オバマ米大統領は金融自由化の路線を転換し、広範囲な規制を加える方針を打ち出した。預金を預かる銀行にはリスクの高い金融取引を制限し、ファンドへの投資も禁止する。大統領は先に大手金融機関から特別税をとる方針も明らかにしている。
金融機関に厳しく臨む一連の措置は、ウォール街に対する米世論の批判を強く意識したものだ。結果として金融の機能を損ない、米経済を萎縮させるようなことになれば、世界経済にも影響が及びかねない。慎重な議論を望む。
自由化路線を転換
新方針は銀行がヘッジファンドやプライベートエクイティ(未公開株)ファンドに出資・保証することを禁じる。未公開株を手掛けるファンドは、ベンチャー企業や再建途上の企業に投資し、企業の成長やリストラを促してきた。企業活動を金融面から促す仕組みだったが、資金面から銀行は関与できないようにする。
銀行自身の資金でリスクの高い金融商品を売買することも、おおむね禁止する。自己勘定の取引は失敗すると損失がかさむと判断した。
オバマ政権の一連の規制案は、金融自由化という米政府の基本路線の転換を示すものだ。世界恐慌を受けて1933年に米国はグラス・スティーガル法を定め、銀行と証券の業務分離の体制をとった。80年代以降の規制緩和の流れを受け、99年には金融持ち株会社を通じて銀行、証券、保険といった金融業務の相互乗り入れを認める体制が確立した。
金融技術の発達も追い風となり、米金融機関は証券化などの分野で他の追従を許さぬ存在となり、金融は主力産業となった。ところが2008年のリーマン・ショックは、極度に拡大し複雑化した金融が実体経済をも大きく揺さぶることを示した。
リーマン・ショック後、米政府が金融機関の救済に使用した総額7000億ドル(約63兆円)の公的資金のうち、1170億ドルに損失が生じた。銀行に対する当局による保証などを含め、総額10兆ドル強と名目国内総生産(GDP)の7割強に達する公的支援を実施した。
「金融機関が巨大化し、短期的な利益と多額の報酬を追求して無謀なリスクをとったことが危機を招いた」。大統領はこう強調し、危機の再来を防止するために、金融機関の活動に網をかぶせる考えを示した。
すでに巨大化した金融機関にどう対処するかについては、3つの考えがあり得る。1つは大きすぎてつぶせない。リーマン・ショック後の米当局はこの対応を余儀なくされた。
しかし大半の大手金融機関は公的資金を返済するや、多額の報酬を復活させた。一方で、米失業率は10%と高止まりしている。米ゴールドマン・サックスは収入に対する役職員の報酬の割合を99年の上場以来最低の水準に抑えたが、米世論は反ウォール街に傾いている。
そこで、つぶれても大丈夫なように大きくしないという2番目の考えが出てくる。ボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長らが提案している。規制発表の際にオバマ大統領の隣に控えていた。その光景が物語るように、今回の規制はボルカー氏の発想を色濃く映している。
2番目と表裏の関係にある3番目の対応は、大きくてもつぶせる仕組みを用意することだ。ピッツバーグの金融サミットで打ち出した金融の再規制の方針を踏まえ、オバマ政権はその仕組み作りを考えている。
成長阻害のリスク
金融機関に責任をとらせるという点では、オバマ政権は公的資金の損失分について大手行に課税する考えを打ち出している。大手に的を絞った課税は金融機関の規模拡大に歯止めをかけようとする狙いがある。
一連の措置で気がかりなのは、就任1年にして支持率が下落傾向にある大統領が銀行批判の世論を意識し過ぎているようにみえる点だ。マネーの流れを過度に阻害する規制や課税は、結果的に経済発展の足かせとなる。とくに企業が成長し再生するうえで、金融の果たしてきた役割は大きく、その機能を妨げることは回復し始めた米景気にも影を落とす。
米大手金融機関の09年10〜12月期の収益は7〜9月期に比べて減少した。個人向け融資の焦げ付きが増えているほか、証券業務も苦戦しだしている。今回の規制発表を機に世界的に株安連鎖が起きたのは、米金融が目詰まりを起こさないかという市場の懸念を示すものだ。
米国は大手行に対する特別課税を20カ国・地域(G20)首脳会議などの場で、提案する考えという。一連の金融規制についても、国際的に広げようとしておかしくない。
だが、今回の金融危機を引き起こしたのは米国自身だということを忘れないでほしい。しゃくし定規の規制を他国にも押しつけることは、副作用が大きいことを日本としても折に触れて訴えるべきだろう。