取り調べテープ だから可視化を急がねば

 無実の人がなぜ虚偽の自白をするのか。その経過を明らかにし、冤罪(えんざい)の再発防止に生かす。取り調べ録音テープが法廷で再生された意義は大きい。
 栃木県足利市で1990年に4歳女児が殺害された足利事件で、無期懲役が確定、その後釈放された菅家利和さんの再審第4回公判が宇都宮地裁で開かれた。取り調べテープが法廷で流され、検証されるのは極めて異例のことだ。
 今回、明らかになったのは、検事が菅家さんに「実際にやった事件なの?」などと畳み掛けるように問いただし、菅家さんが、すすり泣きや沈黙の後に「警察から殴られたりするかと思い、自分がやったと話したんです」と訴える生々しいやりとりだ。
 菅家さんは、足利事件とは別の2女児殺害事件(未解決)でも、いったん虚偽の自白をしていた。追い込まれた精神状態の中で、犯行を認める供述を強いられた様子がうかがえる。
 テープ開示をめぐっては、検察側が菅家さんの無罪を認めた上で、「再審公判で証拠調べをする必要はない」と拒否していた。
 再審の目的は、菅家さんを犯人だと決め付けた捜査や有罪判決を下した公判の問題点を徹底的に洗い出すことにある。22日には取り調べに当たった元検事の証人尋問も行われる予定だ。
 自白に頼った捜査が数々の冤罪を生んできた。テープの開示は、取り調べ調書の任意性を確かめる有力な手段であることをあらためて確認させた。だが、これでとどまってはならない。
 茨城県で1967年に男性が殺害された布川事件では、取り調べを録音したテープが10カ所以上にわたり編集されたことなどが分かり、その後の再審につながった。
 密室での取り調べが冤罪の温床となっている。警察や検察が公正な取り調べを行っているかどうか、それを検証するためには、全過程で録音・録画する全面可視化を急がねばならない。
 民主党は政権公約にこの制度の導入を明記している。党内や国家公安委員会での議論も始まった。それなのに鳩山由紀夫首相は、今国会への法案提出は望ましくないとの認識を示した。
 小沢一郎民主党幹事長に絡む土地購入問題の捜査が進む中で、「検察に圧力を加えていると思われることは避けた方がいい」というのが理由だ。
 一方で、民主党は「情報漏えい問題対策チーム」の設置を決めた。検察の捜査が公正さを欠いているとの批判を強めている。
 全面可視化は、政党の思惑とは別次元の話だ。民主党幹事長をめぐる「政治とカネ」の問題が、冤罪再発防止の障害となっている事態は情けない

新潟日報2010年1月22日

政教分離判決 「違憲新基準」は妥当だが

 憲法を厳密に解釈すれば「違憲」の判決は妥当といえよう。しかし、厳格が過ぎれば混乱も招く。この種の裁判の難しさを示したものといっていい。
 最高裁は、北海道砂川市が市有地を神社に無償で使用させているのは政教分離の原則に反しているとする訴訟で、違憲の判決を下した。
 一、二審の判断を支持しながら、「審理が尽くされていない」として、札幌高裁に差し戻してもいる。分かりにくさがここにある。
 問題となった神社は1953年に、地元住民から私有地とともに市に寄付されたものだ。議会が社の無償使用を認め、70年には敷地に町内会館が建設され、祠(ほこら)も会館に移された。
 これまで政教分離訴訟で基準となっていたのは、77年の津地鎮祭訴訟での最高裁判断だ。目的が宗教的意義を持ち、宗教への援助や促進などの効果が生じれば違憲とする考え方である。
 今回はこの「目的効果」基準からさらに踏み込んで、施設の性格、無償供与の経緯や形態、一般人の認識などを判断基準として提示した。
 敷地内には鳥居があり、春秋の例大祭などには神職による神事も行われていた。最高裁はこれらを勘案して宗教施設と見なし、「特定の宗教に特別の便益を提供した」と認めた。
 旧憲法下で国家神道は国家権力と結び付き、国民を戦争へと駆り立てた。新憲法に規定された政教分離の原則は、その歴史への反省を踏まえたものである。新基準は、原則の厳格な適用を求めたものといっていい。
 ただ神社を含め、公有地に宗教施設が建っているケースが全国各地にあるといわれている。鎮守の森は住民に安らぎを与え、境内は子どもの遊び場などになっているところも多い。
 「ムラの鎮守」は集落のよりどころでもあり、祭礼などは宗教行事というより土着習俗的な側面を持つ。祭礼や歴史的、文化的な建造物を観光資源としている自治体もある。
 政教分離の原則は守らなければならない。だが、新基準を基に自治体などが過剰に反応し、公有地にある宗教的施設を一律に違憲とするようなことがあっては困る。地域の文化や習俗が失われる恐れがあるからだ。
 最高裁はこれらの実態を考慮して、「公有地を無償、有償で譲渡したり、適正な時価で貸し付けるなどの方法がある」と、違憲状態の解消法も示した。厳しさを求めながら、現実的な道を選択したともいえる。
 違憲状態は正さなければならない。各自治体は新基準に従って早急に調査し、実態を把握する必要があろう。だが、その際に住民の混乱を防ぐための十分な話し合いも忘れてはならない。

新潟日報2010年1月22日