特集/旨い!「丼」
帯広風から照り焼き、しゃぶしゃぶまで。味も姿も進化中
豚丼は牛丼に勝てるか!?
牛丼に比べまだ認知度は低いとはいえ、その味は丼界のスターとなり得る実力を十分秘めているようだ。
果たして、“国民食”である牛丼の地位を脅かすことができるのか――。
「吉野家の豚丼、旨くなったよ」
牛丼フリークから豚丼フリークに節操なく転向した友人からしきりに薦められて、久しぶりに「吉野屋」のカウンターに座った。
米国産牛の輸入が停止され、2004年2月11日に吉野家の店頭から牛丼が消えて早1年以上。一部チェーンでは復活しているが、牛丼欠乏感は癒されない。"吉牛"ファンを自認している以上、やすやすと易きに流れるわけにはいかない。
とか何とか言いながら、正直、登場したばかりの豚丼を一度だけ食べたことがある。こりゃダメだと思った。どこか申し訳なさそうな豚肉は硬いし、タレとあまりなじまない。見た目は牛丼風でも似て非なるもの、という印象が残った。ところが久しぶりに豚丼を食べて驚いた。豚肉の存在感はあるし、生姜風味のタレとよくからむ……これはどういうこと?
「美味しくつくれるようになったんです。豚肉というのはなかなか味が入っていかない。しっかり時間をかけて煮込んで、ねかせることも必要です。牛丼の場合は煮えたらすぐに盛りつけても大丈夫でしたが、豚丼の場合それをやると全然ダメ。味が入っていかないし、ごぼう臭が立ってしまう。ごぼうの量を減らして、玉ねぎを増やすなど野菜のバランスを変えたり、タレの調合を変えて、甘さや濃さも微調整していますが、豚肉の煮つけにしっかり時間を取るように現場に徹底させたことが最大のポイントです」。吉野家ディー・アンド・シー商品企画開発部規格管理担当の加藤正美氏はこう語る。
実は吉野家では米国産牛のBSE騒動以前から多メニュー化プロジェクトの一環として豚丼開発に取り組んでいたという。しかし、結果として豚丼は販売停止になった牛丼の代替メニューとして投入せざるを得なくなった。
豚丼の不幸は牛丼の代用食という形で世に広まったことだろう。
しかも、豚丼用のオペレーションが現場に不徹底なまま2004年3月の値引きセールを迎え、予定した販売数量以上に注文が殺到する中で、煮る時間もねかせる時間も不十分な豚丼が振る舞われてしまった。それがトラウマになって「豚丼はしょせん代用食」と断じた人が少なくなかったのは想像に難くない。
しかし、地道な改良が実り、全国的に売り上げを落としているとはいえ、豚丼は今や売り上げの5割以上を占める吉野家の主力メニューになっている。
ちなみに、加藤さんお薦めのトッピングは「甘さが引き立つ半熟卵に、紅生姜は必須」だそうだ。
なるほど豚丼は美味しくなった。しかし、美味しい豚丼を食べれば食べるほど、なぜか牛丼への慕情が募る。ということで、東京・築地市場内の吉野家へ。創業店であるここでは、今も牛丼のみを販売している。ただし、国産牛を使用しているため値段がやや高い。それでも昼時にはサラリーマンと観光客の行列ができている。店内を覗くと憑かれたように牛丼をかき込む懐かしい光景が広がっていた。
やっぱり吉牛は旨い。旨いんだけど、肉の歯ごたえがわずかに強い。吉野家ではショートプレート(牛の腹側の赤身と脂身が交ざる部分)という部位の肉を使っているが、食感の差は米国産牛と和牛の生育期間の違いによる肉質の差だとか。
