池田信夫 blog

Part 2

May 2007

情報社会から高齢者や障害者が排除されないように、情報通信機器・サービスのユーザインタフェースを改善する、情報アクセシビリティの実現に向けて世界は動いている。すでにアメリカは連邦政府調達について情報アクセシビリティを必須要件としている。ヨーロッパも公共調達の要件とするように動き出した。

情報アクセシビリティとは何か、世界はどう動いているのか、それをビジネスチャンスにするとはどういう意味なのか。今回の情報通信政策フォーラム(ICPF)セミナーでは、今月アメリカ連邦政府で開催される、情報アクセシビリティ要件改定のための諮問委員会の動向を含め、最新の情報を提供する。

スピーカー:山田 肇(東洋大学経済学部教授 ICPF事務局長)
モデレーター:池田信夫(ICPF代表)

日時:5月29日(火) 18:30~20:30
場所:東洋大学・白山校舎・5号館 5202教室
    東京都文京区白山5-28-20
    キャンパスマップ
入場料:2000円
    ICPF会員は無料(会場で入会できます)

申し込みはinfo@icpf.jpまで、電子メールで氏名・所属を明記して(先着順40名で締め切ります)
2007年05月10日 21:15

みのもんたの古い脳

ご存じの著者による、政治家と官僚の関係の現状についての報告。彼は元政治学者だから、専門的な分析を期待したのだが、中身はよくも悪くも一般向けで、あまり深い議論はない。ただ少し考えさせられたのは、「最大の敵は『みのもんた』」という話だ。この「みのもんた」というのは、メディアのポピュリズムの比喩で、派閥が崩壊してしまった自民党では、「民意」が最大派閥になっているという。

著者が「みのもんた」の例としてあげるのが、貸金業法の改正だ。当ブログでも論じたように、上限金利を下げたら貸金業界が崩壊して消費者がかえって困ることはわかっていたのに、みのもんたは(規制強化を主導した)後藤田正純氏をゲストにまねいて、彼を正義の味方とたたえた。

当ブログで紹介してきた進化心理学の言葉を借りると、みのもんたが代表しているのは、感情をつかさどる「古い脳」である。同情は、人類の歴史の99%以上を占める小集団による狩猟社会においては、集団を維持する上できわめて重要なメカニズムだ。感情は小集団に適応しているので、「高金利をとられる人はかわいそうだ」といった少数の個人に対する同情は強いが、規制強化で市場から弾き出される数百万人の被害を感じることはできない。

これに対して「金利を無理に下げたら資金供給が減る」というのは、経済学ではきわめて初等的な理論だが、「新しい脳」に属す論理的推論を必要とし、多くの人にはそういう機能は発達していない。話し言葉がだれでも使えるようになるのに、書き言葉が教育を必要とするように、経済学の非直感的な理論は、人々の自然な感情にさからうのだ、とPaul Rubinは指摘している。

では規制緩和を唱えるメディアは、合理的に思考しているのだろうか。著者は、ふだん「官民癒着」を批判している某局の有名キャスターが、デジタル放送を税制で優遇してくれと陳情に来て驚いたと書いている。実は、彼らも自分たちの電波利権という身の回りの利益は感じても、国民経済の大きな利益は感じていないのだ。彼らの反政府的な言論も、強い者をたたいて古い脳に訴えるマーケティングにすぎないのである。
2007年05月09日 09:09

日本軍のインテリジェンス

当ブログの記事に「書評になってない」という批判がたまにあるが、これは書評ではない。原稿料をもらって書く書評は、バランスをとって内容を紹介し、なるべく客観的に評価するよう努めているが、ここに書くのはきわめて主観的でバランスのとれていない感想であり、内容の紹介ではない。

本書も、ちゃんとした書評はアスキー・ドットPC7月号(今月下旬発売)に書いたが、そこで書けなかった感想を一つ:日本が戦争に突っ込んだ原因として、これまでは「民主主義が未熟だった」とか「封建遺制が残っていた」といった観念的な近代化論が多いが、問題はもっと具体的なレベルにあるのではないか。

