝える能力が低くなっている。講義をしても反応が乏しい場合もある。リポートを書いてもらっても基礎的な文章をまとめるのに四苦八苦している学生もいる。農業は一人でするものではない。いくら農業技術を身につけていても、地域社会、コミュニティーで暮らしていくにはコミュニケーション能力が劣ると機能しない」と小池教授は説明する。

 学生としての基礎を身につけて、将来の就農を見越した教育を考え始め、このプログラムに行き着いたという。

 東京農大は実学主義を掲げてきたが、ふだんの授業はやはり座学が少なくない。専門分野での教育や研究を究めていくことも必要だが、将来のよき実践者としての基礎固めのため、実習時間を確保することも必要になる。「農学士力」の育成プログラムはそれを補うことも考えている。

 この試みは、09年度から3年間の予定で、文部科学省の学生支援推進プログラムの採択を受けている。期間終了後も大学が自ら恒常的にプログラムを進化させることにしている。

 実学の分野で、コミュニケーション能力や書く技術を育成するプログラムが芽生えてきたことは、順調にいけば、いずれ専門分野での教育、研究の向上につながる可能性が高い。成果に注目する必要がある。

 社会を意識して「農」を発信する試みはほかにもある。

 代表的なものは、本部の近くにある「東京農業大学『食と農』の博物館」。近代建築の外観で、04年に開館した。食と農、農業や生物、環境などの側面から、展示などを通じて学術的な成果をわかりやすく発信している。

 たとえば、卒業生が蔵元になっている酒の展示、鳥のチャボのはく製、農業の歴史、酒器などが並べられている。2階建てで、1回はカフェなどがあり一般が入りやすく工夫され、2階は常設展示のほかに、そのときの特設展もある。

 東京農大を紹介する小冊子の1ページ目に「地球上に生きるすべての動物・植物・微生物と向き合い、それらの未知なる可能性、人間との新たな関係を追究していく大学です」と書いている。農業を足がかりに、環境や人間社会、コミュニティーと「農」は社会的な広がりをみせている。そうした新しい流れと学生の現場との距離感を埋めていく作業が大学に求められている。地に足をつけた試みと検証の積み重ねがより重要になってくる。

プロフィール

山上浩二郎

山上浩二郎(やまがみ・こうじろう)/朝日新聞編集委員

 愛媛県生まれ。1984年、朝日新聞社入社、横浜、青森支局に勤務。90年から東京社会部。教育班・文部省担当を4年間、2000年から大阪社会部次長、企画報道部次長、論説委員(教育担当)などを経て2005年に東京社会部次長。「子どもを守る」やいじめ問題などのキャンペーンを手がける。2008年4月から編集委員(同)。

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