吉野家築地店以外でももちろん牛肉は健在だ。オーストラリア産などの牛肉を使うチェーン店もあるし、何より文明開化以来の牛肉文化が残っている。そこで、明治28年創業の「浅草今半」へ向かう。浅草今半 オレンジ通り店では、国産黒毛和牛(現在は近江牛にこだわっていない)を使用した"百年牛丼"が食べられる。百年前から牛丼をつくっていたという意味ではなく、「百年を超える老舗が供する牛丼」という意味だ。
「お客様が牛鍋の残り汁をご自分でご飯にかけて食べるということは明治の時代からあったようですが、牛丼というメニューはもともとありませんでした。昭和30年にお土産用に牛丼を始めたのが最初です」と語るのは武石英太郎チーフ。
チェーン店の牛丼のようにすぐには出てこない。注文が入ってから「和食の職人が吟味した素材を和食の技法で」(武石チーフ)煮込むからだ。いやが上にも期待感が高まる。で、出てきた丼は格調高く蓋付き。蓋を取れば霜降りロースがてんこ盛り。行儀よく並べられた玉ねぎ。ちりばめられたグリーンピースは牛肉同様、文明開化の象徴なのだ。牛鍋、すき焼きの残り汁のぶっかけご飯という出自らしく、甘めの割り下でさっと煮込まれた牛肉はとろけるように柔らかい。
日本人が牛肉を食べるようになって100年。牛肉は生でも焼いても旨いけど、醤油ベースのタレで煮込むというのは日本人の舌に慣れ親しんだ牛肉の味覚の原点ではあるまいか。もちろん当時の牛肉は高級素材だから庶民は滅多に口にできなかった。その味を手軽な丼スタイルで広めたのが牛丼だ。
とはいえ今半のような老舗の味だけではここまで牛丼人気は広まらなかったはずだ。牛肉を格上に感じる日本人の牛肉信仰と明治以来の食習慣、そして外食チェーンがもたらした庶民性の絶妙なバランスが、牛丼を国民食へと押し上げたという気がする。
あらためて豚丼と牛丼を食べ比べてみると、同じ煮込み系で勝負する豚丼はいかにも分が悪い。煮込むほどに味がしみ込んでトロトロになる牛肉に対して、豚肉は味がしみ込みにくいし、かといって煮込みすぎると硬くなる。大体、豚肉が主役の丼としてはカツ丼がしっかり国民食の地歩を固めているわけで、今更、煮込み系の豚丼が割って入るのは難しいのか。
吉野家の加藤氏も言う。
「豚丼が牛丼のような国民食になる可能性は秘めていると個人的には思う。ただ牛丼とイメージが被る今の豚丼の延長線上にはないかもしれませんね」
そもそも外食チェーン各社が出している今の豚丼は、牛丼で使っていた厨房設備や火力を生かすという制約条件の下で生まれたものであり、豚肉の特性を存分に引き出しているとはいえないのだ。
牛丼の代用食ではない、確固たる豚丼のスタイルとは何か――。
一つの可能性は北海道にある。すき焼きといえば"豚すき"というほど豚食が盛んな北海道には、独自の豚丼文化が存在している。最近プチブームを呼んだ十勝・帯広の豚丼だ。明治の開拓初期から養豚が行なわれていたこの地方では、昭和初期に鰻丼をヒントにタレをからませて豚を焼くスタイルの豚丼が生み出された。
本場、十勝・帯広の豚丼を東京でも食べられるのが新宿の豚丼専門店「白樺」。
オーナーは北海道出身。地元から取り寄せた上質の豚ロース肉を焼いて、少し冷ましてからオーナー自ら帯広の豚丼店で学んだ秘伝のタレをコーティングする。タレに使われている水飴を焦げつかせず、風味を残すためだとか。タレは醤油ベースで昆布だしや生姜の風味が効いている。やはり豚肉は煮るより焼いたほうが香ばしいし、柔らかいながらも弾力のある豚肉の食感を楽しめる。