その一例が、本書のあげているインテリジェンスの貧困だ。特に1940年に三国同盟を締結するにあたって、情報部門はドイツの形勢不利を報告していたのに、松岡洋右外相や陸軍首脳はソ連を含めた「四国同盟」という幻想を抱いて同盟を結び、翌年、独ソ戦が始まると驚愕する。この失敗が、日米開戦に至る決定的な分水嶺だった。その原因は、日本軍では情報の分析を作戦部門が行なったため、強硬派が自分に都合のいいように情報を主観的に解釈したからだ。

この背景には、日本の官僚組織の極端なエリート主義がある。陸軍士官学校を何番で出たかが一生ついて回り、エリートは参謀本部の作戦部門で、若いときから大きな権力をもつ。情報部門に回されるのは「傍流」だから、その分析結果なんか相手にしない。兵站は「ノンキャリ」の仕事だから、エリートは補給を考えないで強気の作戦を立てる。おかげで、餓死者が戦死者を上回るという史上もっとも愚劣な戦争が行なわれた。100万人以上の日本兵が、戦闘によってではなく、バカな上司に殺されたのである。

この原因は、封建制とも軍国主義とも関係なく、山本七平が細密に描いたように、外側の世界と無関係に身内の力関係だけで「自転する」組織にあるのではないか。それを平和主義とか民主主義などの抽象的な理念で克服したつもりになったことが間違いで、実はそういう病気は、まだそっくり霞ヶ関に(そして企業にも)残っているのだ。
2007年05月08日 21:37

靖国史観

安倍首相が靖国神社に供物を奉納したという話が、また騒ぎを呼んでいる。しかし、そもそも靖国神社とは一般に信じられているように、国家のために戦死した人々をまつる神社ではないのだ、と本書はいう。

靖国神社の始まりは、1862年に行なわれた「招魂祭」で、これは安政の大獄などで徳川幕府に殺された勤王の志士を慰霊したものだ。それが明治維新によって、彼らが「官軍」となってから制度化されたのが招魂社であり、西南戦争の後これが靖国神社となった。したがって明治政府と戦った西郷隆盛は、靖国にはまつられていない。

要するに靖国神社は、天皇家のために戦死したテロリストを鎮魂する神社だったのである。それが国家の神社になったのは、たまたま天皇家が徳川家との内戦に勝ったからにすぎない。まさに「勝てば官軍」であり、歴史はつねに勝者によって書かれるものだ。「東京裁判史観」を批判する人々は「靖国史観」も批判すべきだ、と著者は論じる。

新撰組が保守反動で、坂本龍馬がヒーローになるのは、勝者のご都合主義である。実際には、当時の法を守ったのは新撰組であり、東条英機は坂本より近藤勇に近い。両者をごちゃごちゃにまつる靖国は奇妙な神社であり、しかもそれが第2次大戦では「賊軍」になったことで、靖国史観は決定的に混乱した。そのため、いまだに遊就館では「軍事的には負けたが、あの戦争は正しかったのだ」と主張するパンフレットが配られている。

靖国神社は「国家神道」によってできたものではない。吉田松陰の提唱した討幕運動は、祭政一致の「国体」を復興させる儒教的な革命だった。このように既成秩序を批判するために「本来の姿への復古」というスローガンを掲げ、宗教と政治を「垂直統合」して戦意を高揚させる教義は、革命運動によくあるが、それが政権をとった後も続くと、現在のイスラムのようにきわめて硬直的な国家を生み出す。

靖国神社の背景にこうした特異な歴史観があるとすれば、著者もいうように、首相が参拝するかどうかとか、A級戦犯を分祀すべきかどうかといったことは大した問題ではない。それは本来、天皇家の私兵の神社であり、国家の機関ではないからだ。しかし「テロリスト神社」に首相が贈り物をするというのは、かなり奇妙な話ではある。
2007年05月08日 11:13
IT

Gmailの「擬陽性」

きのう大学の事務室から、「4月27日にメールで連絡したのだが・・・」という連絡があった。Gmailの「受信トレイ」にはないので、まさかとは思いつつ「迷惑メール」の中をさがしてみると、あった!

