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再生のとき:/5 DV元夫に長男殺された母娘 生きた証し残す

「全身全霊で私たちを守ってくれた」。諒君の遺灰で作ったダイヤモンドの指輪をはめて思い出を語る川本弥生さん(右)と亜紀さん=西本勝撮影
「全身全霊で私たちを守ってくれた」。諒君の遺灰で作ったダイヤモンドの指輪をはめて思い出を語る川本弥生さん(右)と亜紀さん=西本勝撮影

 「パパを一人にするのはかわいそう。僕が残れば立ち直ってくれるかも」

 川本弥生さん(47)は、優しかった長男諒君の声をはっきりと覚えている。

 9年前のことだ。元夫(45)の暴力に苦しみ離婚を決意した弥生さんは、子供を連れて家を出ようとした。ところが、一番の被害者だった諒君は「残る」と言った。当時、中学1年の13歳。「あんなにつらい思いをしているのに」。父を思う言葉に息子の成長を感じつつ、弥生さんは釈然としないまま、小学生だった長女亜紀さん(19)だけを連れて出た。

 元夫の暴力のきっかけは、95年1月の阪神大震災だった。勤務していた神戸市内の服飾会社の業績が落ち、家族に当たり散らした。2年後に会社を辞めてから一層エスカレートし、「ごはんをこぼした」「勉強しろ」とささいなことで2人の子を殴り、「泣いたら刺す」とナイフで脅した。弥生さんが外出すると5分おきに携帯電話を鳴らし、「どこにいるんだ」と詰問した。改造エアガンでアルミ缶を撃ち抜き、銃口を家族に向けてすごむこともあった。元夫の顔色をうかがう毎日は限界だった。

     ■  ■

 「救急車が来てる」。弥生さんが、飛び出した自宅の近くに住む友達から携帯メールをもらったのは、離婚から2年近くたった03年3月の夜だった。

 警察に電話すると「息子さんがけがをした」と告げられ、病院に駆けつけた。しばらく待たされた後、医師が出てきて言った。「お子さんは亡くなられました」。それから葬儀までの記憶がない。

 諒君は元夫にナイフで胸を刺され、15年の短い生涯を閉じた。弥生さんと亜紀さんにつきまとう元夫に「もう、やめて」と懇願し、元夫が激高したと後で聞いた。

 「あのとき、無理にでも連れて来るべきだった」。弥生さんは自分を責め、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだ。元夫の裁判に証人として出廷した時は、恐怖と嫌悪で気を失い倒れた。亜紀さんも「兄が亡くなったのは自分が父に会わなかったせい」と悩んで引きこもりがちになり、中学にはほとんど通えなかった。

 2人は住み慣れた街を離れ、息を潜めて暮らし始めた。懲役12年が確定した元夫の出所が怖くて、友人や親類にも転居先を知らせていない。

     ■  ■

 ドメスティックバイオレンス(DV)という言葉を弥生さんが知ったのは事件後のことだ。01年10月にDV防止法が施行されてはいたが、「家庭内のもめ事」と我慢し、誰にも助けを求めなかった。「もっとDVのことを知っていれば」「私と同じ思いをしてほしくない」。そんな思いから08年、ブログでDVの啓発活動を始めた。メールを通じた被害者支援も手がける。被害を訴える文面を読むと、今もいたたまれない。それでも「活動が諒君の生きた証しになる」と信じて続けている。

 08年12月。遺族や被害者が刑事裁判で被告に直接質問できる被害者参加制度が始まった。制度導入を審議した衆院法務委員会では、元夫の裁判も紹介された。「制度実現に役立ったのなら、それは息子の力。死は無駄ではなかった」。弥生さんにはそう思えた。

 亜紀さんは今、保育士を目指して勉強中だ。「子供好きで、いつも楽しく遊んでいた兄のようになりたい」と願う。昨年入学した短大の志望理由書には「兄の分まで子供と触れ合いたい。生きていたら、きっと私の夢を応援してくれたと思う」と書いた。

 「私の今年の漢字は『生』かな」。京都・清水寺で先月11日に発表された「今年の漢字」。翌朝、テレビニュースを見ながら亜紀さんがつぶやいた一言に、弥生さんは目を潤ませた。事件以来、忘れていたうれし涙だった。【酒井雅浩】=つづく

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 ◇そのとき日本は

 ■2000年

 2月25日 旧総理府がDVに関する初の全国調査の結果を発表。夫から暴力を受けた経験のある妻は15%に上った

 ■01年

10月13日 配偶者からの暴力を防止するためのDV防止法施行。被害者の申し立てを受け、裁判所が接近禁止命令や退去命令を出せるようになる

12月 3日 「ドメスティック・バイオレンス(DV)」が「日本新語・流行語大賞」のトップ10に選ばれる

 ■04年

12月 1日 犯罪被害者等基本法成立。DV被害者も保護の対象に

 ■08年

12月 1日 刑事裁判の被害者参加制度開始

毎日新聞 2010年1月5日 東京朝刊

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