水俣病和解協議 早期救済を確かなものに
水俣病未認定患者を救済するための足掛かりができたということだろう。
熊本県の「水俣病不知火患者会」が国と熊本県、原因企業に損害賠償を求めた集団訴訟で、熊本地裁が和解を勧告し、被告、原告双方による和解協議が始まった。
不知火患者会は2千人以上の未認定患者らで組織する最大の訴訟団体だ。今回の和解協議は、他の被害者団体の救済策にも直結するだけに、国の歩み寄りによる早期の合意が待たれる。
新潟水俣病第4次訴訟では、原告が和解に向けた事前協議を国に要請している。熊本と連携しながら、被害者全員救済の流れを確かなものにしたい。
未認定患者の救済をめぐっては、昨年7月に特別措置法が成立し、対象の範囲がこれまでの国の基準より広がった。しかし、不知火患者会などは、「まだ不十分」として批判していた。それが政権交代を経て、和解協議に進んだ。この期を失してはならない。
国は水俣病公式発見の日である5月1日までに特措法による救済を開始したいとし、それまでに被害者団体との和解、合意を目指す。
和解に向けての不知火患者会と国との隔たりは大きい。国は被害者の声を真摯(しんし)に受け止め、一致点を見いだすよう意を尽くさねばならない。
具体的に協議されるのは、一時金や療養手当の額、対象者の判定方法などだ。特に国に求めたいのは、水俣病被害の実態を直視することだ。
熊本県などの市民グループが昨年9月、独自に行った健康調査では、国が救済対象としている地域と年代を超えて、被害が広がっていることが確認された。国は昨年末、対象地域を緩和する考えを示したが、年代制限については従来通りとしている。
新潟水俣病阿賀野患者会は、特措法が「3年以内をめどに対象者を確定する」としている期限を撤廃するよう求めている。地域の偏見が残っているうちは名乗り出るのは難しいからだ。救済対象者を判定する公正な第三者機関の設置も課題になる。
水俣病の公式発見から今年で54年、新潟水俣病は45年になる。いまだに解決しないのは、国が救済範囲の拡大を渋っているためだ。
2004年の関西訴訟で、最高裁は国の基準より幅広く水俣病と認め、態度変更を迫ったにもかかわらず、国は一向に改めようとしていない。
今回の特措法に基づく救済は、1995年の村山政権時に次ぐ2度目の「政治決着」となる。被害者は高齢化している。早期救済を求める声は切実さを増す一方だ。
国は、今度こそ真の解決への道を示す、その覚悟を問いたい。