こういう1対1のメールがはじかれたのは、初めて見た。文面もごく普通なので、上武大学のドメイン(jobu.ac.jp)がGmailのデータベースに「迷惑ドメイン」として登録されているとしか考えられない。グーグルがどういう基準でスパムを分類しているのか知らないが、一定の人数が「迷惑メールを報告」したら自動的にスパムに分類されるとしたら、いたずらで複数のアカウントを使って大学や企業のドメインをスパムにすることもできる。

Gmailは、false negative(正常なメールと判定されたスパム)が1日に2、3通ぐらいしか来ないので、普通のベイジアン・フィルターに比べると、かなり広い基準でスパムを排除していると考えられる。これは、今回のようなfalse positiveが出る率も高いということだ。擬陰性はうっとうしいだけだが、擬陽性は仕事に差し支えるので非常に困る。

こういう問題を解決するには、GmailにもPOPFileのようにスパム排除の強さをユーザーが選択できるオプションを作るしかないのではないか。私も最初は毎日スパムをチェックしていたが、最近は1日200通ぐらい来るので、とてもチェックできない。あなたも「あの返事がまだ来ないな」というときは、「迷惑メール」の中を検索してみたほうがいいですよ(検索オプションを変更すれば可能)。
2007年05月07日 21:33

Prophet of Innovation

経済学部の学生でケインズを知らない者はいないだろうが、シュンペーターの本を読んだ学生は少ないだろう。しかしグーグルで検索してみると、Keynesが1580万件なのに対して、Schumpeterは1730万件ある。財政政策がすっかり信用を失う一方、イノベーションや企業家精神の重要性が注目される今、シュンペーターが注目されるのは当然かもしれない。

本書は、シュンペーターの波乱万丈の人生と、その学問を丹念にあとづけたものだ。特に大恐慌の中で、主著『資本主義・社会主義・民主主義』を書く前後の状況が興味深い。当時、資本主義には自動調整力がなく、政府が経済を管理しなければだめだという意見が支配的だった。それに対してシュンペーターは、資本主義の本質は企業家精神にあり、政府はイノベーションを作り出せないと論じた。

いま読むと当たり前のことを言っているようだが、当時アメリカのインテリの間ではマルクスの影響が圧倒的だった。大恐慌はマルクスの予言を裏づけたように見え、ソ連は驚異的な経済成長と技術進歩を実現していた。シュンペーターもマルクスの強い影響を受け、それに対する反論としてこの本を書いたのである。

シュンペーターの理論も、かなりの部分はマルクスから借用したものだ。特に資本主義が既存の秩序を破壊して生産性を高めるという「創造的破壊」の概念は、ほとんど『共産党宣言』の焼き直しである。生産が独占企業によって「社会化」されるという傾向についても、シュンペーターの見通しはマルクスと似ていた。シュンペーターは「資本主義は生き残れるか」と自問して「否」と答えている。

両者の最大の違いは、マルクスが資本蓄積とともに利潤率が低下し、労働者は窮乏化すると予想したのに対して、シュンペーターはイノベーションによって資本主義は成長し続けると考えたことだ。経済が成熟すると投資が不足して成長が止まるという「長期停滞論」は、ケインズにも新古典派にも共通した考え方で、シュンペーターは少数派だった。彼の思想は、弟子であるサミュエルソンやトービンなどには継承されず、経済学の主流では、シュンペーターのような「哲学的」な議論は軽蔑されるようになった。

いまシュンペーターが注目されているのは、こうした主流の経済学が行き詰まったためだろうが、彼の著作で企業家精神やイノベーションについて具体的な分析が展開されているわけではない。彼自身は晩年、進化論に興味をもっていたようだが、資本主義のダイナミズムを理論化することはできなかった。しかし彼の限界は、そのまま現在の経済学の限界なのである。
2007年05月06日 18:29

iPodは何を変えたのか?

産経新聞に私の書評が出た。

週刊ダイヤモンドやアスキードットPCの書評は、本を自分で選ぶのだが、こういう単発の書評は編集部が本を決めて依頼してくるので、引き受けておいて読んでから「これは他人にはすすめられないな」と思ったときの書き方がむずかしい。

「iPodだけで1冊の本になるの?」と疑問をもったあなたは正しい。iPodの話は全体の1/3ぐらいで、あとはポップ・カルチャーをめぐる雑談と、著者の「おれはジョブズとダチなんだぜ」という類の自慢話。
2007年05月05日 17:28
メディア

株主価値と編集権

ルパート・マードックによるWSJの買収提案は、市場価格を65%も上回る破格のものだが、いつもは株主価値を最優先するWSJが連日、何ページも費やして「マードックは個別の記事やレイアウトにまで介入して、メディアを商業化する。編集権の独立性が侵害される」と反対キャンペーンを張っている。