最近はブランド豚がブームだが、豚肉の素材のよさを上手に生かす丼も登場している。たとえば恵比寿にある豚肉料理と焼酎で人気の「ぶた家」の"くろどん"。豚肉は鳥海山の湧き水で育てられた山形庄内産で、ランドレース種と大ヨークシャー種の二元雑種にデュロック種を掛け合わせた庄内産特選わんぱくポーク。飼育後期に大麦を与えるおかげで、肉質が締まり、無理な脂肪もつかない。
そのバラ肉を鉄串に刺して炭火で炙り、醤油と味醂、ざらめでつくったタレをからませる。特別な材料を使っているわけではないが、何年も注ぎ足して煮詰められたタレは豚の脂が程よくなじんで、実に深みのある味に仕上がっている。
ぶた家のもう一つの豚丼が"しろどん"。こちらは塩、胡椒で焼いた豚ロースにだしで溶いたとろろをかけた丼。「牛タンの麦とろご飯がヒント」(今田篤子店長)になって生まれた丼だけに、あっさり塩味の豚肉を齧りつつ、ズルズルととろろご飯と一緒に流し込めるのが何とも喉に心地いいのだ。
焼き系豚丼は豚肉の特性を生かした実力派という感じがする。煮込むと気になる豚臭も焼けば香ばしさが先立つし、適度に落ちた脂には旨味が凝縮される。これはこれで大ありだろう。
豚丼のバリエーションの中に
理想の姿が見えてきた
でも国民食という高いゴールを掲げるなら、要求はもう一段高くなる。豚肉そのものの旨さを味わいながらも、やっぱり丼は具材とご飯を一緒にかき込んでざばばばっと食べたい。牛丼然り、いくら丼然り、カレー丼然り、ご飯との一体感が欲しいのだ。
そんな要望に応えてくれる豚丼があった。六本木「蕎麦ダイニング くろさわ」の"黒豚丼"だ。その最大の特徴はしゃぶしゃぶ風の豚肉。
「永田町の本店でしゃぶしゃぶをやっていますが、火を入れすぎると硬くなり、火を入れないと味が出ない豚肉はしゃぶしゃぶが一番合う。黒豚の素材を生かして、いかにご飯と融合させるかという発想から生まれた丼です」(山上雄嗣主任)
黒豚丼は"白"と"赤"の2種類ある。"白"は塩と昆布だしのみのスープでしゃぶしゃぶした黒豚をあられをまぶしたご飯にのせて、ゆでたねぎをトッピングしただけのシンプルな構成。それだけに黒豚の美味しさがストレートに伝わる。
"赤"は醤油、鰹だし、塩、胡椒、白ねぎの葉、生姜のスープで黒豚をしゃぶしゃぶして、ゆでた三つ葉とともにご飯にのせて、特製のタレをかけ、きゅうりのせん切りを天盛りにして出来上がり。生姜、にんにく、人参などをすりおろしたタレはご飯との相性が抜群に良く、生姜焼きの風味を彷彿させる。それでいてくどくなく、上品な味わい。
"白"も"赤"も、肉の一枚一枚は大ぶりだけれど、しゃぶしゃぶにするから非常に薄い。これがご飯を一緒にかき込んだり、包んで食べるのにまことに都合がいいのだ。いい肉を使っているから美味しいのは当然だが、素材に奢らずに美味しく食べさせる工夫が凝らされている。豚丼としてかなり完成度が高いと感じた。
このように、豚丼は新しい可能性を示し始めているし、そのバリエーションが広がりつつある。逆に、その幅広さ、柔軟さが認知されにくい存在にしているともいえる。
牛丼といえば誰でも思い浮かべるイメージがあるように、国民食になるためにはある程度、丼の"型"が決まらなければならないのかもしれない。型が決まれば、あとは卵をかけたり、紅生姜をのせたりと個々人で食べ方のこだわりが出てくる。そうなれば本物だ。
煮込みか。焼きか。しゃぶしゃぶか。さらに未開のスタイルがあるのか。牛丼が本格的に復活しても、決して徒花や単なる郷土食で終わらないパワーと可能性を豚丼は秘めている、と信じたい。
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