これに対してEconomistは、「新聞が大衆化するのは、インターネット時代に生き残るには、いずれにしても避けられない。マードックの編集判断は、そんなに悪くないよ」と、いつものように皮肉っぽい。

教訓:他社の株主価値が最大化されるのはいいことだが、自分の会社には「市場原理主義」で測れない価値がある。
2007年05月03日 15:17
法/政治

大前研一氏の誤解

慰安婦問題は、もううんざりだという人が多いだろう。安倍首相が「同情」を表明して、海外では歴史的事実になってしまったようなので、私も議論しても無駄だと思う。しかし日本人の中にも、今ごろ初歩的な誤解を堂々と発表する人がいるので、ひとことだけ。事実関係を知っている人は、無視してください。

大前研一氏は、慰安婦の強制連行を日本政府が認めた「決定的証拠」が発見されたという。その証拠とは「林博史・関東学院大教授が米国の新聞で発表した論文」だそうだが、大前氏は「資料を直接読んだわけではない」。伝聞のあやふやな情報で断定的に語るのは彼の得意技だが、その原資料(ウェブからは削除された)は私の手元にある。慰安所については、次のような問答がある:
Q: How many women were there?
A: 6.
Q: How many of these women were forced into the brothel?
A: Five.
要するに、わずか5人の女性を末端の下士官が慰安所に入れたというケチな強姦事件で、軍の命令に違反した個人犯罪である。しかもこれは東京裁判の検察側の証拠として採用されたが、不起訴になったので、「日本はサンフランシスコ講和条約によって東京裁判を受け入れたのだから、強制連行を公式に認めたことになる」という大前氏の論理は成り立たない。

この種の強姦事件は「新発見」ではなく、終戦直後にBC級戦犯裁判で処理が終わったものだ。当ブログの369ものコメントによる大論争でも明らかになったように、軍が「慰安婦に売春を強制せよ」と命令した文書は1枚もない。したがって軍にも日本政府にも、強制(強制連行に限らない)を命じた命令責任はないのである。

業者や軍人が行なった犯罪行為を軍が放置したという監督責任はあるかもしれないが、これは道義的責任であって法的責任ではない。わかりやすくいうと、沖縄で米兵が強姦事件を起こしたとき、大統領が「遺憾の意」を表明することはあっても、国家賠償をしないのと同じだ。だから安倍首相が慰安婦に「同情」したが「謝罪」しなかったのは、ぎりぎりの妥協だろう。

戦地での強姦事件というのは、戦争にはつきものだ。それを避けるために「慰安所」をつくるのもよくある話で、米軍も朝鮮戦争やベトナム戦争でつくった。大前氏はそういう事実も知らないで、「他民族中心主義」のダブルスタンダードをふりかざしているのだろう。別に海外の誤解を解いてほしいとはいわないが、これ以上誤解をまき散らすのはやめてほしいものだ。
私はPCで作業している時間の8割ぐらいはパンドラを聞いているのだが、今日その創業者から次のようなメールが来た:
Today we have some extremely disappointing news to share with you. Due to international licensing constraints, we are deeply, deeply sorry to say that we must begin proactively preventing access to Pandora's streaming service for most countries outside of the U.S.
インターネット・ラジオは災難つづきだ。7月からは、著作権料を大幅に引き上げる法律が施行される予定で、これを差し止める緊急立法が提案され、それに賛同を求める署名運動がウェブで行われている。それによれば、この法律が施行されると、彼らの収入の60%から300%がロイヤルティとして取られることになり、ほとんどのインターネット・ラジオ局が死滅するという。

国境のないインターネットに国境をつくって、既得権を守ろうとする人は絶えない。パンドラとともに、国境を超えて音楽を共有したいという人々の希望も閉ざされるのだろうか。

追記:TechCrunchによれば、これはもともと国際的に送信できない建て前だったものを適当なZIPコードでOKしていたのが、審査をIPアドレスで厳格にやれということになったらしい。
2007年05月02日 12:14
経済

売春を禁じる理由

Greg Mankiw's Blogより:

ワシントンで高級コールガール組織が摘発され、その顧客だったとされる国務省の副長官が辞任した。「D.C.マダム」の顧客名簿には、ブッシュ政権のエコノミストなど多数の著名人が含まれているという。この肩書きから、だれでも一番に連想するのはマンキューだから、これは「私じゃない」という言明だろう。彼によれば、経済学者は通常、女にもてないので色事には縁がないが、売春を合法化すべきだという意見は多い。

麻薬と違って、売春そのものは(性病さえ予防すれば)人体に有害ではないので、禁止する理由はない。かつてそれが女性の人権を侵害したのは、絶対的貧困によって売春を「強制」されたからであって、自由意思で不特定多数とセックスすることを犯罪とすべきではない。むしろこれを非合法化していることが犯罪の温床になり、暴力団の資金源になっているのだ。

このエコノミストがだれか知らないが、「売春禁止法は職業選択の自由を定めた合衆国憲法に違反する」という法廷闘争をやれば、多くの経済学者が支援するのではないだろうか。
2007年05月01日 11:07
法/政治

ポスト戦後の思想

当ブログでは、アクセスやコメントの多い記事と少ない記事は、だいたい予想がつくのだが、きのうの記事にたくさんコメントがついたのは意外だった。私の年寄りくさい感想が気にさわったのかな。ちょっとおもしろいので、憲法記念日ともからめて考えてみる。

マルクス主義にはいろいろな側面があるが、若者にもっとも影響を与えたのは、現在の国家を全面的に否定するアナーキズム的な側面だろう。その基礎にあるのは、国家はブルジョア階級の独裁体制を支える暴力装置だという発想で、「プロレタリアート独裁」という言葉も、そこから出てくる。このように国家を個人を抑圧する客体ととらえる発想は古くからあり、合衆国憲法に代表される立憲主義の基礎になっている。

これに対して、国家を「万人の万人に対する闘い」の調停者と考える家父長的国家観も古くからあり、ホッブズからヘーゲルをへて、大陸法の基礎になっている。特にヘーゲルの法哲学では、国家は「欲望の体系」としての市民社会の矛盾を止揚し、人々を臣民として包含する大文字の主体である。

戦後日本の知識人に前者の国家観が圧倒的だったのは、新憲法の影響である。それはGHQ民政局の社会主義の影響を受けた官僚によって書かれたため、過激なユートピア的国際主義に貫かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文の有名な言葉には、第2次大戦で民主主義が勝利し、戦争の脅威はなくなったという米政府のオプティミズムが反映している。

しかし現実には、憲法のできた数年後から冷戦が始まり、朝鮮戦争によって世界には「平和を愛する諸国民」ばかりではないことも明らかになった。これに対応して、アメリカは日本に再軍備によって冷戦のコストを負担するよう要求したが、皮肉なことに彼らのつくった憲法がその障害となり、日米安保体制によってアメリカは一方的に大きなコストを負担することになった。

このように軍事的に自立できなかったため、日本はアメリカという父親にずっと守られる結果になった。それを支えたのが、社会党(朝日=岩波=東大法学部)に代表される「護憲勢力」だった。彼らは「国家権力」を批判する一方で、何か問題があると「政府がしっかりしろ」と求め、家父長的支配をかえって強めた。こうした甘えの中で、日本国は永遠の幼児として還暦を迎えてしまったのだ。

団塊の世代は、この「保育器」の中で育った。彼らは戦後復興を担わないでその恩恵にあずかり、学生運動によって社会主義を宣伝しておきながら就職して「日本的経営」の中核となり、バブルを崩壊させておきながら問題を先送りしてツケを後の世代にまわし、自分たちは高い年金を得て「食い逃げ」しようとしている。反体制的な主張をする一方で、電波利権や再販制度を守るためには政府を最大限利用する左翼メディアは、国家にただ乗りしてきた団塊の世代の象徴だ。

若い世代が彼らを嫌悪するのは当然で、当ブログへのコメントも団塊の世代が諸悪の根源だという批判は共通している。しかし、それに対して「ネット右翼」のような素朴なナショナリズムで反抗しても解決にはならない。まして「戦後レジーム」の否定が家父長的な「戦前レジーム」への回帰になるのでは、国民的支持は得られないだろう。彼らが団塊の世代を超えるポスト戦後の思想を築きえていないのは、国家を客体としてとらえる社会科学的な訓練を経ていないからではないか。それを乗り越えるためにも、マルクスの洗礼を一度受けてみる価値はあると思う。


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